12月31日 その1
辛い戦いを経験し、疲労が抜けなくても日は上って朝は来る。翌日、光が目を覚ますと時計は午前の8時9分を指していた。
「朝、か」
ぼそりと呟き、自分の両手を見る。その両手は専用スーツを纏った姿。そして光は再認識したのだ、鉄とノワールが永遠に失われたのも……そして彼女の犠牲と多くの英霊の力を借りるという形ではあったが、日本を護れた事。それらすべてが夢でもなく幻でもなく現実であるのだという事を。
「ひどいお顔です、今日はお休みになられてはいかがでしょうか?」
その声の主は戦艦長門の分体。光を見上げながら、心配そうに彼を見る。しかし、光はその言葉に首を振った。
「そういう訳にはいかぬよ、私は総理大臣だ。彼らの犠牲が、行動が、そして何より信念が未来の日本の為になったことを証明しなければならない。その一歩として今日は国民に今後の話をしたり、年明け前の転移のカウントダウンなどを共に行ったりするべきだろう。彼らに託された思いと命を無駄には出来ん」
長門にそう言葉を返し、コックピットハッチを開けて光は外に降り立った。そこには整備班と如月司令が待っていた。長門と大和はこちらもいったん失礼しますと告げてから姿を消した。
「総理、お疲れさまでした。総理の行動とノワールの献身のおかげで、我々の明日が開かれました」
如月司令の言葉に頷いた後、光は如月司令に語り掛けた。
「今回の一件、これで終わりとしてはいけないだろう。色々なデータが取れたと思う、それを今後に生かす必要がある。今度は我々の手で英霊のお力を借りず、犠牲を出さずに勝てるようにしなければな」
光の言葉に、この場に集っていた者たち全員が頷く。ノワールの消失に心を痛めたのは皆同じである。彼らもまた、ノワールの事を同胞と認識していたのである。人とAIと言う差など関係ない、共に困難に立ち向かう友として敬意を払っていたのだ。
「それと、車の用意を頼む。今回の結果を、陛下に直接お伝えせねば」
光の言葉に如月司令は「そう仰ると思いまして、すでに用意はさせております。ですがお乗りになる前に、簡単に身を清められた方がよろしいのではないでしょうか?」と意見した。昨日あのような形で寝てしまったため、光の体は風呂に一度入って綺麗にした方が良い状態になっていた。極端に匂うという訳ではないが、天皇陛下の前に出るのは少々顔をしかめる事となるだろう。
「そう、だな。陛下の前にこのような姿では出られぬな。すまんが司令、ここの施設を借りるぞ」「ええ、問題はありません。全ての準備は整えてありますので、すぐにでも」
すでに風呂を始めとした設備の準備は整っており、光はすぐに身を清めることが出来た。これは如月司令が先を見越して指示を飛ばしていた……からではなく、気を利かせた部下が指示を受ける前に動いていたからである。おかげで光は涙によって酷いことになっていた顔を始めとして体中を洗って陛下の前に出るのにふさわしい清潔さを取り戻した。
「車の中でこちらをどうぞ。簡単な物ですが空腹は癒せるかと」「すまんな、助かった」
光が風呂を出て、服を着替えて車に乗り込む直前に、如月司令は部下の手を借りて用意させたサンドイッチとコーヒーの缶を光へと渡した。皇居前に着く前に食べきれる量であり、服にパン粉などが付かぬよう、簡易エプロンも用意してある。そうして光は車に乗り込み、皇居へと向かった。
そんな光を見送る如月司令とその腹心の部下達。完全に車が見えなくなってから施設の中に戻る途中、部下の一人が呟いた。
「お、冷たいと思ったら雪か……地球に日本が存在する最後の日は、雪の一日か」
ちらほらと、空から雪が降り始めていた。
「地球で見る雪の見納めですか……しかし、そんな事を口にできるのも総理とノワールのおかげでしょう。あのお二人がああして体を張って頑張ってくださったからこそ英霊の皆様も動き、護る事に手を貸してくださった。そんな気がします。そして総理が帰って来れた事を考えると、土壇場で神威・参特式の機体が完成したのもある意味運命だったのかもしれませんね」
如月司令の言葉に、反論はない。過去の日本人の姿をした幽霊のような物が時々確認されるようになっていた時期があったが、その時過去の英霊達は今の日本を見定めていたのかもしれない。完全に消滅することになっても守る価値があるかどうか。そしてその価値があると見たために、あの隕石との戦いで力を貸し、そして再び散ったのではないだろうか。
