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日本が消えた後の地球

前に行っていた通り、数回地球の話を行います。

 日本が地球上から消えて1か月が経過した。しかし、このたった1か月でごく一部を除いた多くの国は悪い方向へと情勢が変わっていた。まるで急な坂を転がり落ちるボールのような勢いで。まず、衣・食・住の三大要素が悪化の一途をたどっていた。何せ作る人も加工する人も維持する人もすべて日本人だったのだ……その日本人が消えれば当然の事とも言える。


 住はともかく、衣と食の状況悪化が特にひどい。着替えなど、特に下着は毎日かせめて一日おきに変えなければ不潔になるし、嫌な臭いで周囲に不快感をまき散らす事になる。食は言うまでもなく、毎日口に運ばねばならぬ行為だ。


 食料を持たせるために一日おきにするにしても、水分だけはそういう訳にはいかない。何より、食料は缶詰などの特殊な加工を行っていなければすぐに腐ってしまう。


 世界の人々が清潔な衣類、安全な食糧、奇麗な住処を求めて歩き回り、争いだすようになった。当然治安は急激に悪化して歯止めが止まらない。このままではまずいと各国は判断したが、国民の不満を解決させる手段など限られていた。


 略奪するのなら、せめて他の国から奪ってくれ──真の第三次世界大戦は、物資の奪い合いが世界全体に広まった物となったのである。そして、国家という物が徐々に崩壊するスタートの合図ともなった。


 ほとんどの国境線では毎日銃声が響き渡った。悲鳴が聞こえた。罵声が飛んだ。死体は増え続け、人口は減り続ける。死体はその場に放置され、生き残った人々は自分が明日を生きるためその死体を踏み越える。使えそうなものは全てはぎ取られ、無残な姿を晒しても埋葬する人も手を合わせる人もいない。


 ホラー映画なら、この死体がゾンビとなって起き上がりそうではあるがそうはならなかった。だが、他の危険な要素がその死体の山からじわじわと動き始めていたことに、この時の人々は全く気が付かなかった。


 やがて数か月の時がたつと国境線から銃声が全く聞こえなくなった。争いをやめたからではない……撃つ弾が無くなっただけだ。いくら銃器の生産方法を知っていても、設備があっても、素材がなければどうしようもない。銃は先に刃物を付けた槍として使う物と化し、より血みどろな戦いが繰り広げられた。遠距離手段はわずかに残ったクロスボウやたまたま興味があって知識を持った人が作った粗末な弓ぐらいの物となっていく。


 この光景を西暦2000年代の人間が見れば実に愚かに見えるのだろう。事実農業を始めとした食糧生産技術という命綱を日本人に押し付け、その日本人が姿を消したら数か月でこの姿なのだから愚かとしか言いようがない。それでも時間は過ぎ、生き延びた人は明日を生き延びるために必死で動き、争いを繰り返し日に日に少なくなっていく物資を奪い合う。


 ごく一部の国以外、もう国民をコントロールすることは出来ず……この頃にはもはや国家何て物は過去の遺物だなどと言う人間も出てきていた。その一方で、この状況にあっても国家という体を維持できている国は5つあった。日本人を奴隷のように扱っていると世界に見せていたが、その実状は協力関係にあった国々である。


 この5つの国に限っては食料生産プラントを始めとしたライフラインが失われるような事は無く、その国の人間だけで十分に管理、運営できていた。他の国では失われた衣・食・住が健在であり、法律も機能。治安の悪化も最小限で済んでいた。何より国民が他の国の実状を知っており、国の内情を悪化させることは最終的に自分達の安全を脅かす事という事を周囲の環境によって理解させられていた事による点も大きかった。


 ──そして、そんな豊かさを維持している国が周囲から狙われない道理はない。周囲の国々に住んでいた人々はその5ヶ国の中に何としてでも入りこみ、物資を手に入れたいという考えに染まっていた。毎日5カ国の国境には無数のぼろきれを纏った人々が押し寄せ、どんな手を使っても入り込もうとして国境守備隊と軍隊相手に争いを繰り広げる日々が繰り返されていた。5カ国側も必死で防いでいたが、そのゾンビじみた人々の行為に疲労の色が隠せなくなっていった。


『もう限界だ。毎日無数に押し寄せる人、彼らが漂わせる臭い、そして戦闘! これらによってこちら側はもうボロボロだ!』


『こちらも状況は同じだよ……軍隊も回して戦ってはいるが、いくら倒しても殺しても数が減るどころかますます増えるばかりだ。まるで質の悪いホラー映画を見せられている気分だとあちこちから苦しい声が上がっている』


 そして、この5つの国は今日、この時代で生き残っている国家間でのやり取りができる通信網を用いての対話を開いていた。そして、5つの国のトップは皆同じ事を考えていた。生きている間に行われる対話はこれが最後になるのだろうと。


『我々は、日本から最後に置いて行ってもらった防御障壁の起動を昨日可決した。日本側の説明によると、空気などを除いてほとんどをシャットアウトするそうだからな。おそらくこの通信も通じなくなるのだろう』


