電話
その日、女性探しのポイントなどをまとめて早めに家に帰った。
和男に夕食を一緒に食べようと誘われたが、家を出て一日目に挫折するわけにいかないと心を鬼にした。
きっと、翠を目の前にしたら抱き締めずにいられないからだ。
翠の顔が見られないだけでこんなに毎日が味気ないものになるなんて。
鷹也はため息をついた。
夕食を軽く食べて風呂に入ると、明日は朝が早いため、休むことにした。
だが、寝る前に翠の声を聞きたい。
鷹也は、すぐに電話をかけた。しばらく呼び出し音が鳴ってから、ようやく翠が出た。
『もしもし…?』
翠の少し元気のない声にどきりとする。
「あ、翠、俺だ」
『うん、鷹也、元気?』
翠が少しだけ笑ったような声で言う。胸がときめきながら、鷹也は何を言おうとしていたのか、一瞬、真っ白になりそうになった。
「あー、ご、ごめん。黙って家を出てさ、怒ってないか?」
『…怒ってないよ』
一瞬の間があったが、翠が小さい声で答える。
「そっか、ならよかった。なんか、電話だと緊張するな」
『そだね』
翠の返事がなんだかそっけない気がする。
鷹也はドキドキしながら、明日から一週間、県外へ出張する話をした。
『え…? 県外ってどこに行くの?』
心細そうな声に、内心、ほっとする。
「大丈夫だよ、ちょっと田舎だけど遠いところじゃないんだ。家出人探しなんだけど、そんなにかからないと思う。こっちに帰って来たら、ご飯食べに行こう」
『うん…』
翠の声に覇気がない。
「翠、大丈夫か?」
『うん、大丈夫だけどさ、忙しいなら僕に気を遣わなくていいよ』
「は?」
鷹也は思わず耳を疑う。
一日、会えないだけでも自分は寂しくてたまらないのに、翠は何を思っているのか。
「なんだよ、拗ねてんのか?」
思わず言ってしまうと、翠が押し黙った。
「翠?」
『僕、眠たいから、またね』
携帯が切れる。
鷹也は茫然としてそのまま固まってしまった。
口は災いの元だが、何か、地雷を踏んだらしい。
頭を抱えて、本当は幸せな気持ちで眠れるはずだったのに、と肩を落とした。