4-6 街を包む物は…
飯を食い終わってオッサン達と御者と別れる。
パンドラが取って置いてくれた宿に向かいつつ、白雪用の晩御飯の花を道端で採って行く。労う意味でも綺麗な花をあげたいが、この街花売りが居ねえんだよなあ…。後で怒られるのも勘弁なので、先に白雪に謝っておく。
「マスター、これからどうするのですか?」
一応どこに聞き耳立ててるのが居るかも分からんから声を落として、
「上層に侵入する」
すると、パンドラも俺に合わせて声を落としつつ、俺が聴き取り辛くないように少しだけ身を屈める。
「可能なのですか?」
「さてね。もう少し上層の情報収集しない事にはなんとも」
まあ、無理でもするつもりだけど。
『――――………』
ふいに、声が聞こえた気がした。
「?」
辺りを見回すが、それらしい人影はないし熱源もない。
気のせいか?
「マスター?」
「いや、なんでもない……」
今の、確かに何か聞こえたような気がしたんだけどな…?
近くに居るのは精々、置物のように佇む巨大な鉄の鎧―――魔動兵。
まさか、お前か? いや、違うよな。コイツ等は、言ってみればロボット掃除機だ。ゴミが有れば動いて掃除をし、ゴミが無くなれば元の場所で待機する。ただそれだけのアルゴリズムのシンプルな存在。
魔動兵を見ていると、夜の冷たい風が通りを抜けて行く。まるで、「さっさとこの場を立ち去れ」と俺の背中を押しているような……そんな錯覚。
……これ以上不穏な会話を外でするのもアレだな…。
「後は宿に戻ってから話す」
「はい」
少しだけ早足になって宿に向かって歩き出す。
背後には、取り残された魔動兵がポツンと道端で立っていた―――。
* * *
パンドラの取った宿に着くなり部屋に直行。
置かれていた水差しに摘んできた花を差すと、早速白雪がフードから出て来て水差しの縁に止まって花の生命力を吸い始める。
「それでマスター、どうなさるのですか?」
「うん、まあ取りあえず座ってくれ」
「はい」
言わないと何時までも平気で立っているので、座る様に進める。すると、何故か対面のベッドではなく俺の横に腰を下ろす。
……何で横に…? とは思うが、コイツはちょいちょいこう言う行動を取るので、もういい加減流して話を始める。
「んで、情報収集の件だけど……」
「はい。また白雪を行かせるのですか?」
自分の名前が出て、水差しに止まっていた白雪が反応する。が、悪いな。お前の出番はないんだ。
「いや、今度は出来る方のスパイに頼む」
「私ですね」
「ちげーよ!?」
白雪が、「やはり私か」とでも言いたげにゆっくり羽を広げる。マジでお前じゃねえ座ってろ。
2人の冗談なのか本気なのか良く分からないボケを受け流して(多分本気)、部屋の入口の方の小さいスペースを使ってアイツを呼ぶ。
「こい、エメラルド」
部屋の中で炎が一瞬渦巻き、仮面の形を残して炎が飛び散る。
ちなみに部屋が燃えないようにヴァーミリオンで、必要ない炎は全部吸ってます。でなきゃ、今頃この部屋黒焦げだよ。
「エメラルド。お呼びにより御前に参上いたしました」
ペコリと頭…じゃない仮面を下げる
「うん。今回はお前に仕事を頼みたい」
「はっ、なんなりと」
「この街の先に坂道が在るんだが、その上にある上層区の中を探って欲しい。できるだけ隠密に」
「主様の命とあらば、いかな事でも可能としてみせましょう」
いや、無理なら無理って言って欲しいんだが……。下手に無理に実行して失敗されたら、エメラルド自身も俺達もダメージがでかい。
まあ、でも今回は大丈夫か。
一応俺なりに、1番やれそうな人選をしたつもりだし。
空飛べて、小さくて、何よりこの見た目だ。見つかっても、ある程度ならば落し物のような誤魔化しが通じる。そして、もし万が一に何か遭ったとしても対処できる戦闘能力。あと、視た物を正確に情報として伝える能力もか。
今の俺等の中でコイツ以上の適材適所はねえだろう。
いや、でもちょっと待て空飛べるってのは確認しておかないとか。
「エメラルド、お前が飛んでるのって魔法か? スキルか? それとも種族特性か?」
魔法だったら、浮遊無効に引っ掛かるからアウトだ。
「その中で言えば種族特性になります。ですが、そもそも私の体は飛んでいるわけではないのです」
「え? どう言う事?」
どう見たって飛んでるじゃん。
