4-9 仮面スパイ
「それと、白い家の件ですが」
私が場所をつきとめた、と白雪が俺の肩で自慢げに羽を広げる。苦笑しながら、「偉い偉い」と光る球を指先で撫でてやる。
「おう、何か分かったか?」
「申し訳ございません。あの建物は他に比べて異常に警備が厚く、中を探る事は出来ませんでした」
「そうか……」
まあ、エメラルドなら多少無茶すれば中に入れたかもしれないが、「無理をするな」とそれを止めたのは俺だ。だから、成果がないのならそれはそれでしょうがない。
「外から確認した限りでは、至る場所を鎧人形が常時見回り、人間の兵士も定期的に徘徊していました。恐らく、中の警備はそれ以上かと。ですが、子供へのチェックはしている様子がありませんでしたので、主様であれば侵入も可能と思われます」
子供へのチェックの甘さがちょっと引っ掛かる。
「エメラルド、上層で子供ってどうしてた?」
「確認しておりません」
「そうか…まあ、子供の事なんて注意して見てねえだろうしなぁ…」
「いえ、そうではありません。上層では子供の姿が確認出来ませんでした」
は?
「いや、だって子供達は白い家に運ばれたんだろ?」
「はい。今朝方も9人の子供が馬車で運ばれていました。ですが、白い家に入った後はその姿は見ていませんし、他の子供の姿も同様です」
監禁されてるって事かな…?
いや、そもそも、色んな国から孤児を集めてるって割りに街の中に子供の姿がないってのが不自然だろ。白い家とやらがどの程度の規模の建物なのかは分からないが、少なくても無尽蔵に人を収容できるって事はねえだろうし……。
子供はどこに消えたんだ?
「なあ、この街ってなんで子供を集めてると思う?」
「奴隷商、でしょうか」
「ですがパンドラ殿、奴隷を労働力として考えれば、子供ではなく大人を集める方が商売としては正しいのでは?」
「では、小児愛好家相手の奴隷商ではないでしょうか」
「にしては、数集め過ぎじゃねえか? 昨日と今日だけでも20人近く連れて来られてるぞ。それに………」
魔動兵から聞こえた声が頭の中でチラついた。
ずっと言われた言葉の方ばかり気にしてたけど…。あの声、もしかしたら子供の声だったんじゃねえかな?
色んな国から集められる孤児。
大量に用意された魔動兵。
……もしかしたら、この2つって無関係じゃないのか?
ここで頭突き合わせて考えても分かんね…。上層に侵入したら、自分の目で確認しよう。
「それに、なんでしょうか?」
「……いや、良い、なんでもない。それよりエメラルド、他に何か報告はあるか?」
「はい。上層の人間達ですが、皆首の後ろに不思議な印を持って居ました」
「ああ、うん、それは知ってる。スマン、お前には言い忘れてた」
「おお、そうでしたか! それは失礼しました。他には、上層の人間達は数日に1度、“神の晩餐”と称して特別な食事をしているようです」
特別な食事? レッツパーリィ的なノリで美味しい物食べてるとか、そんな感じの話かな?
