〜風〜
セイラは後悔していた。
草原の中、剣を腰に構え、全身を緊張させたまま・・・
(・・・動けない・・・)
まるでストップモーションのようにその辺りは止まっていた。
唯一セイラの目だけが相手の隙をうかがうように動いていた。
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お散歩日和なのどかな平日昼間。
隣村にいる親友のエリスの所まで遊びに出かける日だ。
トレードマークのポニーテールを赤いリボンで結び、麻の上着に麻のパンツ、皮のブーツという軽装に不釣り合いなほど大きな剣を下げていた。
いつもの習慣・・・
身につけていないと不安になるのだ。
しばらくは道沿いを歩いていた。
歩き慣れたいつもの砂利道。
商人や農夫が行き交う道。
優しい風が吹き、心地良い草の歌を聴きながらエリスの元へと向かっていた。
「あ、そうだ・・・」
エリスの好きなワイズおばさんの桑の実を持って行こう。
ワイズおばさんの家はこの辺りでは有名な桑の実農家。
特にここのジャムは絶品だった。
そして、セイラの叔母でもあった。
ワイズおばさんに少し分けてもらおう・・・
いつものようにワイズおばさんの家に向かって草原を突っ切っていった。
いつも使っている近道・・・
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しばらく草をかき分けて進んでいると、1羽の椋鳥が落ちていた。
醜くも羽がむしられ、辺りに羽毛が散乱していた。
セイラはそっと抱き上げた。
すでに事つきていた。
・・・まだ暖かい・・・
それは、決して時に任せて果てたのではないことはすぐに解った。
何者かの手によって・・・
ただ、己の欲望のためだけに・・・
決して弱肉強食の掟に則ったものではなく・・・
セイラの中に怒りがこみ上げてくる。
何故?誰が?
傷つき不本意にも果てた椋鳥を抱えながら怒りに震えていた。
決して戻らない尊い命の冥福を祈りつつ・・・
セイラは愛剣で穴を掘り、その亡骸を手厚く葬った。
「決して貴方のことは忘れない。ここで果てたその思い、この剣と共に果たすまで。」
その目は怒りに燃えていた。
近くで摘んだ野アザミを手向け、深く頭を垂れていたセイラは背後の気配を感じていた。
・・・1人・・・いや、2人・・・
遠くからこちらの様子を伺っている。
じわりじわりと近づいてくる気配・・・
・・・2手広半・・・
セイラの剣のリーチと、相手からの攻撃範囲を予想し、マージンをとっさに計算する。
・・・今だ!
何も気づかなかったようにうつむいていたセイラは一気に相手に向き直りながら剣を抜いた・・・
しまった!
いつもなら気づいていたのかも知れない。
相手がやり手だったことも、セイラの気が散っていたことも有るが、2人と読んだ気配は大きくはずれた。
気が付けば3本の剣、1本の斧、そして4対の生臭い目線と1対の冷たい視線に囲まれていた。
しかも5人とも手練れの戦士・・・いや、戦士と呼ぶには気品に欠けていた。1人を除いて。
流しの賞金稼ぎか、盗賊か・・・
ただ1人、冷たい眼差しをセイラに向け、何も武器を取ることなく立っていた。
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セイラは後悔していた。
草原の中、剣を腰に構え、全身を緊張させたまま・・・
(・・・動けない・・・)
まるでストップモーションのようにその辺りは止まっていた。
唯一セイラの目だけが相手の隙をうかがうように動いていた。
「私を切ろうというのかな?」
ただ1人、武器を持たない男が口を開いた。
「この子を・・・この椋鳥を裁いたのは・・・」
「このもの達だ。」
「何故!」
「ただの気晴らしさぁ!」
斧を持った大男が言った。
「・・・罪もない者を・・・罪もないか弱い小鳥を・・・なぜ!」
