第四章 力の形
爆発した力を集めている術者は、相当な力を持っているようだった。何しろ数日経った今も白姫が在処を掴めないぐらいだ。
「全く腹立たしい!」
「この間見た時も思ったが、大分人もやり方を変えてしまったようだからね。俺達の知らない技術があるんだろう」
しかし逆に言えばそれを知り、理解すれば探し当てる事もできるかも知れない――という事で。
少々気まずい思いをしつつ、遠麻達は日本文化財研究資料館へと足を運んでいた。実際に気まずい思いをしているのは遠麻だけだが。
「しかし……律って力の全てを司るんだろ? 分からない術とかあるのか?」
「俺や白姫、遠麻が力を使う時は源流をそのまま具象化してしまうからね。直接見ればどんな構成かは判るんだが……」
展示物を見て回りながら、黒君はそう苦笑した。
「特に純粋に力でなくなっているものは分かりにくい。そう――例えば呪物とかな。人もそうだが」
だから直接視る事の出来ない離れた所にある物に力が宿ると、見つけにくいのだという。
そうでなければ呼び寄せるのではなく直接出向き、気付かれないように回収した方が安全だ。
意志のある者は魔寄せに掛ける事が出来るからまだいいのだが、全くの無機物となるとそうもいかない。
最終手段は呪力が高いと思われる場所をしらみ潰しだ。
「しかし――こうして見ると、人の術は随分と道具に頼るようになっているな」
「力のある道具であれば、ある程度誰にでも使えるし、素養のある者ならば更に有効に使えるだろう。合理的と言えばそうなんだろうが、あまり良い事じゃないな」
「そうなのか?」
「力を留めるのと同じ行為だからね」
自然的であれ人工的であれ、流れが止まった状態は良くはないのだ。
「ふうん……」
「まあ、ここに力のある物品はないようだが」
「そりゃそうだろ」
何しろここは『本物』だ。そんな所が、一般に公開されている展示物の中に、危ない物を混ぜる訳がない。
(まあ、下には何かありそうな気がするんだが)
その手の呪具や何かという物も。
そう思ってから足元を見て息をつき、それから携帯を取り出し時間を見ると二人に声を掛けた。ここに来てから二時間程が経過している。
「そろそろ見て回ったろ。帰らないか」
「何だ、急くな」
「急くっつーか……今有谷や瀬川さんに見付かったら気まずいだろ」
向こうも気にしているのか、この二日間連絡もなかったが何しろ国家機関だ。取れないのではなく取らないだけだろう。実際言ってもいない学校は知られていたし。
「そうか?」
「そうなんだよ」
白姫や黒君に分かれ、とはもう言わない。分かっては欲しいが、彼等は違うものなので、もう諦めている。
「まあ大方は把握したしな。お前が言うなら帰るとしよう」
「ああ、じゃあ――」
行くぞ、と白姫と黒君を促し掛けた所に。
「白祈君?」
(げっ)
凛とした女性のソプラノに、遠麻は心の内で引きつった声を上げる。引き上げるのが遅かった。
しかし声を掛けられた以上、無視する訳にもいかない。距離を置くにしても、国家機関と敵対していい事など一つもない。
「……どうも」
「現代の術に興味が出て来ましたか? こちらではなく下に来て下さればもっと実のある物をお見せできますよ?」
「いや、まあ……部外者ですし、勝手に入るのはやっぱり迷惑かなと」
「貴方の事は部長も知っていますから大丈夫ですよ。勿論勝手に入られては困る場所もありますが、白祈君は『立入禁止』と書かれた扉を開けるタイプではないでしょう?」
「……そうですね」
大抵の日本人はそうだろう。例えローカルルールであっても、その場の管理者が定めるならばルールはルール。
避けられない不条理なものであれば然るべき手段で訴えるべきだが――そこまで面倒な事をする日本人もやはりそういないだろう。
「では、行きましょう」
「……はい」
