皇歴1年 1月1日
ここから第二部、異世界編です。厳密には新しい故郷編ですが。
ですので視点は再び光達に戻ります。
蒼い光が収まる。そして時計を見て日本中の人が「明けましておめでとうございます」や「ハッピィニューイヤー!」などの声を交わしている。そんなやり取りから数分後、皇居内に居るフルーレが立ち上がり、最初の挨拶を行う。
「皆様、新年あけましておめでとうございます。そしてようこそ私達の故郷へ。これからは皆さまにとっても故郷となる世界です、大雑把にですが説明させていただきます」
フルーレが軽く手を振ると、一枚の地図が表示される。その地図をフルーレは一本の棒で指し示し始めた。
「このように、ある程度の小さな島はいくつかありますが私達の世界の主流となっている土地はこの三日月型の大地です。この大地に私達の国があります。そして、この三日月の先端の間に、新しく日本皇国が登場した事になります。ここを選んだ理由ですが、今までの日本と気候環境が限りなく一致している場所であるからです。ですので、四季の移り変わりは変わりませんし、温泉などの施設は今まで通り問題なく使えます」
日本国民は騒めきも起こしてはいたが、基本的にフルーレの説明に耳を傾けている。新しい世界での第一歩なのだから、聞かないという事自体があり得ない訳だが。
「暦の方ですが、私達の暦は皆さんが今まで使っていた物より単純です。1年が12か月と言う所は変わりませんが、ひと月が全て30日です。月ごとに28日しか無かったり、逆に31日あると言った違いはありません。それと、今まで私達は3国歴という物を用いてきました。しかし、今回新しく日本皇国の皆様を迎える事が出来ましたことを記念し、新しい物に変更いたします。今後は皇国歴、皇歴という呼び方を使います。ですから今は皇歴1年の1月1日という事になります」
このフルーレの発表にまた日本国民は騒めいた。まさか暦の読み方を我々の到着と共に変更するとは思わなかったという感想から来るものだ。それだけこの世界から歓迎されているという事と、その歓迎に応えられるだけの仕事をしなければならないという思いが交錯する。
「細かい話は今後徐々にお話していく事になりますが……大事な事は転移が無事成功し、皆様は地球とは全く違う所に今立っていらっしゃるという事です。混乱もあるでしょうが、皆様がこちらの世界に早く適応できるよう、私達もサポートをさせていただきます。これからよろしくお願いいたします」
そう話を締めくくり、フルーレは再び席に着く。次に立ち上がったのは光。
「えー、フルーレ様からのお話にありましたように、我々は地球から脱し、新しい時代の第一歩を今まさに踏み出そうとしております。むろん困難は多々ありましょう。しかし、今までの我々が理不尽に苦しめられ、奪われてきた歴史とは違って、共に生きる為、栄えるための乗り越える価値のある困難です。その困難に対する先陣は私が必ず切る事をお約束いたします。ですから、国民の皆様も困難に立ち向かって頂きたい。共に苦難を乗り越えて頂きたい。そして、共に笑おうではありませんか。今まで笑えなかった分、喜べなかった分を取り戻しましょう!」
長々と話を続けてもダレるだけなので、今言いたい事だけを簡潔にまとめて光は話を終えた。最後に立たれたのは天皇陛下である。
「国民の皆様、長く苦しい搾取の時代は遂に終わりを迎えました。今日、この瞬間から私達は人としての尊厳、人としてのあるべき理想を求めることが出来るようになりました。まさに、私達は生まれ変わったと言ってよいでしょう。こちらの世界にある魔力によって、若返る力も我々は手にいたしました。今私達は多くの祖先が理不尽や屈辱に耐え忍んで子孫に託してきた希望のある未来を遂に掴み取れたのです」
今までの苦労、屈辱、無念さを思い出して涙ぐむ人も数多くいた。友を、親を、子を理不尽に奪われた人も涙を流した。そういった先に逝ってしまった人々から託された想いを今日ここでついに実現できたから。
「ですが、肝心なのはこれからでございます。ここで慢心でもしてしまっては、いつかまた我々が耐え忍んできた屈辱を、無念を、悲しみを遠い子孫に与えてしまう事になりかねません。我々はこの日を迎えるまで耐え忍んでくれた祖先に感謝するとともに、遠き子孫にも明るい未来を受け継がせるべく努力と困難に立ち向かう勇気を忘れてはいけません。この国に住まう一人一人が、より良い未来を掴み、より良い未来を子孫に託せるようにするべく、これからも私達は日々の努力を怠らぬようにいたしましょう。そして、このような機会を得た時は皆で楽しみましょう」
