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新しい歴史が刻まれ始める

 そして時がさらに流れ、ついに日本が残した最後の置き土産である障壁は完全に消滅した。その消滅を確認した直後、5ヶ国は真っ先に通信を起動。他の残った国と連絡を取り合って今後の事を考えたいという思いが一致したのである。そして500年以上ぶりに通信が他国と繋がる。


「──まずは、久しぶりとでもいうべきだろうか? こうして他国の人と話をするのは本当に国家規模で考えて久しい」「うむ……通信が繋がらないかもしれないという不安はあったが、こうして再び我々が通信越しではあるが集うことが出来た事をまずは喜ぼう」


 幸いにして通信は無事につながり、各国の首脳は通信越しではあるものの500年以上接触がなかった他国の人との再会を祝う。


「500年以上に渡って障壁による防御があった時代は終わってしまった。今後は我々が自力で国を護り、栄えていかねばならない。幸い日本と言う国が過去に残してくれた技術のおかげで飢える事がなかったのが幸いだったが……」「だがさすがにガタが来ている。今後は我々が作り、運営し、維持していかなければならぬ。国民からもかなり不安の声が上がっている、それは恐らくどこも同じだと思うが」


 言葉を交わすたびに、どこも同じような事で頭を悩ませている事が分かってくる。今まで当たり前だった防御が無くなった事で、どの国の国民も動揺している。ここに変な予測と予想からくる流言でも飛べば、たちまちパニックに発展してもおかしくはなかった。


「どこか他の国が攻めてくるんじゃないか、と言う意見はひっきりなしだ。私個人の意見を言えば、戦争なんてやってしまったら勝とうが負けようが結局は亡ぶことになりかねないと思うのだが」「その通りだな、我々は協力し合うべきだ。同じ歴史を共有する友として」「周囲がどうなったのかを軍に調べさせる必要はあるでしょうが、戦闘すればたちまち物資が枯渇するでしょう」


 これは国家の数字を理解できている首脳陣だからこそ言える事だった。食料の備蓄などは余裕があるが、戦闘が始まれば様々な物資があっという間に飛んでいく。今の状況でそんな物資の無駄遣いをできるような国はない。


「むしろ気にしなくてはいけないのは我々ではなく、他の国でしょう。今どういう状況になっているのかを詳しく知らねばなりません」「軍の仕事はしばらくそれになるだろうな。500年の年月が今の地球をどう変えたのか。人間がどうなっているのかを我々はあまりにも知らなすぎる」「周囲の景色が変わってしまっていますからね。少なくとも我が国周辺にあった諸国は完全に滅んでしまったようです」「それはこちらも同じだ、500年前に残された景色から大きく変わっている……周囲に人の気配はなかった」


 500年の年月は、彼らの外の世界を大きく変えていた。だからこそ、彼らは調査を行って周囲の状況を知らなければ何もできない。


「あとは病気に対する対策も必要だろう。外から伝染病がやってきて大流行りでもしたらそれだけで国家存亡の危機だ。今までは障壁が守ってくれていたが、これからは私達で対処していかなければならない」「やる事が山積みですな……やはり我々は手を取り合って協力していかねば、死に絶えてしまう可能性が高いでしょう」「そのためにも、この通信で我々は協力して生きていく事を国民に広く知らしめるために共同で発表したい。国民も外に居る人々が向けてくるのが銃口ではなく握手する手だと知れば落ち着くはずだ」


 この意見に反論など出ようはずもない。あっという間に国民に向けた各首脳のメッセージが作成され、我々は孤独ではない。共に手を取りあえる友がいる、の一言で締めくくられた。


「これで国民に向けてアピールが出来る。少なくともいきなり戦争になるような事は無いと分かってもらえればよいのだが」「いつの世も流言を飛ばす人と言うのはどうしてもいますからね。かといってそういう人を処刑すれば、政府が都合の悪い事を知っている人物を処刑したなんて言われてしまいますから」「勝手な妄想をさも事実のように語るからな。そういう人物は自分の口にした言葉に対する責任を理解していないのがなんともな」


 どうやらそういう人物は何時の時代にも一定数、どこにでもいるようだ。そして今、障壁と言う名の守護が消えたことであれこれ嘘八百をさも事実のように口にする人の数は増える一方だったりするのだ。政府としては頭の痛い話である。


「神に祈ってもう一度障壁をなんてのはしょっちゅうだ。神じゃなくて500年ほど前に存在した日本が設置して行ってくれたものと、教えていてもそれを認めず神のお力などと言う」「縋りたい気持ちは分かるんですがね、現実から目を背けて勝手な思い込みを大声で叫ばれるのは厄介極まりない話ですよ」「彼らはそれが真実であると心から思っているからな。設置してくれた日本が聞いたら何と言うか……」


 通信越しに5つのため息がほぼ同時に漏れる。学校教育で過去の歴史と障壁は日本が設置していったものなのだと各国は教えていたのだが、なまじ障壁の性能があまりにも高性能すぎた。そのため日本と言う国が作ったのではなく、日本が神に願って発生させたものだという意見が消える事は無かった。事実、この障壁作成に日本はあまり関わっておらず、異世界側の技術で作られていたのだから地球人の手によって作られた物ではないという意見は間違いではない。もちろん、神が生み出した物でもないが。


「まあ、ぼやいていても始まりません。こうして連絡を取り合える仲間はいるのです。連絡をしばらくは密に取り合い、周囲の状況を探索して──いつか通信越しではなく直接我々が出会える日を迎えるようにする。まずはそれを目指しましょう」「列車などを引くにしても、地形がどうなっているかを知らなければ作りようがないからな」


