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第三章 ヒトゴコロ

 遠麻(とおま)の手から逃れる事は既に諦めているのか、彼女は微かに俯いたまま動かなかった。

 長い睫毛に縁取られた瞳が、怯えるように伏せられて震えている。全体的に華奢で儚げな印象だが、サイズの合わない大き過ぎる服から覗く胸元のボリュームは結構――


(って違ぇっ!)


 何見てるんだと慌てて目を逸らし、気が付いた。

 大き過ぎるその服装の全ては、鬼柳(きりゅう)が着ていたのと同じ物。長身で体も厚い鬼柳が着て丁度よかった物が、彼女に合うはずもなくずり下がっていたが、それでもなんとか危うい所が見えないのは上に来ているコートのお陰だ。男物なのでぶかぶかなのは変わらないが、要所要所で留め具が引っ掛かって少なくともずり落ちる事はない。


「……鬼柳、だよ、な?」

「……そう」


 こくん、と大人しく鬼柳は頷いた。


「――っ!」


(か……可愛っ……)


 女性らしいそのスタイルの良さも可憐な表情も、声や仕草、全て遠麻の理想に近しい勢いで好みだった。


「お前、何で……女?」

「これが私の呪いだから」

「女になる事が? 男になる事が?」


 どちらが本来の鬼柳なのかと訊ねてみる。……できれば女性の方が本来の姿であって欲しい。


「女になる事が……だと思う。呪力を使いきると女になる」

「……ああ」


 御影(みかげ)も知っているのだと、それで判った。だから必死に鬼柳を逃がしたのだろう。


「つーかその、お前と鬼柳って、別人?」


 体どころか口調や性格も丸きり別人だ。そう思ったのに鬼柳は首を横に振る。


「私は私。御影も始め信じなかったけど私の心は同じ。ただ、私が女にして欲しくないと思う事はできない」

「鬼柳ならんな素直に自分に不利になる事言わないと思うんだが……」

「『呪い』だから。女の私は人に逆らえない。誰に何をされても、私という血への罰だから」

「……成程」


 これはかなり――危ない呪いだ。鬼柳が何とかしたかったのも判る。ましてあの性格では耐えられないだろう。


(だとすると、力を奪うのはまずい……よなぁ)


 それをしたら鬼柳はおそらくずっと女のままになるのだろう。それは平和だと言えなくもないが、この鬼柳はあくまでも呪いの産物だ。他人に一切逆らえない人生は辛いし、危ない。


(ましてその、美人だし)


「……私の力を取る?」

「っ」

「そのつもりだったんでしょう?」

「そのつもり、だったけどな。出来ないだろ」


 重い息をついてそう言った遠麻に、鬼柳は眼を見開きほっと安堵して微笑んだ。


「――ありがとう」

「っ……」


 これは鬼柳だ。判っている。判っているが、血が上るのを自分では抑えられずに目を逸らす。


「……帰るわ。いいな」

「判った。……私は行かないけど、御影も頷くと思う」

「ああ」


 おそらくこれが彼女の見納めになるだろう。離れてしまうのが少々名残惜しい気がしたが、振り切った。自分の為に。


有谷(ありや)

白祈(しらき)くん!」

「くっ……」


 場を離れている間にこちらも決着が付いていた。御影の上に(みつる)が馬乗りになって押さえ付けている。


「白祈……。鬼柳は、どうした」

「会った」


 捕まえた、ではなく会ったと告げた。


「有谷、帰ろう」

「えぇっ!? でも!」


 折角捕まえたのにと満は不満の声を上げる。無理もない。御影も驚いた顔をして遠麻を見上げた。


「俺も見逃すのか?」


 鬼柳の事情を知れば甘い人間なら見逃す事もあるだろうとは思っていた。しかし自分を見逃す理由は無い。しかし。


「あいつにゃ味方がいた方が良いだろ」

「……っ……」

「有谷、帰ろう」

「……うん」


 まだ少しばかり不満気だったが、大人しく満は御影の上からどいて頷いた。遠麻にその気がないのなら仕方がない。


「……それで諦めるとでも思っているのか? 甘いぞ、お前」

「そしたら今度は本当に『奪う』っつっとけ」


 自分でも説得力がないなと思いつつ、そう言い残して満と共に屋敷を出た。


「いいの?」

「まあ、多分」

「次も上手くいくか判らないよ?」


 今回は、鬼柳と御影が力を奪われた事に動揺したから上手く行った。しかし次は動揺したりはしないだろうし、ああも遠麻を舐めて掛かって来はしないだろう。


「何とかするさ」

「……そっか。うん、判った」


 それ以上は決断を責められる事もなく、満は笑って頷いた。


「あ、そうだ。捕まっちゃってごめんね。それと、助けてくれてありがとう」

「……ああ」


 人から本当に感謝される事なんて人生の中でも早々ない。照れくさい――けれど温かい気分で遠麻は言葉少なに頷いた。


「遠麻!」

「あ」


 鬼柳の別荘からそう離れないうちに、小柄な人影が駆け寄って来た。


白姫(しろのひめ)

「無事だったか。酷く場が乱れていたからどうなったのかと……」


 正直、白姫にとっては満の無事など二の次だ。しかしそれを二の次にしてしまう人間は好きではないから、遠麻が自分達を連れていかずに鬼柳に従ったのは誇らしかった。

 けれど遠麻に何かあっては困るし、かと言って自分達が踏み込んで何かがあっても困る――と気を揉んでいたのだ。


「収まったから大丈夫だと言っただろう? お疲れ様、遠麻。満も無事で良かった」

「あ、ありがとう」


 かあと頬を熱くして満は黒君(くろのきみ)に頷いた。

 ……何だか面白くない。


(まあ……勝てる気しねェけど。黒君には)


 黒君も白姫も、純粋に『綺麗』だからだ。人間の美醜のレベルでは話にならない。空や海、水や炎と競おうとするようなものだ。


「あの場を収束させた事で大分龍気も溜まった様だな」

「ああ」


 言われて自然札に手が伸びる。色も濃くなったし何より感覚でそれは判る。


「よし、では明日にでもお前の身を守る分の力を残して地に力を戻すとしよう」

「それで終わるのか?」


 期待を込めて訊ねた遠麻に白姫は何を言っているとばかりに呆れた目を向けて。


「それぐらいで収まるようなら我等が現れたりするものか」

「……そうかよ」

「頑張ろう白祈くん! あたしも頑張る!」


 元から組織に所属し、その手の活動に従事している満と遠麻では、テンションに差があるのは致し方ない事だろう。

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