そうお話を締めくくられた陛下。そうして特別放送が終わり、光は少しだけ肩の力を抜く事が出来た。このあと少しでも睡眠をとって体を休めた後にやるべき仕事はいくつもある。それでもこの僅かな瞬間だけは、今までの苦労が忍耐が報われたのだという達成感に浸っていたかった。ほんの数分だけでいいからと。
「総理、よくやってくれた。民が知る事も知らぬこともすべて含めて、激務続きであっただろう。そして、これからもその両肩に乗る仕事は減るどころか増える一方となるだろう。だが、総理が居なければきっとこんな未来を掴むことは出来なかった。心より感謝する」
とのお言葉と共に、陛下は光に向けて頭を下げられた。その陛下のお言葉に光の返答は──
「陛下、もったいなきお言葉。私は日本皇国の総理大臣です。陛下に任命を受け、国の為に働く人間です。そして私は国の為に最善を尽くした、それだけでございます。そして今後も、日本皇国の為、新しく隣人となったこの世界の為に日々恥ずかしくない様に研鑽を重ね、働き続けます。日本国民の皆様方が、笑って過ごせるように。やり甲斐を感じて働けるように。明日を絶望ではなく希望を抱いて迎えられるように。それが、私が今総理大臣として生きている存在意義でございます故」
ここに来るまでに幾人にも犠牲を強いた。無茶をした。そして、地球に迫る隕石を止めるべくノワールと鉄も失った。そういった犠牲となって散った人々が心安らかに眠るには、犠牲になっただけの価値があったことを証明しなければならない。それすなわち、後に生きる人々が幸せに生きる事。そういう光景を遠くから見てもらって、あなた方の尊き命がこの未来を生み出したのだと感じてもらう他ないのだ。
「ですが、ご無理はなさらないでくださいね。私達も少しでも光様の仕事が楽になる様に協力いたしますから。ですが、出来るだけ早めに決めていただきたい事が1件ありまして……新年早々申し訳ないのですが、そちらの方だけでも見ていただけると助かります。もちろん、睡眠をとっていただいてからで構いませんので」
申し訳なさそうに告げるフルーレ。だがそう彼女が言わなければならない重要な案件なのだろう。
「分かりました、ですがそれは皇居を退出した後すぐに取り掛かりましょう。貴方がそういう言い方をする話です、方向性だけでも素早く極めた方がよいでしょうから」
ある程度の疲労は魔法でどうとでもできる。過去にやりすぎて窘められたからはほどほどにしているが。だが今はそう疲労を感じていないので、とりあえず内容を確認した後にどうするかぐらいは考えられる。そこにかかる陛下からのお言葉。
「いや、ここでやってくれて構わないぞ。フルーレ殿がそう言うのだ、確認は早い方が良い」
との陛下のお許しが出たので、フルーレから渡された物を光が確認する。そこには『鉄巨人の各国お披露目要請』と言うタイトルがついており、ようやくすると一刻も早く各国に神威弐式と、各国のパイロット用に調整した神威のアッパーバージョンを3国の国民に一刻も早く現物を見せてやって欲しいとの内容であった。
「ふーむ、この内容から察するにかなり各国の首脳陣は神威の現物を見せてほしいとせっつかれている様だな」
一通り確認した光の口から出てきた言葉である。
「はい、以前にもこの話が出ておりましたが……日本皇国の力を一刻も早く自分の目で直接見たいという意見は増える一方だったようです。それだけ私達が試練に苦しみ、対抗策を切望してきたという事なのですが……当初、私達は日本の皆様がもう少し落ち着いてからこの話を進めようと考えておりました。しかし、国民の皆様は抑えが効かなくなりつつありまして……」
その気持ちは光も理解できる。日本側だって地球で長きに渡って苦しめられ、どうやればこの苦境から脱せるのかという思いをずっと抱き続けてきたのである。その解決策がやってきたとなれば、おあずけするのは酷すぎるという物だろう。
「大臣達には済まないが、正月早々呼び出す必要があるか……この件は出来るだけ急ごう。本当に鉄の巨人が存在して、隕石と戦う戦士なのだという事をこの際大きくアピールする事にしよう。そうすればそちらの国民の皆様も落ち着くだろうし、希望を持つことが出来る。こちらが貰った希望を、今度はそちらに返していかなければな」
この一件だけだから、大臣達には家に居てもらって通信越しの会議でよいか。そしてできる限り早く実現させる。パイロット達にも相当働いてもらわなければならなくなりそうだな、報酬の方も追加を考えねばならんか……が、それは必要経費だろう。さて、忙しくなるぞ。
「夜も更けた。朝に備えてそろそろ寝るとしよう。これからもよろしく頼むぞ」
陛下の言葉に頷く光とフルーレ。この後は皇居で一泊させてもらい、しばしの休息を取れる。そして目が覚めれば、新しい仕事が待っている。




