まだまだまだ1月1日
ガリウスの言葉の後、場は騒然となった。目の前に存在する神威・参特式に気圧される者、まだ目の前の光景を事実だと受け入れられない者、この勇士が居るのならもしかしてと希望を持つ者などなど心境は様々であったが。
「まずは目の前に居るこの存在が、ゴーレムとは全く違うって所を見せてやる、映像などではなくこの場でな! 光殿、すまんが頼むぞ! 派手にやってくれ!」
突然の無茶ぶりだが、この程度の無茶ぶりなど地球に居た頃に比べればかわいい物だと考えている光。ゴーレムと違う所を見せるためには、人間のような体術を使う所を見せればいいだろうと判断。パンチやキックに始まり、足払いやサマーソルトキック、途中から用意されていた岩をバックドロップやパワーボムで投げるという姿も披露した。神威・参特式の動きが激しくなるにつれて、周囲に集まったマルファーレンス帝国国民からは歓声が沸くようになっていく。
「どうだ? 俺達が知っているのたのたとしか動けねえ鈍重であんまり役に立たねえゴーレムとは全く違うだろう? それにあの持ち上げていた岩、お前らも持ってみろ。驚くぜ?」
ガリウスの言葉に「じゃあ、俺が持って見せる」と意気込んだ人々が岩の元へと向かい──数十人がかりでも持ち上げられなかった。皆顔を赤くして必死に持ち上げようとしたのだが、岩はピクリとも動かなかった。
「分かったな、そんな重い岩を目の前の勇士は軽々と持ち上げ、振り回したんだ。どうよ、この勇士が俺達の新しい仲間になったんだぞ? しょげている時間があるか? ん?」
目の前の動き。張りぼてでは決して出せないパワー。分かりやすい物を提示され、場が沸き立ち始めた……が、ここで待ったをかける存在が居た。
「恐れながら陛下、一つだけ疑問がございます!」
そんな声と共に、一人の戦士が前に進み出た。ガリウスは一人で来たことに感心し、行為を咎める事無くその疑問を遠慮せずに答えろと話を促す。
「その勇士の力は分かりました、動きもゴーレムとは別物であるという事も分かりました! しかしながら、防御の方が分かりませぬ。ですので、わが愛斧を勇士に直接ぶち当てる事を許可願いたい!」
場が騒めいた。進み出た戦士の手にしている斧は明らかに普通の斧ではない。大きさもさることながら、実にいかつい。あの斧の攻撃をもろに受けたら、命は無いと誰にも思わせるぐらいの迫力があった。しかし、その斧を見て神威・参特式に乗っている光達がどう思っていたかというと。
「いい物ではあるのでしょうが、この神威・参特式を舐めていますね」「ま、やらせてあげようじゃないか。向こうも並じゃないんだろうが、こっちだって半端じゃない」「ま、納得してもらえるなら構わないだろう」
と言った感じで、全く気にしていなかった。ガリウスから確認が来たが、彼の気が済むようにやらせてあげて欲しいという返答を光達は返した。そして了承が出たので、遠慮することなく大きく振りかぶって戦士の持つ斧が神威・参特式の足に向かって振り下ろされた。その結果は。
「ば、馬鹿なっ!? 私の愛斧がっ!?」
振るわれた斧は粉々に砕けた。一方で神威参特式の足には傷はもちろん僅かな凹みすら存在していなかった。文字通りのノーダメージである。斧を振るった戦士はその現実が信じられないようで、自分が斬りつけた部分を直接手で撫で……ようやく全くダメージを与えることが出来なかったという現実を受け入れたのか深くうな垂れた。
『悪いが、こちらは空の先にある星の海での戦いを想定している存在でね。そう易々と傷をつけられるような軟な装甲ではないぞ。むしろ今の攻撃で大きく傷がつくようでは、2年後にやってくる試練に立ち向かう事などできぬからな』
スピーカー越しに光も攻撃をしてきた戦士へと言葉を掛けた。先ほどの攻撃だと、神威・参特式ではなく神威・弍式や零式の方でも傷をつける事は難しいだろう。言い方は悪いが、先程の戦士が叩き付けてきた斧の一撃は、地球の世界連合軍が仕掛けてきた攻撃のどれにも遠く及ばない威力しかなかったのだ。その程度の攻撃でダメージを負っているようでは話にならない。
「光殿の言う通りだ。俺も伊達に勇士と呼んでるわけじゃない。相応の実力を持っている事をよく理解しているから勇士と呼び、2年後の試練に真っ向勝負を仕掛けても勝ち目があるから試練に挑むという姿勢を見せてんだ! そして何より、歴史に残る大魔導士達でもできなかった星々の世界で戦う事がこの勇士にはできる! 試練が我々の頭の上から落ちてくる前にこちらから出向いて叩くことが出来るのだ!」
