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おにいちゃん 2  作者: サシェ
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 家に入るのが怖い。


 渋滞もなく、信号もスムーズに走り、実家に戻ったとたん、鷹也は到着するなり胃が痛くなった。

 ため息を何度もついて、ようやく駐車して下りる。だが、家の前で立ちつくした。

古い日本家屋の池内家のドアはガラスの開き扉で、少しでも開けると音が大きく鳴り響く。手をかけるのも震えた。



 鷹也は扉を開けた。


「ただいま」


 家の中に声をかけると、廊下を静かに歩いて来たのは、翠だった。


「おかえり…」


 翠の顔は赤く泣いた後に見えた。鷹也は思わず靴を脱いで翠を抱きしめていた。


「鷹也っ」


 翠がびっくりして抵抗をしたが、鷹也は離さなかった。すると、翠が抵抗をやめて力を抜いた。おずおずと背中にまわされた手を感じて安堵する。


「お袋たちは? いるのか?」

「二人とも出かけてる」


 翠がぽつりと言った。鷹也は大きく息をついた。


「部屋に行ってもいいか?」

「僕の?」


 翠が目を丸くした。鷹也は強引に翠の部屋へ向かった。翠の部屋は整理されていて綺麗だった。

 ベッドに座ると翠も隣に腰かける。


「翠…」


 別れたくない。けれど、言えない。


 鷹也は情けない事にそれ以上、声を出せなかった。翠は何を思っているだろう。


「名取さんとはどんな関係?」

「は?」


 亘がどうしてここに登場するのか。鷹也は頭を振った。


「ただの飲み友達だ。どうしてあいつの名前が出てくるんだ? 亘としょっちゅう会うのか?」

「違うっ」


 翠は大きく首を振った。


「あの人は元恋人? 名取さんが言ったんだ。僕のこと、鷹也に釣り合っていないって。僕と一緒にいると、今後、鷹也が困った事になる。それに、いずれ僕は鷹也のことが嫌になるって」


 亘が何を思って翠に近づいたのか分からない。けれど、亘のことを悪く思いたくなかった。亘はきっと自分と翠のためを思ってしたことなのだ。


「部活を始めたのは友達に誘われたからって本当か?」


 翠に問いただすと、少し目を逸らしていたがぽつりと教えてくれた。


「クラスの友達が僕の事、女みたいだって言ったんだ。女より顔がかわいいとか、しぐさも女みたいだって。それを聞いて鷹也もそうなのかなって思った」

「はあ? 俺が好きなのは男だぞ。女を好きだと思ったことは一度もない」

「うん…」


 話が逸れそうなので、慌てて元に戻す。


「それで? 柔道部に入ったのか?」

「男らしくなりたかった。鷹也も、僕が男らしくなれば信じてくれるんじゃないかと思った」

「何言ってるんだ? 俺はいつでも翠のことを信じてるよ」

「可愛いって、いつも言ってた」


 確かに翠は可愛い。そこらの女よりもめちゃくちゃ可愛い。でも、それは男が好きなわけで…。女のように可愛いわけではない。


 翠はどうだろう。女も好きな対象で見ている翠だったら、可愛いという形容は女に使うものだと思っているかもしれない。


「僕は女の子じゃないよ」

「当たり前だっ」


 鷹也が怒ったように言うと、翠がしょんぼりした。


「何があったんだ? 亘は他に何か言ったのか?」

「僕は、鷹也の趣味じゃないって」

「俺の趣味はどうでもいいだろ」


 言ってしまってから後悔する。

 違う。大事なことだ。

 翠は、口を噛んで鷹也を睨んだ。


「女子から付き合ってって言われた。僕が柔道を始めたから、男らしいって言ったんだ」

「それで? 付き合うのか?」

「いいよって答えた。僕は男だから」


 ガンと頭を殴られたような衝撃を受ける。


 俺は男が好きなんだ。どうして翠に分かってもらえるだろう。けれど、思春期の翠にとって女子の存在は大きいはずだ。離れようと言いだした年上の男より、同級生の女子と付き合う方が筋が通っている。


