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12月31日 その2

 総理官邸。そして会議室にて大臣と異世界組の部隊長が集まっていた。今年最後にして地球で行う最後の会議が始まろうとしていた。


「それにしても、皆若返ったな」


 光の口からそんな言葉が出るのも無理はない。地球側の大臣達は、全員が平均にして5歳ほど若返っている。さらに年を取っていた大臣は若返った影響が顕著で、頭部の寂しさが一転してふさふさになっていたり、白かった所が真っ黒になっていたりと見た目がガラッと変わっていた。


「まあ、我々だけではありませんよ。国民の皆が全体的に若返っている事を感じておりますからな。関節の痛みが消えた、持病に苦しむことが無くなった、目が良く見えるようになった、耳が良く聞こえるようになったなどなど……喜びにあふれた報告が多々あります」


 大臣の一人が、微笑みを浮かべながら国民の現状を報告。その報告を聞いて、他の皆も微笑みを浮かべる。


「ですが一番うれしい事は、こうして皆が揃って新しい世界に旅立てる事ですな。トウドウ殿を始めとして、戦った猛者達に我々も敬意を表します。この戦いの一件は、我が国の首脳にも伝えております。皆喜ぶと同時に、あのような巨大隕石にすら臆せず、その身を捨ててでも事を成そうとするその魂の美しさに感極まった様です」


 次はそんな報告が異世界側の部隊長から上がった。昨日の戦いを異世界側も見ており、犠牲を払いつつも隕石の完全破壊を成し遂げた事を見て、敬意と同時に強い喜びを覚えていた。戦える可能性はすでに示されていたが、例え一回でもそれを成し遂げたという事実は何よりも重く、そして分かりやすい。この映像から、今までどうしようもなかった隕石に対する対抗手段を得ることが出来るのだと握り拳を作る者も当然いた。マルファーレンス帝国の首脳陣は特にそういった感情を表に出している。


「うむ、鉄とノワール……そしてソウル・ガーディアンとして生き返れたにも関わらずその身を日本の為に捧げて散った皆の為に、一分間の黙祷を皆にお願いしたい。良いだろうか?」


 光の提案に、この場に揃った皆が頷き、そして黙祷をささげた。皆、戦って散った猛者たちに胸を張れる未来を創ると心に誓いながら。


「黙祷止め。彼らの行動が未来を作ったのだと言えるように、今後我々は各自の努力を怠ってはならない」


 光の言葉に再び頷く皆。言われるまでもない事ではあるが、ここでもう一度しっかりと認識しておくべき事である故に皆がその言葉に従った。犠牲を出したのであれば、その犠牲が報われる事こそが散った者達への最大の鎮魂となるのだから。


「その隕石に関してなのですが。世界では隕石の消失に対して『神が人類を憐れんで救いの手を差し伸べた』、『これこそが神の御業である』などと言った神への感謝を捧げる動きが多いようです。その一方で、例の5ヶ国からは我が国に向けて秘かに『隕石が消えた一件は、日本の行動のおかげであるとこちらは認識している。先の防壁システムと合わせて深く感謝する』と言う感じの連絡が入っております」


 世界を絶望に叩き込んだ隕石が消えたことで、世界は隕石が神の手によって取り除かれたのだと言う考えが主流となっていた。この喜びに沸く事で、世界の人々は様々な不安や苦しみをこの一瞬だけは忘れることが出来た。そう、この一瞬は麻酔薬によって痛みを忘れたかのような浮かれ具合だったのだ。確かに隕石は消え、地球消滅の危機は去った。しかし衣・食・住の問題はこれからより重く伸し掛かってくる事になるのだが。


「──終末論が世界中に蔓延しておりましたからな。それが無くなったともなればそういう神の手による救いが行われたという考えが出回るのも無理はないでしょう。虐げてきた国の人間によって救われたなど、考えもしないでしょうからな……ごく一部を除いて、ですが」


 逆にこの隕石は日本が世界を滅ぼすために仕掛けた行動なのではないか? と言う意見も増え始めていた。もちろん言いがかりレベルでしかないのだが、そんな言葉に縋りたい者も大勢いた。言いがかりをつけられる日本としてはたまったものではないが……


「まあ、今は熱狂していてくれた方が良いでしょう。その熱狂が覚める前にこちらは失礼させていただくことが出来るのですから。五月蠅い通信も収まって何よりです」


 そんなある大臣の発言に、全くだという同意の言葉がいくつも上がる。そのまま愚痴大会が始まりそうになったが、それを光が手で制する。


「さて、地球でやるべき事はこれですべて終わったと言ってもいいだろう。肝心なのはこれからだ、これから転移が行われることになるが、注意すべき事などはあるだろうか? もしあるのなら今のうちに教えて欲しい、国民に通達を行わなければならぬのでね」


 光の言葉に「では、私が」と声を上げた後に立ち上がったのはフルーレ。


「特に日本の皆様にして頂くことはございません。普段通りに過ごしていただければ……ただ、転移が始まる30分前からは青い光が立ち上り始めます。これは演出なのですが、転移が始まるという事を伝えるメッセージでもありますので行わせていただきます。その青い光が立ち上り始めたら、日本の外には出ないようにして頂ければ……まあ、今の状況で日本の外に出る方はいないと思いますが」


