探偵事務所
亘と別れた時間がかなり遅かったので、翠に連絡は、明日にすることにした。
黙って家を出てきたことを怒っているだろうか。
家を出ることはちゃんと話してあったから、きっと分かってくれるだろう。鷹也はそう自分に言い聞かせてその日は眠った。
次の日、鷹也は勤めている探偵事務所へ出勤した。母の再婚相手の池内和男はすでに出勤しており、室内の掃除をしていた。来客用のソファをせっせと拭いている。
「おはようございます」
鷹也が挨拶をすると、
「あ、おはよう。鷹也くん」
と顔を上げてふんわり笑った。
和男は穏やかな性格で優しい顔をしている。
「引っ越し先はどう? よく眠れた?」
「あ、はい。問題ないです」
「よかった」
和男はそれだけ言うと、顔を伏せて再び掃除を始めた。
「あー、池内さん」
鷹也はつい、いつもの口調で呼んでしまった。お父さん、とはこの年になると呼びにくい。和男も気にした様子はなく手を止めて顔を上げた。
「ん? 何?」
「あの、翠はどうです?」
「翠?」
和男が首を傾げる。
「別に、普通だったけど」
「あ、そうっすか…」
内心、がっくりと気分が落ち込む。少しは寂しがっているとか、という情報が欲しかった。
ふうっと息を吐いて気を取り直した。気分を入れ替えて自席に座り、明日から一週間、県外への出張が決まっていたので、その資料をまとめる事にした。
鷹也の仕事は主に、浮気調査、人探しなどだ。
今回の調査は人探しである。依頼人から、娘が家出をしてしまい、連絡が取れず心配している。自分たちも高齢になって来たし、無事なのかどこで生活しているのか、調べて欲しいというものだった。警察にも届けているが、娘はある程度年齢がいっており、事件性がないためと、真剣に取り組んでもらえていないという。
女性の写真を見ると、三十代前半でおとなしそうな顔をしていた。美人でもなく不細工でもない。依頼人も穏やかな夫婦だった。
最近になって、女性の友人から隣の県内で生活をしているらしいという情報を得た。
早速明日から泊まり込みで、一週間、女性を探さなくてはいけない。高齢のご夫婦のことも考えてできるだけ早く見つけてあげたかった。