「私は<巨人の仮面>と言う魔獣を素体として主様に作られた存在です。この魔獣は体を空間の裏側に隠している巨人でございます。仮面は体に張り付けているだけですので、「仮面が浮いてる」のではなく「視えない体に仮面が張り付いている」が正確な状態なのです」
「え…? でも、体は普段は触れないんだよな?」
「はい」
「でも、仮面は体に張り付いてるの?」
「その通りでございます」
良く分かんねえー!? もう、コイツはそう言う存在だと納得しよう……うん。
浮遊無効には引っ掛からなさろうだし、大丈夫だろう。
「うん。じゃあ、頼むわ」
「はっ! 主様の満足のいく結果を出せるよう懸命にやらせて頂きます」
一生懸命とは良く言うが、コイツの場合冗談なしに“命を懸けて”やりそうで怖い…。
「それで…白雪、ちょっとこっちゃ来い」
呼ばれて、名残惜しそうに花から離れて俺の肩に飛んでくる。
「子供の連れて行かれた白い家の場所は分かるか?」
パタパタと飛んで行くが、答えが返って来ない。こりゃ、ダメそうだな…。と諦めかけたら。
「主様、白雪殿は中央奥の1番大きな建物、と言っているようです」
「え!? お前白雪の言葉分かるの!?」
「はい。ゴールドやサファイアとの思念交信と同じ要領で、白雪殿との会話は可能です」
マジかよ…。俺があんなに四苦八苦してんのに、なんて便利な能力持ってんの? 俺もそれ欲しいわ。いや……愚痴は後にしよう。
「で、お前に調べて欲しいのは、上層の警備網の穴だ。侵入して、中の人間に接触できる機会が欲しい」
「畏まりました。中の人間と仰いましたが、特定の人間は居りますか? であれば、その者の居場所も探っておきますが?」
「いや、特定の誰かってんじゃないんだ。まあ、強いて言うなら知識量が多そうな奴、かな?」
「不特定多数のうちの誰か、と言う事ですね? では、できるだけ話の通じそうな人間を探しておきましょう」
「ああ、頼む。それと、さっき言ってた白い家の事なんだが、こっちも少し探ってみてくれ。ただ、コッチは本来の目的とは外れるから無理をする必要はない」
「はっ、畏まりました」
「あとは……ねえな。まあ、エメラルド自身が気になった事があったら調べてみてくれ」
「はっ。では、早速夜の闇に紛れて侵入を試みようと思うのですが?」
「ああ、けど無理はするな。情報より何より、騒ぎを起こさない事が第一で頼む」
「畏まりました。では、明日の夜には戻りますので」
スッと仮面がお辞儀をするように傾き、窓から飛び出して闇の中を泳いで行く。
10秒もしたら夜に紛れて視覚では追えなくなり、【熱感知】に切り替えても見え辛いくらいに姿は遠かった。
「マスターの生み出した魔獣だけあって、とても礼儀正しく優秀ですね?」
礼儀正しいのも優秀なのも、多分俺とは無関係だと思うわ。
それは、それとして……。
「なあ、パンドラ? 子供達の事どう思う?」
「子供は苦手です」
「いや、そうじゃなくて…。スマン、今のは俺の訊き方が悪かった…。上層に子供を連れて行くの、何か理由があると思うか?」
「その質問は、マスターは何か意図があって子供が連れて行かれたとお考えである、と言う事でしょうか?」
訊き返されて咄嗟に言葉が出なかった。
――― 俺は、子供達に何が起こってると思ってるんだ?
そんな自身への疑問が、パンドラの言葉に続いて心の中を不安と共に通り過ぎて行く。
何が?
「そう、だな……。少なくても、この街の上層が大きな孤児院とは考えられねえ」
「はい」
「…………子供達に何かあったと決まった訳じゃない。けど―――」
視覚じゃない。聴覚じゃない。嗅覚じゃない。味覚じゃない。触覚じゃない。五感じゃない全く別の何かが、この街に渦巻いている薄暗くて冷たい何かを感じている。
≪赤≫が体に馴染んで来たからか、妙な物を感覚が拾っているようだ。
「不安なのですか?」
的確に俺の心のど真ん中を突いた一言。
あまりにもクリティカルな一撃だったから、思わず苦笑してしまった。
「そうだな………俺、この街の得体の知れなさに……すげぇ、不安を感じてる…」
「そうですか。では」
言うと、横に座っていたパンドラがスッと俺に手を伸ばして、俺の体を抱き寄せる。
「こうすると、人は安心すると記憶にありました」
「…………」
サイボーグとは思えない柔らかさと温かさに包まれて、心の中に広がっていた不安の霧が少しだけ晴れる。
「…パンドラ、ありがとう」
「はい」
子供をあやすように髪を撫でられて、気恥ずかしさと心地よさを少しだけ味わいながら、暫くの間身を任せていた。