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12月31日 その3 さらば地球、二度と戻らぬ故郷よ

「いや、素晴らしい店だった。まさか慌ただしいこの年末にあれだけ落ち着いて年越し蕎麦を食えるとは」「気にいって頂けたようで何よりです」


 運転手がいい蕎麦屋を知っており、その店で光は運転手と共に年越し蕎麦を食することが出来た。尤も店側は突然総理大臣がひょっこりとやってきたのでかなり驚いていたが……あくまで蕎麦を食べに来ただけという事で、いつも通りのメニューを出し、注文を受けて蕎麦を出した。


「あの店の店主は昔からの友人でしてね。年越し蕎麦は毎年あそこで食べてるんですよ。そして総理、一つお願いがあります。あそこの店の名前を出さないでください。あまりにも多くのお客が詰めかけると、あそこの良さが無くなってしまいかねませんので」


 運転手が言う様に、今日行った蕎麦屋はひっそりと静かに経営している系統の店であった。言い方を変えれば知り合いのみが出入りする秘密基地、とでもいえば良いだろうか? あまり大っぴらにその存在を表に出している店ではない。


「分かっているよ。あの店からはそんな雰囲気を感じ取れた。ああいうお店はごく一部の人しか知らないというあの雰囲気が良いのだ。それを壊すような真似をするのは無粋という物だろう。私は、そんな無粋な男になりたくはないな」


 光の返答に、運転手も微笑みを浮かべる。


「さて総理、この後は如何致しますか?」「うむ、まずいったん家に戻って身を清める。そのあと皇居へ向かう事になっている。陛下から午後11時までには来てもらいたいとの話を受けているのでな」「了解です、今の時間なら慌てる事無く動けますな。この年の瀬に慌てて交通事故など起こすわけにはまいりません」


 そうして運転手が再び車を動かし、光の家に。光は家で風呂に入って体を清め、スーツを身にまとい家を出る。安全運転で皇居前に到着したとき、時計は午後10時52分を指していた。


「よし、君はこれで帰っていい。私はこのまま皇居内で年明けを迎え、挨拶をすることになると思う。年末も遅くまで働かせて済まないな」「いえ、妻も子供も理解してくれております。それに総理が動いて下さらなければ、私や妻が息子と再会する事もなかったでしょう……総理こそ、年の瀬まで働き続けです。お体をお大事になさってください」


 運転手はそのまま帰宅の途に就き、光は皇居内に入った。案内を受けて再び天皇陛下の元へと向かった光が見た物は、各種放送器具に囲まれた陛下の姿だった。


「陛下、お約束通りに参上いたしました」「よく来てくれた。この状況で大体わかるとは思うが、今年の年明けは様々な意味で重要な意味を持つからな。私も顔を出して国民と共に新しい年、そして新しい世界への旅立ちの瞬間を迎えようと言う訳だ。そして当然、それには立役者である光殿、貴殿が居なければ始まるまい。本当のことを言えば、ノワールの事も放送したいが……それは出来ぬ事だな」


 陛下のお言葉に、光は頷く。すでに回避された問題と言えど、ノワールの一件は表に出すわけにはいかない。あと一歩間違えていれば新しい明日が来ることなく終わっていたなんて事を国民に伝えれば、信頼を始めとした色々な事で国が揺らぎかねない。それ故、ノワールが靖国神社再建の時になぜ祀られているのかを国民に伝えることは出来ない。


 すでに椅子は用意されており、椅子と椅子の間にはちょっとした花が置かれているだけのシンプルな構図。ただし、この場に用意されていた椅子は3つ。天皇陛下、光が座ってもあと一つ空きがある。


「陛下、椅子が3つあるようですが……あと一人どなたか来るのでしょうか?」「うむ、君も良く知る人物だ。彼女は忙しいから途中参加という事になるがね」


 光が時計を確認すると、午後11時36分を針が差していた。その光の時間の確認とほぼ同時に「陛下、そろそろよろしいでしょうか?」と放送器具の調整を主導していた人物から声がかかる。陛下は「うむ、40分から始めるという予定であったな? そろそろ最終調整を始めようか」と口にした。


 中央の椅子に陛下、左側に光が座る。右側が空席のまま最終調整が行われ、問題なし。時間が来たので放送がスタートした。


「国民の皆様、年の瀬ではございますが失礼いたします。今年は今までとは様々な事が大きく異なります故、こうして挨拶をさせていただいております」


 光は内心、この国民向けの顔をしている陛下を猫かぶりモードなどと失敬な表現をしている。それだけ普段の言動とは大きく違う……違いすぎるのだが。


「永く続いた永遠とも思える極寒の歴史、それがようやく終わりを迎えようとしております。今、日本が青い光をあげている事は皆さまご自身の目で見ていらっしゃると思います。今我々は、新しい未来へ向かって確実に進んでおります。ようやく、日本の春がやってくるのです。多くの祖先が永きに渡る冬の時代の中、諦めず、挫けず、子孫に明日を託してきた思いが、魂が遂に報われるのです」


