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「……そうか」
それ以上深くは訊かなかった。学校は、とか、他人である自分が踏み込んでいい領域の話ではなさそうだったので。
遠麻も別にやる事など何も持っていない。けれど満はきっと――それには耐えられないのだろう。
けれどだから、満は協会に誘って来ないのだ。
(……つーかもしかして、全員訳ありだったりするのか?)
思わずもう一人――和泉を盗み見ると、あっさり視線に気付かれ目が合って、きょとんとした無防備な表情で目を瞬かれた。
「私ですか?」
「あ、いえ」
慌てて否定しようとした遠麻にふっと和泉は笑いかける。
「貴方が私に興味を持つとは思っていなかったので驚いただけです。私の理由は単純明快ですよ。代々協会に属していた家で、私にも力があるのを知って、誘われて、その才を生かし、そして強くなりたかった。それだけです」
「そ、そうですか」
「ではそろそろ術を解きましょうか。いつまでも占領していたら迷惑でしょうしね」
「あ、はい」
笑ったまま話を打ち切ると、和泉は術を解く。パチンと覆われていた薄い膜が弾けるような感覚と共に空気が流れ始め、つい――ごく自然に、ほっとした息を付いた。
「……ところで、随分変わった術式だね」
少々咎めるような口調で、黒君が和泉を見てそう言った。
「そう……ですか?」
「そりゃ二人が前に現れた時から随分経ってるんだもん。色々変わるよ」
すぐに和泉を擁護した満に黒君は微かに首を傾げ、しかしそれ以上強くには出なかった。
「そうか。けれどあまり使わない方が良い。その術式は流れを留める」
「判りました。律が言うのならそうなのでしょう」
結局和泉の方が譲歩して、話は終わった。
「じゃあ――次は明日か?」
「いや、そう急ぐ事もない。力の流れは緩やかだからな。二、三日様子を見よう」
「え」
先程話していた事を確認するつもりで言ったのに、白姫からはそんな答えが返って来て遠麻は戸惑う。
「いいのか? それで」
「場所探しを兼ねてな」
「……ああ」
納得した。いくら人払いを掛けているとはいえ、だからこその弊害がある。
和泉に頼めなくても白姫に頼めば事は済むが、この公園に来ると、いつもありもしない用を思い立つとか、そんな噂が流れるのはやはりどうかと思う。
「じゃあ今日は魔寄せ?」
「いや、少し用が出来た。すまないが今日はこれまでにしよう」
「遠麻はもう少し付き合ってもらえるか?」
「あ、ああ。判った」
つまりは言外に満と和泉には付いてこないように言っている訳で、不穏な気配がする。
律に選ばれているのは遠麻なので、彼だけに話そうとするのは不自然ではない。満や和泉も心得ている。
ただそれとは別に、二人の雰囲気が微妙なものだったのも勿論気が付いていただろうが。
「では私達はこれで、行きましょう、満」
「はい、先生。――じゃ、また」
「ああ、悪い」
別に呼んだ訳ではないが、来てもらっているのには違いない。なのに来るだけ来てタダで帰ってもらうのに等しい感じだ。流石にちょっと申し訳ない。
「んーん」
本当に気にしていないように、笑顔で満が手を振ってくれたので、気は少し楽になった。
二人の背を見送って、その頃にはぱらぱら人も戻ってきて――東屋の辺りで談笑を装って二人と話す。
「で、何だよ」
「あの組織には頼らない方がいいかもしれない」
「お、前……またいきなりだな」
つい先日まで技術を教われと意欲的だったというのに、一瞬で切り替わったものだ。
「遠麻は彼女が術を使った時、何も感じなかったか?」
「いや、まあ、気持ち悪いとは思ったけど」
「そうだろう?」
和泉や満の前では抑えていたのだろう、黒君の表情ははっきり曇っている。それでも白姫の権も露わな表情よりは穏やかであるが。
「彼女程の術者なら、それが判らないはずがない」
「場を歪めるのを知りつつその術を使っているのだ。あの娘の精神はおかしい。そしてその娘を要職に付けている組織も、慕う娘も同様だ」
「そ、そこまでか?」
『精神がおかしい』とまで断言されてしまうと、流石に頷けないし少し引く。遠麻から見て満も和泉も普通の人間だった。
「そりゃ確かに――気持ち悪かったのは認めるし、お前等が言うんだから良くない事なんだろう。でも些細な程度の話じゃないか? そう大袈裟に取らなくても」
和泉が術を解いた途端、力は流れ元に戻った。だから余計問題だと思わなかったのだ。
「些細な問題ならば妥協していいというものではないだろう。奴等といたら遠麻、お前が穢れる」
「穢……って、あのな、そこまで」
「遠麻」
だから大袈裟だ、とやや呆れの滲む口調で続けようとした遠麻を遮り、下から白姫の青の瞳が真剣に見上げて来ていて、言葉に詰まる。
「……白姫」
「お前の力は『全て』なのだ。お前には正す事も狂わす事も出来る。だからお前には一片の穢れも許されない。お前を穢すかもしれないものからも全て、我等はお前を守る義務がある」
大仰な言い様だとは思ったが白姫が本気で言っているのも判ったから、頷いた。
「判った。俺はお前等が居るならいい」
「――遠麻……」
ふわ、と嬉しそうに微笑って白姫は大きく頷く。
「私と黒君がお前を守る。必ず」
「そんな事態にならないのが一番なんだけどな」
しかし龍気に憑かれた状態の者と相対する時はやはりそうもいかないのだが。
「では今日は帰ろう。何かをして勘付かれるのも面倒だからな」
「……つか、前から思ってたんだけどお前等いつもどうしてるんだ?」
遠麻を家の近くにまで送った後、二人は犬猫になって姿を消す。その姿であればどこに居ようと誰にも気に止められる事はないとは思うが、謎ではある。
それに――以前とは違い、今は少々二人に対して情も湧いてしまっている。どうしているのか純粋に気に掛かった。
「飯とか風呂とか寝床とか」
「生き物のように、栄養を食べ物から摂る必要はないんだ。必要な要素が減れば構成を組みかえれば済む。汚れについても同じだ。俺達に代謝はないから、体から老廃物が出たりもしない」
「……成程」
人と同じ形をしているのはあくまでも遠麻に合わせるため。それだけだ。
「お前が学校に行っている時は勿論その近くにいるし、家に居る時は大体屋根の上で過ごしている」
「そうなのかっ!?」
どこの、などというのは愚問だ。そういえば最近屋根の上で物音がしていたような。気にも留めていなかったが。
「近くにいないと守れないだろう」
さも当然だというように白姫にそう言われる。それは判る、がちょっとびっくりした。
「では、帰ろうか」
「……ああ」
彼等にとってもこの台詞は間違っていなかったのだと、今日知った。