4-11 白い家
白い家。
入ってみたけど、超広い。っつか、廊下高ぇなあ!? 庶民に対する嫌味かよ! って、違うか……この高さと広さは、魔動兵が自由に動けるようにか。
建物の中なら魔動兵との交戦はないかと思ってたけど、ここだけはその考えは捨てといた方が良いな。
……言った途端に魔動兵発見。廊下の奥に2体並んで突っ立ってるし…。
魔動兵は正直苦手な相手なんだなぁ…。【熱感知】に引っ掛かってくれないから、接近されても気付けないし、何より炎浴びせれば倒せるって類の相手じゃなさそうだし。しかも、今はヴァーミリオン手放してるしな…。
出来る限り交戦は避けたい。騒ぎは起こさないように大人しく調査しよう。
で、コソコソと忍者歩きしてみたが……この方が怪しくないか? 今、俺は連れてこられた子供の1人として侵入してるんだから、堂々と歩いてた方が不自然じゃなくね?
結局元の通常歩行に戻る。
さて、調査するにしてもどこ向かおうかな? 人の居る場所に行って見つかると、それはそれで面倒臭いな…。一応、「迷っちゃったんですぅ」とか適当に誤魔化す予定ではあるが、変に目を付けられると逃げる時に苦しくなるしな…。
にしても、この建物壁が厚いのかな? 【熱感知】使っても上手く人の居る場所が見えない。どっかに連れてこられた子供達が居ると思うから、その場所も確認して置きたいんだが、ドアぐらいなら見通せるけど、天井や床は遮られてボンヤリしちまってダメだな。
しゃーない。1階ずつ調べて行くか。
階段に足を掛ける―――
「―――――――――っ!!!!!!!」
なんだ今の? 悲鳴か?
階段から足を降ろして、声の聞こえた方向に足を向ける。
途端に、
――― ゾワリとした悪寒が背中を走った
「っ!?」
何だ? 自分でも良く分からない、けど、下層で時々何かを感知していたシックスセンス的な奴が、この先に進む事を全力で阻止しようとしている。
分からない。なんでか分からないけど、手の平に汗が滲んで来た。
行くのか? 本当に?
胸の辺りを掴む。
ビビるな! 俺は、ここに何をしに来たんだ?
足を前に出す。
声がしたのは…………あの部屋か?
他の部屋とは違う。両開きの大きな扉。
何の部屋だ? そして、この扉の前はなんでこんなに……
――― 血の臭いが充満してるんだ?
嫌な予感がした。
今まで感じた事がないような、とてつもなく悪い予感。
この体の中に存在している、俺の―――阿久津良太としての全てがこの扉を開けるな、と叫んでいる。
体が震える。
爪が食い込み、血が滲む程拳を強く握っても震えが止まらない。
何だ? なんでこんなに俺は、この扉を開ける事を恐れてるんだ?
くそっ、確かめもせずにビビんな俺! 怖い思いは散々して来た、死ぬような思いもだ。俺が怖がるような事なんてねえだろうが!!
気持ちを奮い立たせ、ドアを少しだけ開いて中を覗く。
子供が居た。
台座の上に縛り付けられた裸の子供。たしか、俺が護衛した子供の中の1人だ。名前は何だったかな? 確か―――…。
俺が名前を思い出そうと記憶の棚を開け始めると同時に、台座の上から何かが降って来た。
そして
――― グチャリ
「………え……?」
一瞬だった。
天井から降って来た巨大な槌のような塊は、プレス機のように台座の上の小さな体を一瞬で肉塊に変えた。
………何だ…? 今、何が起こった……?
意味が分からない。
目の前で起こった事を理解できない。理解したくない。
しかし、飛び散った肉片が。噴きだした血が。漂って来る生々しい血の匂いが、それがどう言う事なのか無理矢理理解させようとしてくる。
死んだ?
いや、違う! 殺された!? 何で―――!?
「ドレインは?」
「成功です」
「良かったよかった。領主様がそろそろ魔動兵の数を増やしたいって催促して来てたからなあ」
「もう少し成功率が高ければ良いんですけどねえ?」
「100人やって1人取れれば上出来だけど、せめて10人に1人は精神を剥がせるようになりたいねえ」
「じゃあ、次行きまーす」
「はーい、良いぞー」
部屋の奥に居た何人かの男達が、楽しげに話しながら手元の魔導器を操作する。
なんだ、何を―――!?
扉の隙間から覗いていたから気付かなかった。死角になっていた場所に、ギロチンのような物が置かれ、その下には首を固定された子供。
男の操作した魔導器に連動して、刃が下に滑り落ちる―――…
「止め―――――ッ!!!!」
同時に、自分の今の状況も忘れて、ドアを勢いよく開いて飛び込む。
刃の下に居た男の子の目が、俺を見て
「助―――」
――― ゴトリッと首が床を転がった。
何だ? 何だコレ!? 子供を殺して何してんだ? 何で笑ってる? 何で殺す? コイツ等は何だ? ここは何だ? ここはまるで―――
地獄じゃないか…!?