ちらと白姫と黒君を振り返ると、白姫は明らかに不機嫌になっていたし、黒君も少し眉を寄せている。二人が協会に不信を持ったのがそもそも和泉からなので無理もないが――
(素直すぎだからお前等……)
「どうしました?」
「いえ、何でも。……お前等もし何なら先に戻っても」
「あり得ん。馬鹿」
白姫や黒君にとって、和泉は危ない存在なのだ。遠麻一人を残して帰るなどあり得ない。
「じゃあその、お願いします」
強くきっぱり言い切られて諦めた。
「瀬川さん」
「何でしょう」
資料館地下、協会本部への道すがら、和泉に付いて行きながら遠麻は心づもりをするつもりで彼女に声を掛けた。
「力を物に留めるのは難しい事なんですか?」
「量によりますが、そう難しい事ではありません。己の属性と同じなら、普通に力を使うのとさして違いはありませんから。力というものは何しろ自然物への親和性が高いので、切り離す方が大変ですね。混ざってしまいますから」
「混ざる……ですか」
「何か」
「……いえ」
和泉の言い様は間違っていないのだろう。彼女にはそう視えるのだ。ならば一々言う事でもないかと遠麻は言葉を飲み込んだ。
そう――遠麻には混ざってなど視えない。どれだけ複雑に絡み合っても、違うものはどこまで行っても違うもの。
(でもまあ、別にそんなの分かろうが分かるまい大した違いがある訳じゃないんだしな)
だから口にしなかった。それだけだった。
「ここの構造は大体把握されていると思いますが」
「あぁ――……はい。大体は」
地下一階は事務室や応接室など、おそらく力を持たない関係者が入れる階層がここまでだろう。二階はトレーニングルームや資料室。三階は部長室を始めとした司令各機関。四階には牢。
――そして。
「五階も多分、ありますよね?」
始めに牢を訪れた時、壁の端にまだ下へと下る階段があった。封じられていたようだが、遠麻の眼には視えてしまった。
そして入ろうと思えばできる。やらないが。
「ええ、やはり貴方には視えてしまうのですね。あの下には回収された危険な呪物があります。――強力な、と言い換えてもいいかもしれません」
「強力な、ですか」
つまりそれだけ大量の力を留めているという事で、白姫や黒君はいい顔をしないだろう――と伺ってみればやはり不機嫌そうだった。背後の事なので和泉はそれに気が付かないが。
「ええ、中には人よりも強大な力を宿した物もありますよ」
「……へえ」
「――貴様等はそれを何とも思わないのか」
ついに我慢出来なくなったらしく、白姫が苛々とした口調でそう責めた。
「何ともとは?」
振り向ききょとんとして和泉は問い返す。理解していない表情だ。
「力を一所に固定させ長い年月が流れれば、力は淀む」
「例え淀んだとしても、そこから出さず使える者が使えばただの道具と変わりありません。そして世界から見れば切り取られた力などほんの一部。影響という影響もないでしょう?」
「――」
和泉の言いように、流石に遠麻もぞっと寒気が走った。
結界の時は一時的に流れを堰き止めても、すぐにまた流れの中に還って行ったから気にしなかったのだが、確かに和泉の解釈は少々行き過ぎだ。
彼女は力が歪む事を全く気にしていないのだ。
(そりゃ……微々たるものだろうって言われりゃそうなんだろうが)
しかしそれは世界にとってだ。それだっていずれこれぐらいまで、これぐらいまでと――いつの間にか取り返しのつかない所にまで踏み込んでいるかもしれない。
塵も積もれば何とやらとも言うではないか。果たして本当に微々たるものであると言えるのだろうか。
更に言えば、間違いなく力の宿る『モノ』は歪む。周りにも影響が出るだろう。
スケールが大き過ぎて想像し難い『世界』などというものではない。最も身近で最も大切な、自分の周囲がだ。
「――耐えられん!!」
怒気も露わにそう吠えると、白姫はぐいと遠麻の腕を引く。