落胆
翌日、早く起きて、再度、対象者のマンションを確認に行った。暫く様子を窺っていると、対象者が年上の男と一緒に出てきた。時刻を確認して記録する。もしかしたら同棲相手かもしれない。
二人は駅まで歩いて行った。お互いを信頼し合っているように思える。
年の差は、女性が三十代だが、男性は十歳くらい年上に見えた。四十代か五十代前半の落ち着いた男だ。まさか、不倫か? 不安な思いがよぎる。
駅までの距離を確認し、二人は一緒に電車に乗り込んだ。鷹也も同じ電車に乗り込む。尾行していることを絶対に悟られないように、二人が見える場所に立った。勤め先に行くのだろう。
先に男が電車から降りた。手を振って笑顔を見せる対象者。
次の駅で対象者は降りた。駅から数分歩いたオフィスビルに入って行く。時刻を記録してから、中に入ってみる。どんな会社が入っているのか写真に収めてから、時間をつぶすためにまわりを探索した。
じっくりと座れる喫茶店を探す。パートなのか正社員なのか、昼休みに出てくるのか、何時までここにいるのか、それに営業をしているのなら、出てくる可能性もある。
対象者を見失わないように注意しなくてはならない。
鷹也は気を引き締めて張り込みを始めた。
結局、対象者は昼も出てこず、定時が午後五時なのだろう。出てきたのは、午後五時を過ぎてからだった。
対象者はビルから出てきてまっすぐ駅へと向かった。次の駅では男は現れず、対象者は住まいと思われる駅で降りた。それから、駅前の中型スーパーへ入り、買い物をした。二人分購入しているようだ。さりげなく、鷹也も自分の惣菜を買う。対象者はさっさと買い物をすませると、マンションの方へ向かった。距離を保ちながら後を追う。対象者は、そのままマンションへと入って行った。
細かい時刻、行動を細かに記録して、再び、張り込みを開始した。動きがあるまで対象者を見張る。それから、長い一日を終えてホテルへ戻った。
軽く夕食を摂ると、シャワーを浴びて眠る前に翠にLINEを送った。
部活で忙しいのか、返事はなかった。しかし、鷹也も疲れているのか、そのまま眠ってしまっていた。
それから数日、対象者について情報を得ると、東京へ戻る日になった。
対象者には気付かれていない。
新幹線に乗った時には精神的にぐったりしていた。というのも、翠と連絡が取れなかったせいかもしれない。
東京へ戻った鷹也は、すぐにでも翠に会おうと思った。
久しぶりの自分の部屋は何だかカビ臭い気がした。
窓を開けて換気をする。そうしている間も、心は翠の事ばかりだった。
顔を見たい。写真だけでは物足りない。
鷹也は、実家に帰ろうと思った。すると、スマホが鳴り出した。あっと思って電話に出ると、亘からだった。亘とは連絡を取り合っていたので、帰ってくることは伝えていた。
思わず、がっくりとしてしまう。
「…はい」
なるべく声が不機嫌にならないよう気をつけて出ると、一瞬、間があった。それきり、相手は何も言わない。
「亘?」
怪訝に思って聞きなおすと、元気のない声で、今からそっちに行っていいかな、と聞いてきた。本当はすぐにでも翠に会いに行きたかったが、亘の声はひどく沈んでいて心配になった。
「いいよ」
そう言うと、亘は今すぐ行くから、と電話を切った。え、と思っていると、ピンポーンという音がして、亘がすぐ近くにいたのだと分かった。
ドアを開けると、暗い顔をした亘が部屋にのっそりと入って来た。
「どうしたんだ? 何かあったのか」
亘は沈痛な面持ちで小さく答えた。
「やられた」
「は?」
聞き返すと、亘が顔をくしゃりと歪めた。
「二股かけられてた」
「えっ?」
何のことか分からず、鷹也が困惑する。亘は、鷹也の方へ身を寄せると、肩に頭を預けて、少しだけこうさせてくれ、と言った。
嗚咽を漏らす亘の姿を見て、鷹也は息を吐いた。背中をぽんぽんと叩くと、亘はさらに身を寄せてきた。
「お前が彼氏だったらよかったのに…」
小さい声だったが、聞こえないふりをするしかなかった。