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「……いやあの、今なんか凄くおかしい光景見たような」
「んー……。見なかった事にしてくれると助かるかなぁ」
そうでなくともそれほど困らなさそうな口調で、お願いされる。しかし遠麻としては是非彼女に確認したい事があったので、身を乗り出して詰め寄った。
「君――」
「お前はどうやら力を使えるな」
「えっ!?」
遠麻が口を開いたのとほぼ同時に、白姫が少女を見据えてそう言った。言われた方の少女は驚いて白姫をまじまじと見る。
「えっと……?」
「丁度いい。こいつに修行を付けてやってもらえないか」
「えぇッ!?」
「ちょっと待ておいッ!」
本人の意思も確認せず、少女に交渉を持ち掛けた白姫に遠麻は声を荒げて割り込んだ。
「何でわざわざ修行なんだ! 力があんなら彼女に任せりゃいいだろうが!」
そう、遠麻が言いたかったのはこれだ。もし彼女に力があるというなら、白姫と黒君を押しつけてしまおうと――
「駄目だ」
しかし遠麻の計画は黒君によってあっさりそう退けられてしまった。
「何でだよっ!!」
「彼女では力が足りない。それに、質が違う」
「しかし収めた武芸と力のコントロールは見事! 良き師になるだろう」
「ちょっと待てェッ!」
「……えと、あれ?」
話の中心に置かれながらも、取り残された少女が付いて行けずに戸惑って。
「もしかして、君達皆そう?」
「私とこいつは違うが、こいつはそうだ」
自分を黒君を指し示し否定してから白姫はそう遠麻を示した。
「えと……」
「……」
正面から視線を向けられ、居心地の悪さに遠麻は少しばかり身じろぎをする。しかし気にする風でもなく彼女は照れたように笑って後ろ頭を掻いた。
「ごっめん。あたしそーゆーのやっぱ判んないや。ちょっと待って、先生に聞いてみるから」
「先生? 先生だと? 力を使う者の教育機関があるのか?」
「あるよー。でも内緒なんだって。信じてもらえなくて面倒くさいから。――あ、あたし有谷満」
「あ、し、白祈遠麻」
「へー。なんか綺麗な名前だね。うん、似合うよ」
つられて名乗った遠麻に、笑って満はそう褒めた。裏表のない、屈託のない笑顔だった。考えた事もない所を褒められ、どう答えるべきかと少し迷って。
「あ、ありがとう」
結局無難に礼を言った。
「んー。どういたしまして? ――っと、あ! 先生!」
片手で操作していた携帯が目的の相手に繋がったらしく、満は遠麻から電話先の相手へと意識を移した。
「お疲れ様です、有谷です! ――え!? 何も無いですよ! 失敗じゃないですっ。何でそっちから来るんですかっ。順調に何事もなく片付けましたから! ――えぇっ!? 先生、厳しい……」
笑ったり張り切ったり落ち込んだり、電話だというのに激しいなと遠麻は半ば感心して満の様子を見守った。
「えっと、それでですね、任務の方は無事に片付いたんですけど、そこで力持ってるっぽい人見つけて――え、属性!? 判んないです! あたしが判らないって、判ってるじゃないですか!!」
「……何と言うか、煩いな」
微かに白姫は眉を寄せてそう言った。成程、白姫とはちょっと合わないかもしれない。
「――だから、連れて行ってもいいですか? はい、……本物……だと思います、多分。ハイ。――はい、じゃあ、そういう事で」
ようやく話は纏まったらしく、そう締めくくって満は通話を終えた。
「えっとね、これから連れて来いって。大丈夫かな」
「そういうのは先に聞いてから答えるもんだろ……」
「う!? で、でも師匠とか何とか、話振ったのそっち……って、どこに行くとかは言ってないよね、はい……ごめん」
「いや、いいけどよ」
遠麻としては一緒くたにされるのに抵抗があるが、満の言う通り元々の話を振ったのはこちらだし、この後も特に用事はない。
それにそういう力の持ち主が集まる所があるのなら、白姫達も押し付けられるかもしれないから、遠麻にとっても悪くない。
「じゃあ、行く?」