「ノワールや英霊の皆様に恥じぬよう、我々はより一層の努力をして日本を良くしていかなければならないという事ですね。それだけの事をしてもらったのですから」
そんな部下の発言に、如月司令や他の部下達はその通りだと頷いてから中へと戻る。受け取ったバトンは重い。しかし、その重さはそれだけの期待と言う名の思いでもある。それを裏切ってはならぬと心に刻む如月重化学のメンバーであった。
「総理、着きました」「分かった、皇居を出る時にまた連絡を入れる」「お待ちしております」
光を乗せた車は皇居付近へと到着し、その車を見てすぐに幾人もの人がこちらへとやってくる。彼らの先導に従って、光は皇居の中を移動し、天皇陛下と謁見した。
「陛下、隕石との戦いはこちらが勝利した事を報告いたします」
陛下は頷かれた後、光へお声を掛けられた。
「よくぞやってくれた。悲しい犠牲は出たが、その働きによって日本国民が隕石に焼かれることなく、新天地へと向かえることが確定したのは間違いなく貴殿らのおかげだ。本当に、感謝する。貴殿と、散ったノワールの両者にな」
陛下のお言葉で涙が出そうになった光であったが、ここはぐっとこらえた。そして、陛下にある事を願うべく口を開いた。
「陛下、その事で一つだけお願いがございます。先程申し上げられた鉄のAIであるノワールの事ですが、靖国の中にその名を刻むことをお許し願えませんでしょうか? 彼女はAIでありましたが、国の為に戦い国の為に散りました。彼女も英霊としてその名を靖国の中に残す資格があると私は考えます」
光の申し出に、陛下は「うむ」と一言。その後に──
「もちろん、許可しよう。むしろそちらから言い出す事がなかった場合は、こちらから言おうと考えていたのだ。人であるとかAIであるとか、そんな事は関係ない。この国の為に戦い、殉じた者は皆靖国にその名が刻まれてしかるべきだ。彼女、ノワールの最後はこちらも良く知っている。あのような者の名を靖国の中に残さぬのは、この国の損失である」
陛下のお言葉に、再び頭を深く下げる光。こうして、靖国神社の中にAIでありながら英霊の一人としてノワールは祭られる事になった。
「それと、これは提案なのだがな。今年の年越しは今までとは色々と違う。そこでだ、年越しのカウントダウンという物があるだろう? それを皇居から全国に中継してみてはどうだろうか? 新しい日本の未来を、私や光殿、そして異世界から来てくださった皆様と共に迎え、より一体感を出そうと考えたのだがどうだろうか?」
新年の挨拶として陛下が国民の前にお姿を見せられるのは例年行事であるが、年越しのカウントダウンを天皇陛下と総理大臣が揃ってやる何て事は前代未聞である。しかし、だ。これから日本の未来は今までとは違った前代未聞な事が山ほど待ち受けている事は間違いない。ならばいっそ──
「良い、かも知れません。陛下と共に新しい世界で新年を祝う事は、より日本が一致団結して予想のつかない未来に立ち向かうという一体感を出す事が出来ましょう。それに異世界からいらっしゃった皆様もこちらにかなり馴染んでいらっしゃるようですから、問題はないかと」
むしろ、食事に関しては馴染みすぎた気がしなくもない。日本人でも好き嫌いが分かれる納豆やくさやなどにも手を出し、様々な酒を嗜み、またある時はうどんやそば、カレーなどを食べてはあそこのは旨かった、あの店は良いなどと話し合っているぐらいなのだから。
「ならばそれで進めよう。光殿は午後の11時までに皇居内に居るように調整してほしい。ふふ、こんな時ぐらい派手にやらねばな」
ふっふっふとまるでいたずら好きな子供が悪だくみをしているような笑みを浮かべている。一筋の冷や汗が光の背中を伝ったが、今更駄目ですとは言えない。多少、では済まない不安が胸の内をよぎったが、同意した以上受け入れるしかないと光は開き直った。
「では、私は一度失礼させていただきます。午後の11時にまた失礼いたします」「良い年を迎えよう」
天皇陛下に一礼し、一度皇居を後にする光。次は官邸に行き、色々と確認を行っておかなければならない。
本日のBGM ニンジャ殺すべし! なやつ。




