織姫ちゃんと彦星君と三角ピエロ
投稿時間が違いました……
テクテクテクテク。テクテクテクテク。
とある森の中、彦星君は歩いていました。
「どうしよう……どうしよう……」
彦星君はブツブツと呟きながら歩きます。
その姿はどう見ても悩んでいる人の姿であり、実際、彦星君は悩んでいました。悩んで悩んで、どうしようもなくなって取り敢えず気分転換にいつもの森の散歩コースに来ているのに、気分転換しきれずに悩んでいました。
彦星君がどうして悩んでいるのかといえば簡単です。彼は今日の朝、幼馴染の織姫ちゃんにお別れを言われてしまったからです。
なんでも織姫ちゃんは「都のすっごいかっこいい人に見初められて、お嫁さんになるために都の方に引っ越さなくてはいけない」と唐突に彦星君に告げ「これからはもう一緒に遊べない」と別れを宣言してきたのです。
彦星君にとっては寝耳に水。まさに青天の霹靂でした。
相手の方はなんでも神様の血をひいている尊い方とか、すごく偉い人とか言うことでしたが、彦星君が思ったことは、大好きな織姫ちゃんと遊べなくなるのはとても悲しいから、どうにかその人は織姫ちゃんをあきらめてくれないかなあということでした。
そんなわけで今の彦星君はどうやったら都の人とやらに諦めさせることができるかを悩んでいました。それは仲のいい友達がいなくなってしまうことだけではなく、好きな娘がいなくなってしまうのは困るという実に俗っぽい想いもあって考えていたのですが、それは彼の名誉のために秘密です。周りの人には織姫ちゃんを含めバレバレだったのですが。
そんな風にぼけっとうわの空で歩いていたからでしょうか。彼はいつの間にかドンドンと道を外れ、周り一面が木に囲まれてる場所まで来てしまいました。
いわゆる、迷子です。
「あれ……ここどこだろう。あれ?」
ようやく自分が迷子になったことに気付いた彦星君は、自分が来た方向を探します。
「あっちかな?」「こっちだったかな?」とあちこちの方向に取り敢えず歩いては「こっちでは無かった気がする……きっとあっちだった」という迷子特有の自分を信じきれない不安に陥ってかは、最初に迷子になっていた場所まで行ったり来たりを繰り返します。
彦星君が14回目のUターンを決行したとき、突然鬱蒼とした森の景色が晴れ、大きな切り開かれた場所に出てきてしまいました。
広がり切った視界の真ん中。地面の上に、何かが倒れています。
真っ赤な鼻に、白い顔。三角の帽子に派手な服。
そう。ピエロです。
「こんにちは。ピエロさん」
「こんにちは彦星君」
彦星君はここに何故ピエロが倒れているのかはさっぱりわかりませんでしたが、普通に挨拶することにしました。彼は特に怪しい人にでも普通に挨拶する愚ど……もとい、純朴な人間だったのです。
「ピエロさんは僕のことを知ってるんですか?」
「はい。彦星君はいい子として有名ですからね」
そのピエロの言葉を聞いて、頭を書いて照れる彦星君。それを見てピエロは彦星君が「素直で一番騙されやすそうないい子」として有名なことは黙っておこうと決めました。
そんなピエロの思考は露知らず。彦星君はピエロさんに質問をしました。
「一体こんな森の奥で何をしていらっしゃったんですか?」
「これはこれは。ご丁寧な質問をどうもありがとう。私はここでお腹を空かせて倒れていたのですよ」
そんな言葉を聞いて、そのまま視線を落とした彦星君はびっくり仰天。なんとピエロのお腹は何かの棒が三角形を作ることによってできているではありませんか。
中央は空っぽで、空洞です。彦星君は、ピエロがどうやってご飯を食べているのかがとても気になってしまいました。
「私はピエロ。そして今は願いと対価と結果を量る、三角形の秤です」
「秤なんですか?」
彦星君は首をかしげます。
願いと対価と結果を量る秤という物がどんなものなのか。よく宿題を忘れて廊下に立たされてしまう彦星君にはさっぱりわかりません。お願いと結果なんて形のないモノをピエロはどうやって秤皿に入れるというのでしょう?