 ここで、もう一人が現場にそっとやってきた。その人物は、フルーレ。自分が知っている女性という事で、フルーレがここにやってくることは予想が容易くついていた。


「私もやっと、国民の皆様が報われるこの時を迎えることが出来ましたこと、何よりうれしく思います。そして、何もかもが新しくなる来年へ向けて、年末のカウントダウンを共に皆様と行いたい。そのため、このような形で失礼させていただいております」


 この陛下の年末挨拶を見ていた国民は後に99%であったことが判明する。のこり1%は疲労のために寝ていたか、特殊な仕事で見ることが出来なかった人のどちらかであった。


「今日、この日を迎えることが出来ましたのは、私の両隣に座っているお二方の出会いこそがきっかけでありました。皆様ご存じ、総理大臣の藤堂 光殿。そしてもう一人が、異世界より我々日本においで下さったフルーレ・ド・マルファーレンス殿。こちらは将軍職にあるお方です」


 ここで、陛下から紹介された為、光とフルーレは共に軽く会釈する。


「そして、藤堂 光殿の幾多に渡る奮闘がございました。まだお忘れになられていない方もいらっしゃるでしょう、バレンタインの日に光殿が宣言した『日本は地球から出ていく』と言う宣言を。その宣言を現実とすべく、彼は文字通り様々な場所を駆け巡っておりました。そして、フルーレ殿を始めとした異世界からいらした皆様もまた、様々な形で日本の為に動いてくださいました」


 フルーレとの出会いからまだ一年経っていないのに、とてつもなく遠い日の事のように感じる光。ここまで来るまでにいろいろな事が多くありすぎた。走り回って色々と考えて、最善の方法を探ってとただひたすらに忙しかった。


「そして、あと数分ほどで、異世界の皆様は同じ世界の友人へと変わります。我々はこれからも努力を続けなければなりませんが、今までとは違うやりがいがある努力であると私は確信しております。ただただコマのように使いつぶされる今までとは異なり、多くの人の命を守り、笑顔を増やすための努力です」


 日本中が蒼い輝きに包まれる中、誰もが天皇陛下のお言葉に聞き入っていた。苦汁をなめ続けた日々がようやく終わり、人間として生きられる時代がついに来るのだと。奴隷ではなく己の意思で生きられる歴史を綴り直すことが出来るのだと。


「さあ、そろそろ日付が変わるその時がやってきました。皆で新しい年をカウントダウンで迎えましょう。皆様、準備はよろしいでしょうか? 10から行いましょう。光殿、フルーレ殿も一緒にお願いします」


 陛下の言葉に再び頷く光とフルーレ。ややあって、ついに待ち望んでいたその時がやってくる。


「では行きましょう。10! 9! ……」


 陛下の掛け声に合わせ、光が、フルーレが、日本国民が、異世界からやってきた人々が心を一つにしてカウントダウンを行う。光の胸中は、長かったという思いと、遂に報われるという喜びが入り混じっていた。


「5! 4!」


 いや、それは光だけではない。苦汁を舐め続けてきた日本人誰もが同じような事を胸の内に秘めていた。だから泣く人がいる。笑顔になる人がいる。やる気に満ちた表情を浮かべる人がいる。目を輝かせる人がいる。日本人誰もがこの瞬間を首を長くして待ち望んでいたのだ。だから、カウントダウンの声が日本を揺るがしている。


「2! 1! ゼロー!」


 ゼロ、の声と共に日本中が輝いた。まばゆい透明感のある蒼色が日本のすべてを包む。この日、西暦4028年の1月1日午前0時0分。地球から日本と言う国とその日本の領土内の島々は忽然と姿を消した。


 世界は日本の消失を最初は日本側のトリックと考え、数少なくなった船を出し、現地に確認に向かわせた。そして、本当に影も形もなく消え去っている事をいくつもの国が確認した……それをもって、国連は日本に戦争で勝利したと世界に宣言した……何の意味もない宣言であったが。


 これにより、もう日本人を再び奴隷として働かせるという事が不可能になった事が世界各国に知れ渡る。世界の予定が全て頓挫した瞬間でもある。そして……これにより数少ない物資を他国から奪い合ってでも手に入れなければならないという事が目的の、第三次世界大戦が幕を開ける事となった……。


 核はゴミとなった──奪い取らねばならない物資を汚染してしまうからだ。核だけでなく、広範囲を焼き払ってしまう武器全てがゴミとなった。できるだけ侵略先を汚染せず、物資を確保できるようにしなければならないという条件が付いたことで、今までの戦争方法が通じなくなっていく。血みどろの歴史が、再び幕を開ける──

これで、ついに日本が異世界へと転移しました。


この後は前に書いた通り、その後の地球の様子をしばらく書くことになります。それらが終わると第一部完という事になりますね。


一年以上更新が止まってしまったのに待っていてくださった皆様、本当にありがとうございました。


二部が始まったら、タイトルを変更しようと思っています。今までのタイトルは旧題として確固餓鬼で残します。よろしくお願いします。

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