名探偵・たかあき-1-
私の名前はたかあき。名探偵である。
普通の人は自分で自分の事を名探偵などとは言わないだろう。
だが名探偵は自惚れてなんぼ。そうなのだ。
そして、名探偵には助手が付きものである。
私の場合は犬だ。
名をペケという。
こいつがイカしたやつで、すごいのだ。
依頼があったのは、30分前だ。
私はいつもそうする様に、2袋3000円もするコーヒー豆をドリップして、飲んでいた。
沈黙を好み、チリリと鳴ったこともない旧式の黒電話がチリリリン!と大きな叫びを上げた。
わたっしはびっくりしてコーヒーをこぼし、ズボンに染みをつくった。
あわてて電話に出ると、低い声で「探偵さんかい?」と相手が言った。
知らない声だ。
私は営業ボイスで答える。
「はい。こちらは"たかあき探偵事務所"でございます。」
「どんな悩みも即日解決。」
「お値段も大変お安いのです。」
即日解決した試しはないが、相棒曰くそういうハッタリが大事。
「…そいつはいい」電話の相手はそう言った。
「すぐに取り掛かれるか?」続けてそう言う。
私はこう答えた。
「汚れたズボンをクリーニング屋に持ってた後でなら、いつでも。」
その後、依頼人とは喫茶店で会った。
「案外若いあんちゃんだな。」
依頼主は一言目にそう言った。
年は40歳といったところか、無精ひげを伸ばしていて、頭の毛を全て剃っている。
無精ひげをジョリジョリと右手で擦りながら、私の前に座った。
「お姉さん。俺にオレンジジュースを持ってきて」
傍を歩いていたウェイトレスにそう頼むと、私の足元に注目した。
「この店は犬を入れてもええのか?」
ペケは伏せをして私の足元でじっとしていた。
「ペケは私の助手でして、特別許してもらっているのです。」
男はふぅーんと一言呟くと、さてと話し始めた。
「単刀直入に言う。人探しを頼みたい。」
私は心の中でガッツポーズをした。人探しは得意なのだ。
ペケと一瞬目を合わせた後、詳しい話を聞きましょうと冷静を装って切り出した。
「女だ。女を探してほしい」
男はオレンジジュースをぐびりと飲んだ。
「いつごろから?」
「三週間前だよ。急にいなくなったんだ。」
「ポルシェとは…色は何色ですか?」
「…そんなことはどうだっていいだろ。他に聞くことがあるんじゃないのか?」
「事件というのは、何気ない要素が大事なのです。」
「・・わぁったよ。白だ。しろ。」
そう言って。はたと、男は気づいた。
「俺は、ポルシェなんて一言も言ってないぜ。」
「というか、なんで俺の車を知っているんだ?」
「私どもにこの依頼を持っていらっしゃった貴方は大変運がいい。」
私は両肘をテーブルにつき、手を組む。そして、顎をその上に乗せた。
「どうでもいいことが、ふと頭をよぎるのです。」
男がどういうことだと言いたげな表情を浮かべた。
「いつもそうなのです。」
「いつもそうなのかは知んないけど、俺の質問に答えられてないぜ、あんた」
「心意解釈の一種なのでしょうねぇ。」
私はカフェの店員を指さした。
「彼は大きな借金を抱えており、大変な目にあっているみたいですね。」
私は次々とカフェにいる人間を指さした。
「彼女は奥歯に虫歯があるようです。」
「そこの彼は、大変な読書好きで、月に5万円分も本を買うみたいです。」
「奥の席の彼女は、近々バイオリンのコンクールを控えているようです。」
「あの老婦人は、最近夫と口喧嘩をしたみたいですね。」
私は目の前の彼に向き直った。
「これが私の能力、"干渉する脳波"と呼んでいるものです。」
男は呆れた様な顔を見せている。
「くだらねえな」
「そうなんです。大変くだらない能力でして。」
「ですが、たまに役立つのですよ。」
ふーん、と興味なさそうに、男はオレンジジュースの残りを一気に飲んだ。
「ま、よろしく頼むわ」
私と男はそのあと30分ほど話をした。