まだまだ1月1日
「新年早々、総理も大変ですなぁ」「少なくとも、試練を乗り越えるまでの2年間は忙しい日々を送る事になるだろうな……それが今総理の椅子に座っている私の仕事だ。まあ今日はそう緊張しなくてもいい内容だから気楽なものだがね」
如月司令の下に到着し、専用のスーツに着替えて神威・参特式の出撃準備が整うまでしばしの雑談を光は行っていた。新年早々たたき起こしてしまった如月司令と技術者の皆様方だったが、嫌な顔一つせず作業に当たっている。
「我々も、同じことを思っていました。そこを乗り越えるのが最初の目標ですな。帝国の首都を守り切る事で我々の存在感を示し、この世界と共に歩む意志を持っているという姿を見せればより交流も上手く行くようになるでしょう。何せ私達はこの世界にとっては新参者です。この世界の民として住まうだけの価値がある事を証明しておきたい所ですからな」
もちろん守らなかったとしてもそもそもの目的である遺伝子の提供を行えばそれだけで歓迎されるのだが……それだけやればよし、などと言う考えは光にも如月司令にもない。新参者である我々はまず汗を流し、この世界に貢献していく意思があるのだという事を他の国の国民に広くアピールするべきだという意見で一致していた。
「信頼は時を重ねて徐々に得ていくものだが、それも相応の行動をとってこそだからな。ただ年月を重ねただけでは敬意を得る事などできぬのと同じ事だ。時を重ねる間に、信頼や敬意を抱いてもらえるように生きねば始まらん。時々ここを勘違いして、ただ長く生きたから若い者に対して己に敬意を払えなどと喚く者がいる」
そんな話をしていると、神威・参特式を調整している技術者から連絡が入った。内容は「調整はばっちりです、いつでも出せます」との事。
「よし、準備が出来たのであればさっそく出撃と行こう。如月司令、フルーレ殿との連絡はどうか?」「大丈夫です、彼女もすでに準備万端で待機しているとの事です」
如月司令の言葉に頷き、神威・参特式のコックピットへ。乗り込み、起動。システムはオールグリーン、技術者たちの言葉通り調整は完璧の様である。と、そこに長門と大和のちび分霊が姿を現した。
「おや、今日は正月だから来なくても良かったのだぞ? 戦いに出るわけではないのだから」
やってきた分霊にそう光は声をかけたのだが、分霊たちはどちらも苦笑いを浮かべながら首を振った。
「お気持ちはありがたいのですが、こちらのほうが落ち着きますので……」「なんというか、その、まあ私達の本体もすごくにぎやかすぎる状態でね」
話を軽く聞いてみた所、長門と大和の所に一目その姿を直に見ようと大勢の人が詰めかけているらしい。現代に姿こそ変えれど祖国の危機に再び蘇ったかつての戦艦の姿に心を揺さぶられた人は多い。もちろん映像などで見た事のある人は多いが、やはり直接その姿を見たいという願望を持っていた人もこれまた多かったという事である。
「ですので、周囲は人人人の黒山が出来上がっている状態です。いえ、私達に感謝をあげる人も多く不快ではないのですが」「なんというか、気疲れしちゃったんだよねー。で、分霊だけでも休んできなさいって本体から言われてね。私達ってこのサイズじゃない? その分体力とかスタミナとかいう奴が少ないみたいでさー。気疲れするとすぐへばっちゃうの」
分霊は分霊の苦労があるという事か──光はそう解釈した。それに、分霊の二人が居てくれた方が神威・参特式はよりスムーズに動く。来てもらうのは決して悪い事ではない。むしろ助かると言っていい。
「そうか、なら済まないがこっちを手伝ってもらうぞ。さっきも言ったが戦闘行為は一切ない。多少派手に動いてどういう性能を持つかのパフォーマンスを行う程度だろう。気楽にやってくれればいい」
光の要請に「お安い御用ですわ」「いい気分転換になるからいいよー」と二つ返事で了承する分霊の二人。そこにフルーレからの通信が入る。
『光様、聞こえていますでしょうか? 我が祖国マルファーレンス帝国までの道案内を今日は努めさせていただきます。こちらは何時でも行けますので、光様のタイミングで出る事になります。よろしいでしょうか』
フルーレの通信に、光は「こちらも準備は整った。案内を頼みます」と返答を帰した後、如月司令に向けて出撃する事を伝える。
「あちらの準備も出来たようだ。今回はカタパルトは必要ない、ハッチだけ開けてくれ」『了解しました、ハッチオープン。行ってらっしゃいませ』「ありがとう、では神威・参特式……マルファーレンス帝国に向けて出る」
