日本が消えた後の地球~時間は流れて
森の中にいくつかのログハウス。村とぎりぎり言っていいレベルの集落があった。もっともこれは人口が大幅に減った後の地球では珍しい事ではなく、僅かに命を繋いだ人々の子孫たちは世界各地でこのような小さな集落を何とか維持しながら生きていた。
そのログハウスの一つで、こんな話し合いが行われていた。
「どうしても、行くのか?」「ああ、今年は農作物がやや不作気味だっただろ? それに周辺に日帰りで行ける範囲の狩りも獲物が少なくなったのか成果が上がっていない。このままでは皆が飢える」
このログハウスの中に居る人間は6人。両親に兄弟4人という家族構成の様である。
「弟たちもでかくなった。狩りもうまくなったし、農作業だって十分やれるようになった。だから、数年前の狩りの最中に猪相手にドジを踏んで足をやられてから動きが鈍くなった俺はもういらない。備蓄状況を鑑みて、一人減らせば今年の冬も乗り切れるだけの食料はある事だしさ」
この発言を行っている一人の男性──長男の言葉を聞いて、弟3人はすでに目に涙を浮かべていた。長男の言っている事は事実であり、一人口を減らせばある程度余裕をもって冬を越せる。そしてもし長男が残ればやや足りない、そんな食糧備蓄状況であったからだ。
「早まるな、少し他の所から融通してもらえば──」
そんな長男を止めようとする父親。しかし父親の言葉に長男は首を振る。
「父さん、それは無理だ。ガイさんの所は子供が生まれたばっかりだ。奥さんにはしっかり食べてもらわないと。ルイさんとこも駄目、まだ10歳にもならない子供が4人いる。テリーさんの所は論外だよ、うちら以上に収穫がなかったんだから。他も今年は似たり寄ったり、助け合いは大切だけど、今年はどうやっても無理だ。せめてもう少し獲物が居てくれればまた違ったんだけど」
この長男の言葉に、父親は反論できなかった。今年この村における実情だったからだ。口にした父親もどこからか多少の食料を融通してもらうのは無理だと分かっていた。むしろ不作過ぎた家に融通しなければならない状況だ。それでも我が子を護りたい、その一心だった。その一心が先の言葉を発させたのだ。
「行くにしても当て、もしくは目的地があるの? ただあてもなく歩き続けるだけなの?」
今度は母親問いかけ。その言葉に長男はこう返答する。
「目指してみようと思うんだ、物語にある5つの楽園のうちの一つを。それを探し出すのが目的になるかな……」
これはこの状況下になった人類にとって何も珍しい事ではない。苦しい日々に嫌気がさし、もしくは今回のような食糧不足が原因で物語に出てくる5つの楽園を目指して旅立つ人は何人もいた。ただその大半が旅の途中で土に戻った。そしてごく一部が何十年もかけてついにたどり着いたが、大半の物を遮断する結界の前に入ることが出来ず、失意のうちに周辺で永い眠りにつくという結末を迎えていたが。もちろんこのような結末は村で過ごす人々が知る事などできる筈がない。
「やはりそれを目指すのか。分かった、行くといい。お前の旅が成就する事を祈っている」「あなた! あなたはそれでいいの!?」「ここまで息子が覚悟を決めているのだ! それに、息子の言った事は全てごまかしようがない事実だ……今年の不作が恨めしいよ……」「あなた……」
いつの間にか、家の中で泣いていない人間は長男だけになっていた。誰もが分かっているのだ、旅に出て帰ってきた人は1人もいない。特に今回の旅立ちは口減らしの意味も持つのだから、戻ってきてはいけない──今生の別れになるのだと。
「旅立ちは3日後の予定になってる。俺を含めて8人が一緒に旅に出ることになってるんだ。独りじゃ無謀だけど、8人のチームならばなんとかなる可能性が高まるからさ。お互い家の状況を見て、一緒に旅に出ようって話が自然と出てね。男女比率も半々だから、そっちの意味でも良かったかな」
その長男の言葉を聞いて、内心両親は少しほっとした。単独行動は危険だが、8人でチームを組み共に行動すれば生存率は高まる。それに夫婦が4組出来上がり、住みやすい場所を見つけることが出来ればあてもなく旅を続ける事もなくそこで生きていくと言う可能性がまだ残される。
「だから、楽園の意味が途中で変わる可能性もある。案外旅はすぐ終わるかもしれない。だから、3日後は笑って送って欲しい」
泣きながらも、彼の家族は皆頷く。そして準備を整え3日後。共に歩く7人と共に彼は村の出口に立っていた。
