4-10 上層侵入
1人坂道を上る。
一本道だから、完全に上の門番達は気付いてる。
できるだけ子供らしくを心がけて、しっかりした足取りで歩かないようにする。保護者と離れて不安で、しかし早く見つけなきゃ! と焦ってる風……うん、難しいな…。まあ、ある程度そう見えれば、適当で大丈夫だろう。
さて、門番の中に俺の顔を見た奴は―――居ないな、ヨシ!
「そこの子供、止まれ!」
今日の門番の1番偉いのは、この若そうに見える兄ちゃんか。でも、コイツ等が本当に不老なのだとしたら、若そうに見えるのは見かけだけで余裕の100歳越えとかもあり得るのか。
おっと、声に無反応だと子供っぽくないな。
ええっと……子供ならこう言う時どう反応するかな? 大人に大きい声出されたら、自然と怯えるか。
じゃあ、ちょっと怯えて泣きそうな感じで。
「ひっく…ご、ごめんなさーい」
いかん、我ながら凄い棒読みだったかもしれない。
「こんな時間に子供が何の用だ!」
お、でも相手は気にした様子がないぞ? 俺の演技力も捨てたもんじゃねえな。
「ば、馬車から落ちちゃって、でも馬車のオジちゃんは気付いてくれなくて…ひっくひっく…」
………今一瞬だけ、俺なにやってんだ? と我に帰ってしまった…。ちょっとだけ泣きたい気分。
「馬車? なんだ、さっきの御者が1人落として来てたのか」
「どうする?」
「仕方ない、白い家に連れて行くか? 次の神の晩餐も近いし、子供は早いところ連れて行った方が良いだろう」
リーダー格の言葉に、周りの門番達も「そうだな」と納得する。
結局、1番年上(に見える)オッサンが俺を例の白い家まで連れて行ってくれる事になりました。
本当に子供に関しては警備がザルなんだな……。侵入するコッチとしては楽勝でありがたいけど。……あと、この件が終わったらちょっとはロイド君の背を伸ばすように頑張ろう…。
「では、私がお前を連れて行くが、変な行動は取るな。いいな!」
強く言われて、怯えたようにビクッと肩を揺らす…ふりをする。
「は、はは、はい、ごめんなさい!」
「チッ、行くぞ!」
歩きだしたオッサンの後ろを素知らぬ顔で着いて行く。
あっ、首の後ろに本当に変な印があるな。でも、あの形は神の祝福って感じじゃねえだろ!? どっちかと言えば悪魔が口開けてるような感じじゃねえか? 禍々しい物に見えるのは俺の心が腐ってるからか?
「ねえねえ、おじさーん」
「無駄口をたたくな、さっさと歩け」
「おじさん達って、歳を取らないって本当なの?」
「ああ。俺も見た目はこうだが、200年以上生きている」
うぉっ! マジかよ!? 100年どころの騒ぎじゃなかった!?
「すごーい。この街の人は皆それくらい生きてるの?」
「そうだな。だが、俺達よりずっと長命な人間も居る」
「領主様?」
「そうだ。我等に永遠の時を与えてくれた偉大なる魔法使い様だ」
やっぱり、話聞くなら領主が1番確実かなぁ…。でも、どうやって話聞いて貰おう…いや、それ以前にどうやって会えば良いんだ…?
