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おにいちゃん 2  作者: サシェ
11/14

約束



 翠と約束をして気分も晴れやかなはずなのに、なんとなく気が塞ぐ。

 日曜日、時間通りに到着すると、家の前で翠は待っていた。パーカーをはおり、白シャツにジーンズ姿で、相変わらず可愛い。


 一か月以上も顔を見ていないのだ。久しぶりの翠を見て胸が高鳴った。

 車を止めると、翠が助手席に乗り込んだ。お互い、なんとなく気まずくてすぐに声をかけられず、鷹也は車を発進させた。


「どこに行くの?」


 翠がぽつりと聞いた。鷹也は、ランチにでも誘うつもりだった。


「あー、なんか、うまい物でも食いに行こうや」


 気楽に声をかけたが、声が震えていたかもしれない。翠はこくりと頷いただけだった。なんとなく表情が険しい。


「久しぶりだな。元気だったか?」

「うん」


 そっけない言葉を聞くと、急に胸がざわざわしだした。また、何かドジを踏んだのだろうか。


「食べたい物はあるか?」

「なんでもいいよ。鷹也の好きな物でいい」

「俺が誘ったんだから、翠の好きな物でいいんだぞ」

「うん…」


 翠はふいっと外を向いてしまった。

 鷹也は安全運転を心がけながらも心はそわそわしていた。何か話さないと息ができなくなりそうだった。


「部活って、どんな事するんだ?」

「僕は人より体力がないから、筋トレばっかりしている」

「筋トレ?」


 筋トレとは、たとえば腕立て伏せとか腹筋だろうか。


「具体的に教えてくれよ」


 翠は、鷹也の思い描いた通りの答えをしたが元気がない。部活は楽しくないのだろうか。


「柔道って体に痣とかたくさんできるんじゃないか?」

「まあね、僕は人より体力がないみたい」


 さっきから、自分を卑下する言葉ばかり出てくる。


「翠は今のままでいいと思うけどな、俺は」


 フォローしてみたが、翠の顔色は沈んだままだった。何かあったのか、という言葉が言えない。聞くのが怖い。

 しばらく車を走らせて、一度、友達と来たことのあるレストランに入った。


 翠は、ハンバーグが食べたいと言い、食べている間は明るい顔で鷹也を見て笑っていた。しかし、時々、何かを思い出しては顔をこわばらせる。

 仕事の話題をするわけにはいかず、家の様子を聞いてみたが、翠は急に黙り込んだ。せっかく二人でいるのになんとなく気まずい雰囲気になる。



 帰りの車では、さらに口を利かなかった。まだ時間もあったし、どこか行こうかと提案したが、帰りたいと言いだした時は、自分も泣きそうになった。

 翠と離れたくなくて、できるだけ遠回りをしながら車を走らせていると、翠がぽつりと言った。


「この間、名取さんが来たんだ」


 名取? すぐには顔が浮かばなかった。名取が亘のことだと分かったのは、数秒考えてからだった。


「亘のことか…?」


 名前を出すと、翠の表情が険しくなった。


「高校一年だとやりにくいよなって言われた」

「は?」


 車を走らせながら、鷹也は動転して運転どころではなくなってしまった。車をすぐに止めなければと思ったが、脇へ寄せられるような場所はない。鷹也の気持ちも知らず、翠は話し続ける。


「考えますって答えたんだ」

「考えるって何をだ? 俺にはさっぱり分からないんだが」

「名取さんに聞いてよ」


 翠はむっつり口を閉じると、そっぽを向いた。肩が震えている。泣いているのかと思うと、声をかけられない。

 窓の外を向いて、うるんだ目を大きく開いて、泣くのを我慢している。それをさせているのが自分なのかと思うと、やるせなかった。


「翠」


 手を伸ばそうとしたが、肩を竦められた。


「気分が悪いから、早く家に帰りたい」


 体を引いた翠が言った。


 翠に拒絶された。


 鷹也はその事実に打ちのめされた。家の前で車を止めるなり、翠は下りた。


「翠っ」


 鷹也は叫んだ。


「電話するよっ」


 しかし、翠はこちらを見ようともせず、ドアをバタンと閉めて家に入ってしまった。鷹也は茫然としていた。


 翠に棄てられた気がした。


 泣きそうだ。

 ふいに、亘の言葉を思い出した。鷹也の付き合って来たタイプって、同年代の男で、一緒にいて楽な奴。後腐れのない普通タイプだよな。


 そうだ、自分の好みは10歳も年下の男じゃなかったはずだ。

 鷹也は目頭が熱くなった。涙をこらえて車を走らせる。


 失恋した気分だ。


 というか、もともと恋愛なんて始まっていなかったのかもしれない。

 ゆっくりと車を走らせて、気付けばマンションに戻っていた。





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