「じゃ、行ってきます。お前たち、父さんと母さんと共にしっかりとやれよな。あと、恋は奥手すぎるといつまでも伴侶は見つからないぞと言っておくからな?」
長男の言葉に、狼狽する弟2人。一番下の弟だけはにやにやと笑っていたりする。そんな最後のやり取りを、他の7人も行っていた。だが、いつまでもやり続けるわけにはいかない──
「ジョニー! 時間よ! さあ行きましょう、新しい楽園を探しに!」
長男……ジョニーは仲間の言葉に頷き、家族の元を離れる。そして最後に一言「行ってきます!」と元気よく告げた後は一切振り返らずに村を後にする。他の7人も同じ様に最後の別れを告げ、村を後にした。ジョニー達一行が村を出て、姿が見えなくなるまで見送った彼らの家族は、各々の家に戻った後に号泣した──。
このような形で村を出た人々の中には旅の中で耕作地に向いている場所を見つけ、僅かに託された種をまき、子孫を残し、村を作ることに成功した者もいた。もちろん土地を見つける事が叶わず、旅の途中で病などで力尽きる者達もいた。それの繰り返しで人の版図は広がったり縮んだりを繰り返した。
そんな歴史が地球で続く中、障壁によって伝染病などの難を逃れ秩序を維持していた5つの国──彼らは栄華を維持していた。食料不足などもなく、多少の事件はあれど基本的には平穏であった。しかし首脳部は新しい悩みを抱えていた。その悩みがこの日、ついに議会にこの話が上がる。
「いよいよ、あと10年前後で障壁が解ける」
5つの国の一つのトップが、この事を議題に出した途端に大騒ぎとなった。騒めく議会。彼らは障壁によって周囲から守られている事が当たり前として考えている。無理もない、生まれた時から既に存在し、周囲からやってくる問題を弾いてくれる防壁に絶大な信頼を寄せて平穏に過ごす事が日常だったのだから。
「大統領、障壁のエネルギーを充填することは出来ないのですか!?」
そんな質問が飛び出すのも当然だろう。そして──
「出来ない。30年に渡って障壁のシステムなどを科学者たちに調べさせてきたが、理解できないエネルギーが使われていたのだ。我が国が誇る技術者、研究者たちが皆揃って匙を投げた。だから今日、こうして知らせる事も目的の一つとして議題として提出したのだ。今後どうするのかを……我々はこの現実から逃げることは出来ない」
再充填できるのであればこんなことを言い出さない、とばかりの返答をするトップ。他の4つの国でも同じようなやり取りが行われているのだが、通信なども出来なくなっている彼らがそれを知る由もない。
「大変なことになりましたな」「我らの国に侵攻してくる者がいないとも限りませんぞ」「障壁が展開される前の記録は残っておりますが、悲惨の一言ですからな……障壁が消えたとなれば、こちらの富を狙う者が大勢押し寄せるのは想像に難くないかと」
あちらこちらでやり取りが行われる。約500年前に記録された媒体から、彼らは外に残った人間は非常に危険で、まるで山賊のような様々な物を奪いに来る野蛮なイメージを持つに至っていた。日本の鎖国は黒船によって破られた訳だが、彼らの鎖国は障壁の展開可能時間が限界に達する事で破られる。今まで守られる事が当たり前だった彼らはその事実に恐怖した。だからこそなのか──
「軍隊の復活を! 作れるだけの兵装を! 侵略者に対して国を護るための盾と矛を!」
過激な反応をする。そんなものを今の地球で作っても、それを向ける必要のあるほどの厄介な相手は──同じレベルで国を保ってきた他の4つの国ぐらいしかないと言うのに。だが体験したことない恐怖にとらわれている彼らはそんな事に気が付く事は無い。
そうして残された10年前後……その時間は5つの国にとって軍隊の復活に費やされた時間だったと言える。障壁が消えた後、世界は再び戦火と言う名の紅色に染まるのか? それはまだ、誰にも分からない事であった。
「──予想は出来ていたが、過剰なほどの反応をやはり見せたか。やはり障壁が消えたら残りの国と通信を開き、内情を話し合った方が良いな。通信が通じてくれれば良いのだが」
各国のトップは、同じことを思っていた。戦争をやる理由などない、奪わなくても十分に過ごしてこれた。それをこれからも維持する事が出来ればよいのだから。むしろここで変に戦争でもやれば損しかない。日に日に障壁に関する報告が上がり、薄くなっていく障壁を見ながら、この先どうするかの考えを巡らせていた。
次回で終わる、カナ?
そして話は異世界に行った日本へと戻る……予定。