「くっくっく、いや…我等に永遠を与えてくれるのは、お前達と言えるかもな…?」
「え?」
「なんでもない! 無駄話は終わりだ、早く歩け!」
「はぁーい」
今のどういう意味だろう? 俺達がコイツ等に永遠を与えている? まさか、魔神の力か!? って事は、俺の正体気付かれてる―――!? って、それはねえか。俺が≪赤≫の継承者だと知っているのなら、上層に簡単に引き入れるのはこの街の連中にとってリスクが大き過ぎる。実際、今俺がその気になったら上層を焼き滅ぼすのに1時間かからないと思う。
魔神は関係ない、とすると、さっきの「お前達」は俺をどこのカテゴリーに入れて言ったんだ? 不老の力を与えるなんて、やっぱり原色の魔神の力くらいしか思いつかないんだが…。
答えに辿り着けずに居る間にも、前を歩く門番は俺の事なんて気にした様子もなくズンズン進んで行く。一応付いて行くけど、普通の子供なら早歩きしなきゃ置いて行かれる速度だぞ!? もうちょい気を使えよ。
思考を一時中断させて、上層の景色を怪しまれない程度に視る。
元の世界の摩天楼を見慣れている俺だが、それでも溜息が出そうになる程、大きくて綺麗で豪華な屋敷がそこら中に並んでいる。
1件建てるのに幾らかかるんだろう…? 考えるだけでも恐ろしい…。
陽が落ちかけているのに、呑気に通りで話している何人かの豪華な衣装の男女。皆20代前半の見た目だが、上層では見た目の年齢は全く当てにならないのは前を歩く門番で理解している。
何やら楽しげに話しているので、ちょっと耳を傾けてみる。時間と言う名の檻から解放された人間は、一体どんな話をするのだろう…と好奇心が頭を擡げたのだ。
「今回はどんな料理なのでしょうね?」「近頃は肉の質が落ちているのではなくて? 領主様に言ってみようかしら?」「はっはっは、止めておけよ。あの方に逆らえば、神の印を取り上げられてしまうぞ?」「あら、それは怖いわ! なんて、ふふふ」
普通の街中の会話じゃねえかっ!?
チキショウ。永遠の時間を得ても、人間は食欲から逃れられないと言う事実だけが判明しただけじゃん! 不老の言葉に抱いていた夢と希望が、食欲のハンマーで粉々砕け散る。
若干脱力感に襲われながら、黙って歩く。
動いてないけど、魔動兵がそこら中に居るな。下層もそこそこ多いかと思ったけど、上層はその比じゃない。通り1つ抜ける間に30近い魔動兵が見えた。厳重なんてレベルじゃねえぞコレ…。魔動兵がどの程度の戦力なのかは、戦ってるところ見た事ねえから分からないけど、少なくてもこの大きさの鉄の鎧で痛み感じないってだけでも、アーマージャイアントとタメ張れるくらいには強いんじゃなかろうか? それがこの数…。
この戦力があったら、例え影の指揮者の軍勢に襲われたってそこそこ耐えられそうだ。
街の防衛って意味なら、確かに頷けなくもない。クイーン級の魔物に襲われる危険性を考慮したら、それだけ戦力集めたって足りないだろうし…。でも、だったら何で上層にこんなに戦力が偏ってんだ? そりゃ、重要な場所を護るのに戦力割くのは当たり前だけど、これじゃまるで“下層は滅んでも良い”って言ってるみたいだ。
「着いたぞ、ここだ」
白い家。
確かに白かった。屋根から、壁から、ドアまで、全部白い。
夕闇の中で、まるで星の輝きのように白さを主張している。
けど……窓が見当たらない? 通気ダクト代わりだろうか? 所々に細い煙突のような物が飛び出している。
ここに子供達が…。
「私も中には入れんのでな、ここから先は自分1人で行け。奥の部屋に誰かしら居る筈だ、事情を話して他の子供達の所に連れて行って貰え」
「ありがとう、おじさん」
子供っぽくお礼を言うと、一瞬俺を見てクスリと笑う。
その笑いが意味する事が分からずに居ると、去り際に更に意味の分からない事を言われた。
「こちらこそ」
「…?」
まあ良いか。
さて、こっからどうするかな? 領主の所に直行しても、話聞いてくれるか分かんねえしなぁ…。
先に白い家の中を調べてみるか? この建物の中に、何かしらこの街の秘密があるのは間違いないし。これだけ大規模にやってるなら、それを主導しているのは恐らく領主だ。
だったら、その秘密をバラされたくなかったら―――的な感じで上手い事、交渉できないかな? 脅すやり方を肯定する気はないけど、コッチも止むに止まれぬ事情があるし、そもそもそんな脅されるような事情を持ったそっちも悪いだろ……って事で、そんな感じの作戦で行こう。
よし、秘密の家を探索開始―――!