『こちらも同じ予測を立てている。もはや使うしかないという意見でこちらの議会も一致したよ……皆とこうして話が出来るのも、今日が最後となるのだろう』


 この発言の通り、5つの国は日本が去年の11月に置いていった防御システムの起動を国会において満場一致で可決していた。もはや国境に押し寄せる数の暴力を、防ぎきれなくなりつつあった。この五ヵ国が隣接しており、協力できるのであればまた違ったのかもしれないが……


『子孫たちが長い歴史の先に、平和的に出会えることを祈っている』


『お互い、腐らぬようにせねばならないな。もはやどこも助けてはくれない。国に問題が起きても、手を差し伸べてくれるところはない。恐ろしい伝染病が流行っても、外から救援は来ない』


『むしろ、他の国ではすでにその兆候も見受けられると無人調査で判明している。今のうちに閉じなければ、こちらも伝染病でやられるぞ』


 そう、無数に積み上げられ……その後放置された無数の死体。そこからさまざまな伝染病が生まれ始めていた。薬もない、医者もいない、対処法も知らないこの状況下であれば、一度本格的に発生すればどれぐらい猛威を振るうのか……考えるだけで恐ろしい状況が、今まさに動き出す直前まで来ていた。


『これが、この地獄のような状況こそが第三次世界大戦であったと歴史に残すべきか……』


『多くの人々が死に、国家という枠が壊れ、計測できない被害が出た。世界大戦と銘打っても問題はないか……』


『こんな形で始まり、終わるなどと誰も予想できまいよ。世界の人口が多かっただけに、第一次、第二次とは比べようがないほどの被害だ。地球における人の時代の終焉かも知れんな……』


『我々は残るが、結界が解けた先の時代ではどうなっている事やら。想像もつかん』『残れるだけましよ。日本が置いて行ってくれた最後の土産がなければその選択肢すらなかったのだから』


 しばしの沈黙。そのあと、5カ国のトップが発した言葉は……『皆の明日に幸運を』と言うニュアンスの言葉であった。その言葉を最後に通信が終わり、日本が残した防御設備を起動させるスイッチが遂に押された。5つの国の国境沿いに立ち上る光の壁、中に居る人々に安堵と、外に居た人々に絶望を与えるその光が、残された国家としての体を持つ5つの国の数百年に渡る鎖国宣言となった。


 光の壁が現れた直後は多くの人がその壁を破ろうと武器を叩きつけ、石を投げ、体当たりを敢行した。しかし全てが等しく拒絶され、どうしようもないのだという事が理解されるにつれ崩れ落ちる人々。泣き、絶叫し、なぜお前たちだけがこんな恩恵を受けれるのだと憤りをぶつけ、何故神は我々助けてくれないのだと不満をぶつけた。一年程前までの自分達の行為を全て棚に上げて……


 さらに絶望と戦いの中に生きる人々を容赦なく伝染病と言う名の死が終焉のカマを振り下ろす。ペスト、コレラ、マラリア……さらに天然痘やはしかといったものまでさまざまな病気が蔓延した。医者が居れば、適切な処置が行えれば、薬があれば死なずに済んだ大勢の人々がすさまじい勢いで感染し、重症化して起き上がれなくなり、そして飢えと病で死ぬ。


 どんな映画よりも、どんな小説よりも惨たらしく多くの命が消えた。人口はすさまじい勢いで減り、偶然抗体を体内で作り出せた人か、運良くかからずに済んだ人などの幸運な人々しか生き残れなかった。


 さらに時間が流れ──もはや人の数そのものが減りすぎて、残された物資を分け合っても十分に飢えを満たすことが出来、奇跡的に残っていた書物から過去のやり方をもう一度学び直し、畑などを作って農作物を得ることが出来るようになって、一定レベルの共同生活を行えるように人々がなった時、地球上に残った人口は5億を割った。


 むろんこの5億のうち、大半が結界内の国家に居る人々だ。科学技術という物は結界を張った5つの国にしか存在しない存在となり、徐々に外の人々からは忘れ去られていった。それでも人は絶滅する事は無く、以前の隆盛から比べれば細々とではあるがそれでも地球で生きていた。


 その生き延びた人々の経験や行動を伝えた言葉が時間を経ておかしい方向に曲がり始め、一つの物語を生んだ。世界には5つの楽園が存在する。その楽園に住む人々は我々の想像がつかない素晴らしい生き方をしている。その楽園は光の膜につつまれており、決められた人しか入ることが出来ない。そしてそこにいければ、死ぬまで苦しむこともなく、楽しい日々を送れるという物である。


 日々の農作業に疲れた人が生み出したのだろうか? あてのない狩りで成果が出せず、空腹をごまかすための夢を見るために猟師が生み出したのだろうか? 事の始まりは分からなくなっていた。ただ、人から人へ、親から子へ、そしてその子から孫へとこの物語は伝え続けられた。


 そして──物語が真実か否かを確かめるべく、生まれた土地を離れて旅をする者も生まれた。車も何もないから、当然移動方法は徒歩か調教に成功した動物に乗るかである。そんな歴史が逆行した地球で、再び旅に出る若者がまた一人……。

ライフラインを他の国に預けてると、こうなるよって言う感じでしょうか。

あともうちょっとだけ、地球の様子を書かせていただきます。

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