引っ越し
今頃、翠は学校で何をしているだろう…。
鷹也は新しい部屋で白い天井を仰ぎながら呟いた。
はっと我に返る。
家を出ると宣言してから翠にはいつ出ていくかを伝えずに、今日の朝、翠が学校へ行っている間に家を出た。
以前母親と住んでいたマンションは解約してしまっていたため、急きょ新しく住む場所を探した。
ここは鷹也の探偵事務所からわりと近いマンションである。翠が万が一、自分の部屋(教えるつもりはないが)へ来た時に、アパートだとみすぼらしいから少し値を張ったがマンションを借りることにした。
カーテンを取りつけてベッドと布団を入れて、とりあえず段ボールの中身も出して片づけをすませた。
それから、ごろりと横になった。
「翠…ごめんな」
ため息とともに謝るが、自分が黙って出て行ったことを知った翠の顔を思い描くと、さらに大きなため息が出た。
はあ、としつこくため息をついた時、突如、携帯電話の音が鳴り出し、鷹也は飛びつくように携帯電話を手に取った。
翠かもしれないと見ると、友達の名取亘であった。
がっかりしながら電話に出る。
「はい、亘?」
『鷹也、今、どこ?』
亘の呑気な声がした。彼は、鷹也がよく飲みに行くバーで知り合った男で、気が合うので時々、飲みに行ったりする。
鷹也は、引っ越しをしたことを話した。
『引っ越し? まさか、今日?』
「うん。今、片づけしているとこ」
『手伝いに行ってあげようか』
亘が優しい声で言う。鷹也は、まだ終わっていない荷物を見て頼むことにした。
彼はすぐにそっちへ行くからと言って、電話を切った。
「仕方ない、片づけするか…」
鷹也は体を起こした。それから数分後、亘がやって来て、残りの荷物の片づけを手伝ってくれた。
彼は手際よく動き、思ったよりも早く片づけが済んだ。
それから二人でマンション近くの居酒屋へ行った。
客数は少なく奥のカウンターに座り、二人は早速ビールを呑み始めた。
亘は男性にしては線が細く、モデルのようにスタイルがいい。
女性客がちらちらと亘の方を見ている。彼はスタイルも良ければ、顔も女受けをする優しい顔をしていた。
「お母さん再婚したんじゃなかったっけ」
亘とはよく飲みに行くので、家庭の事情も少し話していた。
鷹也はお通しに出された煮物を箸でつまみ、一口食べた。
「再婚したよ。俺もその相手の家で暮らしていたんだけど、いろいろあってさ」
ごにょごにょと言葉を濁すと、亘が眉をひそめる。
「なんだよ、はっきり言えよ」
「んー、まあ、その…」
鷹也は思わずニンマリしてしまう。亘が怪訝な顔で見ていたが、ハッと目を見開いた。
「まさか、その家に巨乳の女子高生がいたんじゃないだろうな」
鷹也は巨乳の女子高生を思い描いて、顔をしかめた。
「変な想像させるなよ」
と言ってから、しまったと口を押さえた。
「そうか、惚れちゃったんだな」
亘がにやーとした目で見てくる。
鷹也は慌てて手を振った。
「ち、違うって、俺の趣味は知ってるだろ」
「確か、同年代で一緒にいて楽な男じゃなかった? つまり、後腐れのない普通タイプ」
「そうそう、まあ、お前みたいなタイプだよ」
「俺?」
亘が一瞬、どきりとしたように自分を指さしてから、顔をしかめた。
「俺は違うだろ。だって、一度もそんな感じになったことないし」
「だって、亘のタイプは俺じゃないだろ」
鷹也が笑うと、亘が苦笑した。
「まあ、な。でも、俺がタイプだと知っていたらもっと仲良くできたのにな」
「ああ、ごめん、俺、余計なことしゃべった」
鷹也が困った顔をすると、亘はビールをぐいっと呷った。
「ところで、なんで引っ越ししたんだっけ?」
話が戻って鷹也は額を押さえてうめいた。
結局、亘には真実を伝えねばならぬ事に気がついた。