今まで、この世界の歴史で試練に立ち向かうのは全て落ちてくる隕石を防ぐか迎撃するかであった。迎撃はたいてい失敗し、防ぎきる事には成功したが命まで全てを燃やして死んだ大魔導士も存在する。そしてその大魔導士の一人が、星々の世界で戦うことが出来ればと言い残してもいる。しかし、今の今まで落ちて来る前に迎撃するという手段は取りたくても取れなかったのだ。その手段すら想像が出来なかったから。そこに舞い降りたその手段。帝国国民の視線に熱がこもり始めるのも無理はないだろう。
「そうよ、今までの歴史とは違う歴史が今まさに書かれ始めてるんだ! そしてお前らはその大事な瞬間に立ち会ってるんだ! そしてお前らは実際に目にした! 試練に真っ向から立ち向かえる勇士は今こうして存在すると! それでもなお、お前たちは沈んでるままか! 戦士の血を燃やす気にはならねえってのか? 答えやがれ!」
ガリウスの国民に対する問いかけの答えは、叫びだった。ウォークライ、戦いの気勢を上げるために発する叫び。この叫びで比喩表現ではなく、実際に王都は揺れた。絶望、諦め、無力感、自分達の王都を護れない、守る術すらわからないといった現実によって、戦士達の心は沈んでいた。しかし、しかしだ。今目の前に方法が示された。可能性が形となった。勝ち目が出た。ならば戦士のやる事は一つ、戦う事だ。
「よううぅっし、良い叫びだ! 俺達は初めて試練と真っ向から戦い、勝った戦士だと歴史に刻む機会がやってきた事が分かったようだな! だったら派手に騒げ! 心を燃やせ! いいか、やるべき事は確かに多い! しかし、俺達は戦士だ! 戦って守るべきものを護ってこそ戦士だ! それを思い出すためにも派手に騒げ! その大騒ぎが終わったら、試練がやってくるその日まで新しい戦い方を学ぶための特訓だ、いいな!」
「「「「「「「オウ!」」」」」」」
ガリウスの言葉に戦士達が少し前までは感じ取れなかった活力のある声で返事をする。無力感に沈んでいた帝都に住む人々の心は、今ここに再び浮かび上がった。神威・参特式を囲んで、祭りが始まった。大勢の者が酒樽の蓋を叩き壊し、豪快に木のジョッキですくって飲む。新しい可能性、勝利をもたらす可能性の塊である神威・参特式を酒の肴としながら騒ぎ、飲み、笑った。誰もが今までの陰鬱な空気を吹き飛ばすべく騒いだ。
『光殿、礼を言う。貴殿が早く動いてくれたおかげで、ここに住む人々の心が生き返った。いくら礼を述べても足りぬ』
しばし後に、そんな通信がガリウスから入った。その声は震え気味で、ガリウスが泣いている事を容易に察することが出来た。むろんそこに突っ込む野暮を、光も長門と大和の分霊もする様な事はしない。
「こちらも、絶望の中にあった状況から救ってもらったのです。これぐらいのお返しなど、お返しにもなっていません。真のお返しは2年後、やってくる試練を完全に退ける事で返しますよ」
光が発したこの言葉に打算は一切ない。国民を助けたい、こんな理不尽な状況から脱出させてあげたいと地球に居た時の光は数え切れぬほどに思った。そしてそのために様々な知恵を絞り、少しでもいいから状況を改善しようと試みた。そしてその全てが世界によって叩き折られた。そんな絶望の最中、予想外の場所から救いの手が差し伸べられた。
(そして今、我々は今までの理不尽から脱した新しい年を迎えることが出来た。ならば、今度はこちらがこの世界の絶望を砕く為の手助けをしなければならない。それが出来ずして、この世界の住人として胸を張る事と、他の国々が我々の同胞なのだと口に出す事が出来ようか)
国のトップにいる者として、国民の安全と利益は最優先で守らねばならぬ。しかし、それだけに固執して他の国から受けた恩義を忘れるような事があってはならぬ。助けてもらえなければ、今年もまた日本はあの絶望の中、国民の嘆く声なき声が聞こえる中、総理大臣として見えぬ血反吐を吐く冷たい執政を行わはなければならなかったのだから。心がいつ壊れるか分からぬ牢獄生活と大差ないあの日々を過ごさねばならなかったはずだ。
『心強い言葉だな。頼りにさせてもらうぞ、光殿』「期待に応えましょう、必ず」
次から試練という物は耐えるのではない。噛み砕くのだ。その流れがこの日、上層部だけではなく国民にも強く伝わった。文字通り、今までの常識が変わった瞬間である。この常識の変化がどういう結末を呼び寄せるのか? その答えは2年後に出る事になる。
1月1日だけでこんなに時間かかってしまった。申し訳ない。