「それって行事的な何かか?」
こっちの世界の宗教は良く分からないが、俺等の世界で言う正月には餅を食うとか、節分に豆を食うとか、そんな類の話かもしれない。
「申し訳ありません、詳しい事までは…。ただ、この街の始まりからずっと続いている事のようで、住人達は随分気にしていました」
「ふーん、そっか…」
まあ、上層の人間の食生活にまで首突っ込むつもりはないから、この件はスルーで。
「他には?」
「はっ。主様のご所望であった話の聞けそうな上層の住民ですが……申し訳ございません、相応しい人間が見つかりませんでした」
「まあ、それはしょうがねえよ。1日で見つかる様な話じゃねえし」
「ありがとうございます。ですが、上層で知識が1番豊富な者には目星を付けて来ました。この街の領主であるビイルス=エルト=ヴァグダインなる者が、不老の法を広めた本人だそうですの、彼の者に話を聞けば主様の望む話も聞けるのではないでしょうか?」
不老の法…ね。
上層に居る連中の不老は、後付けで付与された物であり、神の奇跡でも祝福でもなんでもねえって事か。
でも、そんな凄い事が出来る奴なら、確かに人を蘇らせる方法も、精神を引き離す方法も知ってるかもしれないな。
会ってみる価値はある…か。
「わかった。ありがとうエメラルド」
「礼など、なんと勿体ない!」
ペコリと仮面が傾く。
「マスター、上層に侵入するのですか?」
「ああ。ノンビリ構えてても仕方ねえし、とにかく1度入るだけ入って来る」
それですんなり話を聞ければヨシ。聞けないようなら、出直して作戦練り直しだ。
「でしたら、明日の夕刻頃に子供が輸送されて来るそうです」
「マジか、それならその子供達に紛れて入るか」
「マスター、途中で混じれば子供達にも御者にも不審に思われるのでは?」
言われてみればそうか…。
確かに、突然馬車の中に俺が乗って行ったら、どう考えたって怪しまれるよな…。
「では、馬車から少し遅れてマスター御1人で行く、と言うのはどうでしょうか?」
「それは、更に不自然じゃないか?」
「いえ主様、良い案かもしれません。子供へのチェックは甘いですから「馬車から落ちた」とでも言えば通れるのではないでしょうか?」
んな上手く行くか?
それに、正面から入る上で1つ問題がある。昨日、子供達を送り届けた時に門番達に顔を見られている事だ。あの場に居たのが全員って事はないだろうから、交代しているタイミングを狙えば大丈夫かな?
まあ、行くだけ行ってみるか。
* * *
翌日の夕方。
上層へ続く坂の下の物陰から、坂を上って行く荷馬車を視線で追う。
「来たな」
「はい」
さて、準備するか。
首からクラスシンボルと月の涙ムーンティアを外す。
「白雪、頼む」
フードから出て来た白雪に差し出すと、音も立てずにポケットの中に収納されて、手の平から重さが消える。
続いてヴァーミリオンをベルトごと抜いて、今や普段着となった赤いパーカーも脱ぐ。
「じゃ、これもヨロシク」
纏めて預かって貰い、完全に丸腰状態になる。
これから子供のふりして潜入するのだから、武器は勿論俺個人を特定される物も持って行く訳にはいかない。
あとは…あっ、財布もアウトか。孤児が金持ってたらおかしいもんな。
「金はパンドラに預けとく。落とすなよ?」
「はい」
もし落としたら、洒落にもならんぞ。
文無しだぞ文無し、一気にどん底貧乏生活だからな! 一応大丈夫だとは思うが心の中で念は押しておく。
さてっと、これで俺自身の用意はヨシっと。
「で、これからだけど、白雪はパンドラと一緒に居ろ」
「ですがマスター、それでは上層に侵入しても武器が使えないのでは?」
「それは良い。いざとなったらゴールドなりサファイアなり呼ぶし。それと……エメラルド」
目立たないように裏路地の奥の方でエメラルドを炎の中から召喚する。
「はっ、お呼びですか?」
「お前もパンドラに着いててくれ」
「仰せのままに」
「で、白雪。俺が逃げる様に思念送ったら、それをエメラルドに伝えてくれ」
任せて! と元気よく思念が返って来て、パタパタと羽を翻してパンドラのエプロンドレスの中に身を隠す。
「パンドラ、その時は外に逃げて出来るだけ街から離れろ」
「マスターを置いて行く訳には行きません」
「パンドラ殿に賛同いたします」
…ったく。俺の心配してくれるのは有り難いけど、今回はいらねーよ。
「心配ない。そん時は俺も全力で逃げるから、街の外で落ち合おう」
「「……畏まりました」」
若干納得してない2人の声が重なる。
おっ、馬車が坂の上に着いたな。
んじゃ、俺も行くかね…。
潜入作戦開始だ。