部屋に入って気付いた。そこら中に飛び散った肉片と血の跡。昨日今日付いた物じゃない、黒ずんで固まっている物もある。それが、地層のように幾重にも盛られて…ここで、どれだけの数の命が先程のように消されて行ったのか……。
そして、壁際に釣られた子供の亡骸。
頭を潰された者。心臓を貫かれた者。手足が捥がれた者。黒焦げになった者。
地面をゴロンっと転がった子供の頭と目が合う。
最後、この子は俺に助けを求めて、なのに、俺は―――。
我慢できずに胃の中の物を吐きだす。出しても出しても、精神が胃をねじ切る程の負荷をかけようとしてくる。
痛い! 体の中と…心が痛くて堪らない!!
「なんだ、この子供は?」
「まったく、部屋から抜け出して来たのか!」
「チッ、世話掛けるなよガキ。おらっ、さっさと部屋に戻れ」
「待て待て、どうせ次を連れて来るんだ。そいつを次にすれば、1人連れて来る手間が省けるだろ」
「なるほど、頭良いな」
男達がハッハッハッと、楽しそうに…本当に楽しそうに笑う。だが、コイツ等は俺を嘲笑ってるんじゃない。ただ、仲間が面白い事を言ったから笑ってるだけ……ただ、楽しくて笑ってるだけ。
「なんで……!」
「ん?」
叫ぶ。叫ぶように問う。
何を問えば良いのか、頭の中がグチャグチャで自分でも分からない。でも、何かを問わずには居られない!
「何で、子供達をっ!!!!」
「何で? 何でって言われても……」
男達は邪気のない笑顔で、
「この街はそう言う街だからだよ?」
さも、それが当然のように。それが当たり前のように。それが、この街の在るべき姿だとコイツ等は言う。
「はいはい、それじゃ君も」
男の1人が俺に手を伸ばす。
……ダメだ、気持ちを折らすな! ここでの事を外に知らせなきゃ!! こんな所で死ぬ訳にはいかねえッ!!
伸ばされた男の手首を掴み、足払いで体勢を崩して手首を引く。立ち上がりながら、頭突きで男の顔面を潰す。
「グフェッ!!」
「なっ!? 何してる!?」
1人やられて、他の男達が慌てて反応する。が、根本的にコイツ等は戦闘能力がまったく無い。全員潰すのに10秒も要らねえ!!
2人目を焼き潰そうと思った矢先に、両サイドの扉を壊して鉄の鎧が雪崩れ込んでくる。
魔動兵!?
くっそ、ヤベエ! 予想以上に来るのが早い!
ちっくしょう…今は逃げるの優先だ!!
入って来た扉を抜けて、廊下を全力で走る。
横合いから飛び出して来た魔動兵の大剣をかわし、壁を蹴ってその巨体を通り越し、玄関口が見えた所で慌てて白雪に思念を送る。
――― 問題発生、今すぐに街から逃げろ!
外に出ると、そこには魔動兵が10体近く待ち構えていた。
くっそ、良い動きしやがる!
どうする、戦うか? それに子供達は?
戦うのは即座に却下。今の俺の戦闘能力じゃ1体仕留めるだけでも時間がかかる。この場で時間をかけたら前から後ろから、更に湧いて来るぞ!? そうなったら、それこそ逃げられなくなる。
子供達は―――…くっそ!!! 今助けるのは無理だ…! 何人居るかも分からないし、例え少人数でもこの状況じゃ護れる自信と余裕がない。
「ゴールド!!」
巨大な鎧の隙間を走り抜けながら、魔動兵達のど真ん中に赤毛の狼を炎と共に呼び出す。
出た途端に魔動兵に取り囲まれる事になるが、ゴールドなら問題ない。
「来い!!」
言いながら、俺の右斜め前辺りに炎を作ってやる。
すると、魔動兵に囲まれていたゴールドの体が炎となって四散し、俺が作った炎の中からその姿を現す。
ゴールドの持つ固有スキル【熱源移動】。ある程度の熱量がある場所ならば、自由に移動する事が出来る転移スキル。上層には転移無効が張られているが、スキルによる転移効果だから無効にはされない。
よし、ゴールドが一瞬ど真ん中に現れた事で、奴等の注意がそっちに向かって動ける隙間が出来た!
走りながら、首元の毛を掴んでその背に飛び乗る。
「戦闘は避けて街の外まで走れ!」
「ガゥッ!!」
唸るように元気に鳴くと、一気に加速して上層のレンガ敷きの通りを駆け抜けて行く。