 俺にしとけよ、となんて言えるはずがない。翠の自由を奪いたくない。


「分かった」


 鷹也はぐっと息を呑んで、頷いた。


 翠が顔を上げる。翠の唇が震えていた。なんだか泣きそうに見えた。


 泣きたいのは俺の方だ、と鷹也は思った。


 翠が好きだ。離れて行っても、自分は翠のことを忘れることはできないだろう。


 愛してると言う言葉を呑みこむ。愛してるなんて陳腐なセリフを言ったら、殴られそうだけど、翠が大事だった。


「いいんじゃないか? 女子と付き合うのは健全な証拠だものな」

「いいの?」

「ああ、いいよ。けど、相談はしないで欲しいかな。俺は、女と付き合った事もないし、高校生の気持ちなんて全然分かんないからさ」

「本気で言ってるんだよね」

「本気に決まってるだろ」


 瞬間、翠の表情がすっと消えた。


 鷹也は、体がひやりとする。


「それでいいの? 僕が鷹也のこと忘れてもいいんだね?」


 鷹也は頷かなかった。


 頷けるはずがない。今なら簡単に泣ける。


 鷹也の寂しそうな顔を見て、翠が強く言った。


「僕、もう、15歳じゃないよ」

「え?」


 顔を上げると、翠は力強いまなざしで鷹也を見ていた。


「この間、16歳になったんだ。十月が誕生日だったんだ。一緒にランチに行った前の日、僕の誕生日だったんだよ」

「なんで言わないんだよ」


 鷹也は腹が立った。


 そんな大事な事、どうして教えてくれなかったのか。


「僕は16歳になったけど、まだ、ダメなんだよね。未成年だから」


 未成年にこだわっているのはどちらなのか。


「鷹也…」


 翠が鷹也のシャツを強くつかんだ。


「僕は、鷹也と別れたくない」

「翠…」


 鷹也が力なく顔を上げた時、涙が出ていた。悲しかった。翠と離れるのは嫌だった。


「俺は、翠を愛してるから」


 その言葉を聞いた翠の目が真ん丸になって、一瞬黙り込んだ。

 それから、震えながら鷹也のシャツを両手でつかんだ。


「だったら、僕から離れないでよ。どうして黙って出てったんだよ。馬鹿っ」

「ごめん…」


 近すぎて分からなかった。翠は尊い存在なのに、気がつけなかった。


「マンションで一人で眠りながら、いつも翠のことを考えていた」

「僕もだよ。けど、鷹也は一緒に居たくないんだと思った」

「そんなはずないだろう」


 翠も泣きだして、鷹也の顔に頬を寄せる。おずおずと唇にキスをされた。久しぶりに翠とキスをする。鷹也は、理性を保って体をそっと離した。


「これ以上はダメだ」

「分かった」


 翠は、分かってると言う顔で息をついて体を離した。


「女子に告白されたのは本当だけど、断ったからね」

「本当か?」


 翠がむっと口を尖らせた。


「僕には鷹也がいるのに、オーケーするわけないだろ」

「頼むよ、俺をいじめないでくれ」


 鷹也ががっくりと頭を落とした。翠が、その頭を優しく撫でてくれた。


「翠」


 いつになったらいいの? と翠が小さい声で囁いた。


 俺にも分からん…。鷹也は情けない声で答えた。


「はあ…、じゃあ、もう僕が決めるよ」


 翠が呆れたように言ったが、少しふっきれたような顔だった。


「俺の承諾を得てからにしてくれ」


 ふざけたように言うと、考えておくと翠が肩をすくめた。

 鷹也は、翠の可愛い顔に思わずでれーっとしてしまった。


 翠は、その顔を見てクスクス笑った。





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