 まあ、そうだな的な相槌がいくつか上がる。この状況で日本の外に出ていく理由は無い……出ていくという事はこちらの世界に取り残されるという事であり、何のメリットもないからだ。自衛隊からも日本から出ていく動きを見せる人物は無しとの報告がある。


「その青い光に関しても、私達の部下たちが日本の皆様に酒や食事を共にしながら伝えておりますので、混乱は起きないでしょう。むしろ皆様からは「分かり易くていい」「雰囲気は大事ですよね」「早く見てみたい」などのお言葉を頂いておりますので、問題は無いと考えております」


 ふうむ、と光は顎に手を当てながら考える。転移前のカウントダウンの一体感もいいが、確かに転移をこれからやる、新しい世界への扉が開いていくという事を分かりやすくする演出はあった方が確かに盛り上がるだろう。何もなくただポンと移動してしまうと、本当に転移したのか? と逆に不安にさせるかもしれない。転移しても出る先は海上、周囲に分かりやすい異世界の風景という物を視認できるわけでもない。


「なるほど、分かりやすさは大切だな。出る先は事前に説明を受けたが周囲には海しかない場所だ。それではパッと見ただけでは確かに転移をしたという気分にならないだろう。これから大きな事が起きますよ、と口で長々と説明するよりも感覚でその気になる演出があった方が、理解してもらいやすいな」


 ポンと転移を行ったとしても、数日あれば地球とは色々な違いが出てくるから国民にもわかってもらえるかもしれないが……今求められているのは今までの歴史とは違う明日が待っているという事を証明してくれるインパクトのある何かだ。異世界転移の物語は、そのあたりを地球にはない植物や動物、ゴブリンなどのモンスターや魔法の存在と言った形で表現している。


「ええ、日本の皆様の言葉を借りれば『百聞は一見に如かず』です。こういう物は理屈ではなく感情で理解してもらった方が良いのです」


 フルーレはそう告げると着席する。


「他に、今報告を行っておきたい事などはあるか? 今日はこの後各々が忙しくなるだろう。今のうちに報告を行って貰わないと、今日はもう話にならなくなるぞ」


 フルーレの報告の後に周囲を見渡しながらそう告げた光であったが、手を上げる者はいない。その代わり、やたらとそわそわしている者が多数。


「そうか、ならば最後に私から報告ではないが質問がある。なぜそんなにそわそわしているのだね?」


 光の言葉に、そわそわしていたメンツが固まる。ちなみにそわそわしているメンツの8割が異世界側のメンバーであった。


「その、報告ではないんですが理由を述べてもよろしいでしょうか?」


 おずおずと手を上げる異世界側の女性部隊長。構わないと光が告げると、彼女は立ち上がって口を開いた。


「き、今日はあと24分ぐらいで異世界転移記念と銘打ったお店でスイーツが定額で食べ放題になるんです! 食べたいものがいっぱいあったけど、仕事とお金の関係上我慢して我慢してたんです! なので、会議が終わったら一刻も早く向かいたいんです!」


 この発言を聞いて、光はテーブルに突っ伏した。何か急いでやらなければいけない問題が待っているのかと思ったら、スイーツのお店に一刻も早く行きたいだけだったとは……いや、彼女にとっては一大最重要ミッションなのかもしれないが、内心不安になりながらも問いかけた覚悟を返してほしいと光は心の中でぼやいた。


「私は酒の飲み放題に」「寿司が腹いっぱい食えるらしくて」「部隊員と一大宴会を日本風にやろうって話になっていまして」


 次々と上がる声。共通してるのはこの機会にしこたま美味い物を食いたい! と言う食い意地全開な所であろう。大臣側でそわそわしてた人物がいたのは、異世界の女性陣と一緒にこれから宴会に行こうという話がまとまっていたかららしい。子供か! と光は内心で突っ込んだ。確かに異世界の女性陣は美しい人が多い点は同意するが……


「一応言っておくぞ、酒を飲むのもいい、美味い飯を食べるのもいい。ただし食いすぎや飲みすぎで情けない姿をさらさないように頼むぞ……」


 少し頭痛を覚えながらも、光はそんな事を口にした後に会議を終了させた。そわそわしていたメンバーは、あっという間に会議室から姿を消した。


「総理、今日は大目に見てやってください。色々な不安が、絶望がようやく取り除かれたのですから」


 苦笑しながら近づいてくるのは池田法務大臣。


「こちら側も似たようなものです。特に隕石の一件で色々なものが永遠に失われると嘆く同志も数多くいましたから」


 こちらも苦笑を浮かべるフルーレ。まあ彼女も仲間の気持ちは良く解るので、あまり強くは言えなかった。


「それもそうか。こんな時ぐらい羽を伸ばしてもらうか。あっちに渡ればまた忙しくなるのだからな……この後二人はどうするんだ?」


 光の問いかけに池田法務大臣は「妻と二人で静かに飲みながら、0時を待つ予定です」と答え、フルーレは「色々と雑用がありますね。おなかに軽く物を入れたら仕事に戻ります」と返答。


「そうか、私は午後11時から陛下の元に行く予定が入っている。だから顔を合わせるのはこれが今年最後だな。良いお年を」「総理も良いお年を」「では、失礼します」


 三人は会議室の前で別れた。光が時計を見ると午後の5時半。少し早いが今日は早めに食事を済ませておきたい所……


(年越しそばを口にしたい所なのだがいい蕎麦屋は知らんなぁ。運転手の彼なら知ってるかもしれんな)

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