プロローグ
「――ん?」
いつもと変わらぬ学校からの帰路の途中、白祈遠麻はふと珍しいものを見て足を止めた。
真っ白な犬の上に真っ黒な猫が乗って日向ぼっこしている、という図だ。
(仲良いのか)
犬と猫なのに。
テレビでも種族を超えて仲良くなるペットの話は結構見るから、とても珍しいという程ではない。
ただリアルで見るにはやはり珍しい光景であるし、どちらも純粋な白と黒という色合いが少しばかり目についたに過ぎない。
(野良じゃねーかも)
二匹とも毛並みがサラサラだ。どこかの家で一緒に飼われているなら、仲が良いのにも納得である。そう思って通りすがり際にじっと見ていると。
「っ!」
目が、合った。
犬と猫が揃っていきなり自分を見たのだ。
瞬間何か探られている様な、値ぶみされている様な、そんな強い視線を感じて背中がすっと寒くなる。
(……イヤ、んな馬鹿な)
犬だし。猫だし。
一呼吸置いて頭を正常に動かしてから冷静に見詰めれば、やはりこちらを見ているだけの、ただの犬と猫だった。
「ごめんな」
何だか妙な意識をして、無垢な動物に嫌な感情を持って見てしまった事を詫び、黒猫の頭をそっと撫でた。
一瞬びっくりしたように猫は眼を見開いたが、すぐに気持ち良さそうににゃあ、と鳴いた。
続いて犬の方も撫でようとすると、こちらにはふいっと顔を逸らされてしまった。気位が高そうだ。
苦笑して手を引くと遠麻は屈んでいた体勢から立ち上がる。
「じゃあな」
去っていく遠麻を見送って、その背が角を曲がって見えなくなってから――さっと猫と犬はその形を崩し、一瞬の発光の後人の姿へと変じていた。
ただし二人とも服装が古めかしい。教科書にでも図解されていそうな平安貴族の衣装だ。
「どうだ?」
「温かかった」
遠麻に撫でられた頭に手を当てて、おっとりとした調子で黒猫の方だった青年が呟いた。
「そんな事は聞いてない。使えるかどうかだ」
柔らかな雰囲気の青年と対照的に、犬から変じた少女の方は可愛らしい容姿と裏腹に、硬質なイメージそのものの声と口調で青年の感想をばっさりと切り捨てた。
「白姫、そういう言い方は良くない」
「ふん、構わん。そもそも人が欲の塊だから悪いのだ」
「人はそれだけの生き物ではないよ」
悲しそうに窘められて、少々バツが悪そうに言葉に詰まってから白姫はふいっと顔を逸らす。
別に言葉を反省したのではない。彼女は本気でそう思っていた。
しかし優しい気質を持つ、この世で唯一自分と同じ存在である青年にそんな顔をされたくなかったので、尚も言い募って言い負かそうとはしなかった。
「もう良い。判ったからそんな情けない顔をするな! 私とて協力者となる人間には最大限敬意をもって接するつもりだ」
「そうだな。白姫は少し素直じゃないけど優しいから」
ぽん、と白姫の頭に手を置くと、青年は遠麻が自分にやった様に優しく撫でた。
「ばッ、馬鹿者っ! 優しいとかあるかッ! 私もお前もただの番人だッ!」
「けれどこの意思は『俺』で『君』という個が『白姫』だ。俺は『俺』という意志にも意義があると思いたい。勿論白姫、君にも」
「……夢想だ」
また悲しい顔をされるのは判っていたけれど、白姫はきっぱりそう吐き捨てた。
「我等の存在意義は『律』の番人。そこに個の意味など無い。行くぞ、黒君」
「……ああ」