そんな彦星君の疑問を読み取ったかのようにピエロはサラサラと自分のことについて話します。
「私は簡単に言うと、人に何をどうすれば、将来どのような結果になるかをお教えする人なのですよ」
「そうなんですか」
彦星君は、ピエロの簡単かつ分かりやすい説明を聞いた後、たっぷり三十秒をかけて理解し、
「そしたらピエロさん。私に織姫ちゃんが都に行かなくて済む方法を教えて下さい」
思いつめて知恵熱を出しそうになっていた彦星君は、ピエロに相談することにしました。
彦星君は事の成り行きをかくかくしかじかと説明します。
「そんなわけで、僕はどうにかして都のかっこいい人を説得しないといけないのです」
「ふむふむなるほど……」
ピエロは話を聞いて、思いっ切り織姫に遊ばれているなと思いましたがそんな思いはおくびにも出さず真面目に頷く素振りを見せます。
取り敢えずピエロは背景が分かったので、彦星に見せることにしました。
ピエロはパチン、と指を鳴らします。
「これは貴方が織姫と駆け落ちした未来」
空中に現れる光の虚像。映っていたのは彦星です。
どこか知らない薄暗い場所で、くたびれきった服を着て織姫と一緒に隠れて潜んでいます。
またピエロがパチンと指を鳴らします。
「これは貴方が都の貴族を説得しようとした未来です」
そこにいたのは擦り切れた襤褸を纏いながら、どこかの街道を歩いている彦星でした。
何度も門前払いを喰らい、何度も挫けては道端に倒れている姿が映ります。
そしてまたピエロがパチンと指を鳴らします。
「これは貴方が織姫を諦めた未来です」
そこに映っていたのは、頬がこけ、背中がまるまって暗い部屋にうつむいて座っている彦星です。
まるで死んだかのように動かないその様子は、見るだけでおぞましく感じます。
さあ、お好きな物をお選びください。とピエロは言います。
しかし彦星はふてくされたように言いました。
「結局貴方は何も教えてくれないし、何も叶えてくれません」
彦星としては、なんでもうまくいくたった一つの方法が知りたかったのです。こんなたくさんの一長一短のある方法を教えられてもどうしようもありません。
そんな不満を感じていてなお、ピエロは首を振って言います。
「いいえ。いいえ。私は叶えることができるのです。しかし今の私は、とある神様の怒りに触れてお腹が三角にされてしまいました。そんな私は人の願いを、人の願わない形でしかかなえることができないのです。それなのに私には、願いをかなえることしかないのです」
悲しそうに。それはそれは悲しそうにピエロが話す姿を見て、彦星君は自分が悪いことをしていないのに悪いことでもしたような気分になりました。
ピエロはそれを見てずきずきと良心が痛みましたが、これも彦星君の為なのであんまり気にしないことにしました。
「いいえ彦星君。そんなに気になさらなくてもいいんですよ。他人にお願いをかなえてもらっても、良いことなんてありません。自分で汗水たらして、自分でかなえようと努力する。そうしなくては何も自分の力になんてなりはしません。私の能力は神様がそういう考えの下に封印して下さったんですよ」
「そっか……」
明らかにピエロの言っていることは前後で矛盾しているのですが、純粋な彦星君はピエロが大変ためになることを話してくれたことにしか気付きませんでした。
なので素直にお礼を言います。
「ピエロさんありがとうございます」
深々と頭を下げた彦星君が顔をあげると、そこにはまるで何もなかったかのように風が吹いているだけでした。
「あれ? ピエロさんはどこに行ったんだろう……?」
あちらこちらに顔を向ける彦星君ですが、あの派手な黄色の帽子も、とんがり靴も見つかりません。
まるで露と消えるように。ピエロは姿を消していました。
ピエロが消えた理由も、消えた方法も。何にもさっぱり分からない彦星君でしたが、一つだけは分かっていたことがありました。
それは。
「……結局、帰り道ってどっちなんだろう……」
彦星君は結局迷子ということでした。
そのあと。
彦星君が、コンパスもなしに的確に彼を探しに来たハイスペック織姫ちゃんに村に連れ帰ってもらった後。
「僕は都会にかっこいい人を説得しに行ってくる!」と織姫ちゃんに告げて、両親を説得しようとした彦星君なのですが「どうして説得しに行こうとしてくれるの?」という無邪気さを装った上目遣いの織姫ちゃんの問いかけにしどろもどろに返答していたら、いつの間にやら彦星君は告白していたことになり、いつの間にやら彦星君は織姫ちゃんと結婚の約束をしていました。
彦星君にはさっぱり理由が分からなかったのですが、かっこいい人は織姫ちゃんを諦めたらしく、どうやら彦星君は都会に行かなくて済んだそうです。
それについて彼が質問しようとしても、結局うまいこと言いくるめられた後、織姫ちゃんの抱き枕になる彦星君なのでした。