開いたハッチからゆっくりと重力コントロールシステムを稼働して浮上。ゆっくりと機体を空に浮かび上がらせながら外に出る。その視線の先には、フルーレが待っていた。
『それでは、これから案内をいたします。まずはある程度転移で距離を稼がせていただきます。そこから先は空を飛びながら入国、来てくださったことを国民の皆に大々的に見せるようにする予定ですが何か問題がありますでしょうか?』
フルーレの言葉に、光は「特に異論はない。その方向でやって欲しい」と伝える。フルーレは一礼した後に神威・参特式が入れるだけの穴を空に開け、先にその中へと身を躍らせる。それに続く光が動かす神威・参特式。その穴を通過するのは一瞬で、くぐった先には遠くに見たことの無い大地と、かつての歴史の書物や画像で見た古い時代のヨーロッパの国々が建てていたものに近い建造物が並んでいた。
『このままややゆっくり目に直進して頂きます。国民の皆へその雄姿を見せてあげて下さい。では参りますね』
先導するフルーレの速度に合わせ、光も神威・参特式を同じ速度で進ませる。直線移動なのでオートパイロットで事足りる行為である。なおフルーレが先導していると書いたが、彼女はやや前傾姿勢を保った形で移動している。よって彼女の下着などは見えない……不埒な考えを持った者がいるかも知れないので、ここで念を押させてもらう。
やがてマルファーレンス帝国の空を飛ぶ神威・参特式は、大勢の人の目に留まり始めた。その大きさに驚く者、興奮する者。先に公開された映像が虚偽ではなかったのだと理解する者。その大きさから、試練に立ち向かうだけの力を備えているのではと期待する者。もちろん、所詮ゴーレムだろうと期待しない者。何も変わりはしないと諦め半分な者。反応はまちまちだが、この神威という存在が夢物語な存在ではないと言う事だけは十分にアピールできたと言ってもいいだろう。
『城の前に大きな広場があります。そこに着陸して頂く予定となっております。もう少し先です』「了解、このままの速度を維持して次の指示を待つ」
フルーレからの通信に返答しながら、光も神威・参特式のカメラ越しではあるがマルファーレンス帝国の人々の様子をうかがっていた。どうもこの国の人々は一般の人であってもレザーメイルのような物を着用しているらしい。人によっては何らかの金属でできた鎧のような物を身に纏っている。こちらで言う洋服の類は一切なく、たとえ幼い子であっても、頭髪やひげが白く染まった老人であっても皆鎧のような物を身に纏っている。
(いつ何時でも戦場に出れるような格好だな。だがそれがこの国における普段着なのかもしれない。多少の違いこそあれ、皆が皆ここまで鎧を身に纏っていればそう考えるべきなのだろう。これもまた文化だな)
戦士の国。その言葉はそのままマルファーレンスの在り方を示す簡潔にして適切な言葉だった。この国の人々は普段着も鎧なのであるのだから。もちろん普段から重装と呼ぶ重たい物を身に纏っている訳ではない。だが最低限でもハードレザーアーマーに急所の保護を目的とした強化が施された物を着用する。その鎧の下にさらに服を着ているが、この服はあくまで衝撃を吸収するために着用する物であっておしゃれなどではない。
そんな鎧を着た人々に見られながら、目的の場所である王城手前の広場へと神威・参特式は着陸する。当然ながら地に立った巨人を近くで見ようと集まってくる人々。だが、すでに警備の騎士達がスタンバイしていたので、一定距離以上は近寄ってこれなかったのだが。そして、光をこの地に招いた人物が王城からその姿を現した。ガリウスである。そのガリウスは出てくるなり大声を出した始めた。
「皆、まずはそのままでいいから聞け! 今日は新しい年の幕開けという大事な日だ。だが、お前らはなんだ! せっかくの大事な日にどいつもこいつもしみったれた顔しやがって! 出店もろくに出ねえ、騒ぎもしねえ、挙句の果てにはもう諦めている奴らまで居やがる! そんな士気の低さで試練に挑むつもりかお前らは? そんなお前らにな、無理を押して日本皇国のトップが一肌脱いでくださったんだ! よく見ろ、これが試練に挑む新しい勇士の姿だ!!」
沙耶やフェルミナがこの場に居たら間違いなくガリウスをグーで殴ってる、そんな破天荒な挨拶からマルファーレンスでの神威お披露目は始まった。