「んだぁ?御前もそうしてやろうかぁ?あぁ?」
「へへっ、威勢がいいなぁ、ねぇちゃんよぉ。」
細面の男が口を開いた。
「気を付けな。お嬢さんよ。こいつら人殺しても何とも思わねぇような連中だからよ。」
と、一番若い男。
「どうする?あ?助けでも呼ぶのか?ここじゃあ誰も来てくれねぇぞ?」
確かに。幾ら叫んでも誰の耳にも留まらないだろう。
あの椋鳥と同じように・・・
(・・・いけない。気持ちが攻めなきゃ負けちゃう・・・)
鼻から深呼吸をして間合いを見る。
連中はこちらが対した経験もない女だと見くびってすっかり警戒を解いていた。
勝機が有るとすれば、そこ。
こちらからやらなければやられる。
しかし、先に手の内を見せたら・・・
きっかけがなかった。
油断しているように見える連中だが、いつでも攻撃態勢に入れるような状況である。
ましてや相手は5人・・・
勝負は一瞬で決まるはず・・・
いや、決めなければ負ける・・・
セイラは目を閉じた。
剣の先を下に下げ直立する。
今まで他愛のない馬鹿話をしていた4人が口を開けてみていた。
ただ、あの男だけが構えを取った・・・
(・・・この地に生ける者よ。あの子の無念を・・・私の剣に託したまえ・・・)
・・・風が吹いた・・・
セイラのポニーテールをふわりと揺らし、合図をくれたような風。
季節代わりを告げるような力強く、そして優しい風。
・・・今!
セイラが動いた。
愛剣を後ろ手に構え、1人目の脇をすり抜ける。
すり抜けざまに自分の腕と肘を使い剣を横に払う。
剣の重さを軸に進行方向を変えると大斧を持つ2人目に向かって突進。
剣を大きく振りかぶり…
明らかに空振りするタイミングで振り下ろすと…
その剣の重みの反動を使い大きく跳躍。
大男の頭上から剣先を背中にめり込ませ、反動を使って剣を引き抜く。
大男の背中から剣を抜いた反動と、高さを見誤ったのか背中からもんどり打つセイラ。
しかし、転がる勢いを利用して飛び起きるとそのままの勢いで剣を横に繰り出し3人目の足を薙ぎ払う。
4人目が大きく剣を振りかぶり、こちらに向かって叩きおろそうとしたその懐に、剣の重みに腕を任せたまま一気に走り込み、腕を払う。
その男に隠れるように体制を低くし…
5人目の男が魔法を唱えようと両手を胸の前で合わせ、その接合点を凝視した瞬間…
足下からすり抜け、低姿勢のまま5人目の男の背後に回り込み喉元に愛剣を突きつけた。
「・・・な、なぜ・・・」
「貴方の心は風になびいていたわ。」
「風・・・?」
「ここからすぐに立ち去りなさい。次に風が吹いたとき、私は貴方の首を落とします。」
「・・・く、くそっ・・・」
男達はそれぞれに手傷を負いながら退散していった。
男達が見えなくなると・・・
「ふぅ・・・」
その場に崩れ込むように座るセイラ。
「実戦って・・・結構しんどいのね・・・」
実は・・・セイラにとって初陣だった。
稽古場では連戦連勝だったが、実際に己の剣で戦ったのは初めてである。
さっきまでの研ぎ澄まされた瞳ではなく、一仕事終えた安堵感と未知数の自分の力に心地良い疲労感を覚えた目をしていた。
さっきまでは自分でもびっくりするくらい落ち着いていたのに、何故か今は、膝が震え、手が痙攣したようになっていた。
「・・・あ、ありがとう。もう大丈夫だよ・・・ね。」
力を貸してくれた風や椋鳥にお礼を言いながら、その場に座り込んでいた。
どのくらいそうしていただろうか。
日も少し傾きはじめ、山の麓が黒くなる頃、セイラはやっと動き始めた。
「すっかり遅くなっちゃった。ごめんね、エリス。」
友人に向かって聞こえるはずもない謝罪を送り、エリスの家へ向けて来た道を戻っていった。
「桑の実はお預けね。ワイズおばさんの家に行くと遅くなっちゃうもの。」
少し湿った夕暮れの風がセイラを後押ししてくれていた。
「さ、急がなくっちゃ。今日はエリスの命日だし。」
風に乗ってエリスのにおいがしたような気がした。