 と言った感じで、やるべき事も決まってゆく。通信が生きている事が救いであったと言っていいだろう。こういったやり取りがなく、突如他国の軍隊と鉢合わせをしたらちょっとしたいざこざから戦いが始まってもおかしくはない。そういった危険性は今回のやり取りで回避されたのである。


「なんにせよ、こうして通信が通じてよかった。お互い国民に発表すべき事も多々あるだろうし、今日はこのあたりで解散か?」「うむ、そうだな。先ほど作った物を流し、我々5か国はこれから先協力して生きるのだと伝えねば」「少しは流言の類が収まればよいのですが」「ではまた会おう、お互い生き延びて再会するために」


 500年ぶりの通信越しの再会は荒れるような事は無く、少々愚痴交じりであったが基本的には穏やかに終わった。この通信が終わった後、時差の関係で多少発表するタイミングこそずれたが他の国と通信が成功した事、そして協力体制を取っていく事が各国の国民に発表された。これにより、過激な反応はある程度鳴りを潜める事になった。


 それと同時に、軍隊が国周辺の状況探索を行う事も正式に発表された。その後軍隊は装備を整え(戦闘用の火器系統装備は最低限で、伝染病を持ち帰ったりしないようにするための装備が主だったが)、周囲に足を延ばした。そしてその結果、多くの国が完全に滅んでおり、外の世界に人間はほとんどいなくなっていた事が広く知られるようになる。


 とりあえず今すぐ戦争云々にはなりそうにない事が広まるにつれ、流言の類はゆっくりと鎮静化していった。しかし、他の問題が発生していたことにこの時点で気が付いた人は居なかった──外の世界に軍隊が出ていき、周囲を調べるという事は……外で生きていた人達に『楽園』からやってきた人が存在する事を教える事にもなってしまったのだ。


 自分達とは明らかに違う服装に加え、高速で移動できる存在(車など)に乗っているその姿は、科学を忘れた人々からは神のごとき存在に映った。そして、楽園が存在するなら、我々もそこに行きたいと考える人は当然いるわけで──



「おい皆、集まってくれ!」「なんだ騒々しい、熊でも出たのか?」


 名もなき小さな村に住んでいたある一家が突然騒がしくなった。興奮冷めやらぬ様子でとにかく家族を集めろを連呼する男。その男をなだめながらも家族を集める様に伴侶に頼んだ男性の父親。家族が集まったところで、男性はこう切り出した。


「楽園、あったんだよ! ただのおとぎ話じゃなかった! 変な物に乗ったすごい服を身に纏っている人を俺は見たんだ! あんな服、あんな変な物、あれはまさに語られてきた楽園にしかないものだって!」


 ──車という物を知らない彼は、目にしてきた人や物をそんな風に表現した。彼以外の家族が幻でも見たんじゃないか? などと言ってなだめようとするが、彼は全く聞き入れないどころか嘘だと思うならついてくればいいとまで言う始末。なので仕方なく、彼ら家族のうち父親と彼本人、そして妹が真偽を確かめるべく翌日彼が見たという場所に向かう事になった。そして翌日。


「ほ、本当だ……」「なんだかよくわかんないけど、少なくても私達とは違う。あんなすごい服着たことないし、なんで動物が引いている訳でもない物があんなに動くの?」「な、な? 嘘じゃなかった? きっと彼らは楽園からの使いなんだよ! 苦しんでる俺達を救うために来てくれたんだって!」


 物陰に隠れてそんな会話をする彼らだが……もちろんそんな訳はない。彼らはただ国の周辺の様子を確かめに来ているだけである。足を延ばしてこの地域にも来るようになっただけであり、この近辺に人が住む小さな村があるという事すら知らなかった。まあ知らないからこその調査なわけだが。しかし、盛り上がってしまった彼らはそんな事など考えもしない。


「村の人にも知らせようぜ! で、みんなで楽園に行って毎日楽しく過ごすんだ!」「そうだな、これで毎日切り詰めたぎりぎりの生活ともお別れだ!」「いろんな服があるんだろうな、楽しみ!」


 ──彼らにとって、それは不幸の始まりだっただろう。楽園が本当に存在する、と言う考えを抱かせる存在を見てしまった事が。あくまで調査に来ている彼らが、自分達の意思だけで勝手に自国まで彼らを連れていくことは出来ない。万が一連れて帰っても、伝染病の元などを持っていないかどうかを始めとした懸念材料が彼らの入国を許さない。


 さらにいうなれば、彼らが楽園と呼ぶ残った5か国に万が一入れたとしても仕事ができない事が致命的となる。彼らは楽園は何もせずとも快適に過ごせる世界だと勘違いしている事もあるが、何より一定レベルの学力がない。そんな人物を中に入れて特別扱いしたらどうなるか? 働いて税金を納める国民から政府が非難されるだけである。非難で済めばまだいい、暴動や流血沙汰になる可能性も十分に高いだろう。


 なので、例え障壁が消えても、受け入れ体制が整っていない以前にそう言った事を考えすらしていない5カ国の中に入る事は絶対にできないのである。そんな事実を彼らは知らない。楽園は幸せで苦痛のない場所だと伝説で信じ切ってしまっている彼らに、理由を述べて断ったとしても話を聞かないだろう。


 それどころかそんな意地悪をするなと怒るかも知れない。そこから小競り合いに発展し、血を流す事になる展開はもはや確定的とすら言っても良いかもしれない。


 だが容赦なく時間は流れ、人は動く。不幸な出会いまであと24時間……新しい歴史を刻みだした地球であったが、その前途は多難の様である。

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