「ああ。――いいよな?」
一応後ろを振り返って白姫と黒君に確認。
「勿論」
「そうだな。いい師が見付かるといい」
「……いや、だから何で俺決定になってんだよ……」
電車に乗って移動すること十数分。満が三人を案内したのは、東京・霞ヶ関。文科省に程近い場所に、かなりの広さを持ってその建物は存在していた。
「財団法人日本文化財研究協会資料館……」
「うん。展示もしてるから、好きな人とか結構来るよ。平日でも」
「へー……」
ごく当たり前に人が出入りしているのが何とも機密っぽくない。もっと重厚な感じを予想していたので、拍子抜けでもある。
満に付いて中に入ると、成程普通に資料館だ。時代毎の呪術の移り変わりや、その当時使われていた道具や体系などを紹介するマニアックな方向性の展示物。
「見たい? でも今日は先生待たせてるから今度ね」
「いやあんま興味ない……おい! 行くって!」
遠麻が素通りした展示品の数々を食い付いて見詰めている白姫と黒君を急かし、案内されるまま歩みを進め『関係者以外立ち入り禁止』の扉を開けて更に奥へと――
「? どうした」
そこで急に歩みを止められ、まさか迷ったのかと訝しむ。ないと思うが、満はどうも抜けて見えるので全く無いとも言い切れないのが怖い。
「えっとね、視える?」
しかし危惧していたように迷った訳ではなく。遠麻を振り向きそう尋ねた満に首を捻った。
「何が」
「扉。あのね、一応試しっていうか……素養の無い人には視えなくしてあるんだ」
「あァ、成程な」
扉に掛かっている『関係者以外立ち入り禁止』では完璧な効果は無いんじゃないかと思っていたので、納得した。
あれには元々人目を減らす役割しか期待していないのだろう。それでも入って来る人間にバレないよう、そっちの仕掛けの方が本当の立ち入り禁止だ。
一瞬自分にも視えない事にしようかと思ったが、どうせ白姫や黒君には通じまい。どうにも巻き込まれている感がぬぐえずに溜め息をついて――真っ直ぐ扉へ向かって歩み寄りノブを掴んだ。
「入るぞ。いいのか」
「うん」
了解を得てノブを回し、開く。鍵は掛かっていない。
そして目の前に広がる光景は。
「資料館とあんま変わんねーな」
「あはは、ま―ね。じゃ、付いて来て」
再び満が先導になって、付いて行く事しばし。途中何人か職員らしき人と擦れ違う。会釈で終わったり軽口を叩いたりは様々だったが、空気は概ねアットホームだ。
そして地下三階部分まで下りてきて、ようやく満は一つの扉の前で止まった。
「ここだよ」
プレートには『部長室』と掛かっている。
「部長って……」
「うん、ここで一番エラい人。一応『研究会』だから『部長』」
「その人が電話の先生なのか?」
「ううん。違うけどこっちに来なさいって言われたから。――じゃ」
コンコン、と扉をノックし満は声を掛ける。目の前でこれだけ声を押えずに話していたら筒抜けだと思うが。
「有谷です。失礼します」
中に入って行く満に付いて遠麻も中に入ると、その部屋はごくありきたりな執務室のようだった。
部屋の奥の机と、それより入口手前の来客用と思わしきソファとテーブル。そしてぎっしりと本が詰まった本棚。
「ご苦労様、その子がそうですか?」
「はい、先生」
部屋の中には、机に座った老紳士と、三十路ぐらいの女性の二人がいた。満が『先生』と呼び、遠麻達に声を掛けて来たのは女性の方だ。
「……これは……」
女性は頷き遠麻を見つめ、少し驚いたように呟いて。
「君、名前は」
「白祈遠麻、です」
「白祈、白祈……。駄目ですね……思い当たりません。部長、心当たりはありますか?」
「いいや、私にもないな。おそらく、どこぞの分家から流れた血脈のいずれかだろう。――それと……」
二人が遠麻から後ろの白姫と黒君へと目を移す。ようやく居心地の悪い注視から外されてほっとする。しかしそれも次の二人の言葉まで。
「こ、れは!」
「貴方達は『律』か……っ!?」
驚愕に掠れた声を上げて二人は揃って身を乗り出す。その二人に白姫は満足そうに笑みを浮かべた。