12月30日 長い日が終わる
やる事は何一つ変わらない、途中までは。システムの起動を確認し、チャージを開始。十分な冷却時間を置いたことで、ジェネレーターを始めとした各機器は問題なく作動。
『マスター、全システムのリミッターを解除する事を口頭にて発言してください。マスターの音声による認証がキーですので』「了解した、現時点を持って鉄のシステムリミッターを全解除、全能力を隕石を消す事に回せ!」『イエス、マイマスター!』
違うのはここから。光の全システムのリミッター解除が宣言されると、鉄の体が吠えた。宇宙空間では音が響かないので、その咆哮を聞いたのは光とノワール、そして通信を通して見ていた極一部の人達のみである。その咆哮は一つの命の終焉、燃え尽きる直前のロウソクの火その物。アマテラスシステムのチャージ状況を示すゲージが、一回目とは比べ物にならないほどに速く上がる。安全性もかなぐり捨てている事の表れである。
「現在、何かの異常は!?」『大丈夫です、ありません! ありません……だから、ないうちに……』
────さようなら、私の大切なマスター。
私は、貴方と共に今日まで戦えて良かった。そう、思います────
そんなノワールの言葉と共に、鉄のコックピット後方が開き、乗っていた光を強制的に脱出させる。この動きに光は対応することが出来ず、一瞬のうちに宇宙へと投げ出された。あっけにとられた光であったが、我に帰るとノワールに向かってスーツに搭載されている通信機越しに叫び声をあげた。
「ノワール、これはどういうことだ!」
怒りの感情をはらんだその光の言葉に対する返答は……
『マスター、貴方はここで終わっていい人ではありません。貴方の戦いはこれからも続きます、ここで死んではいけないのです。後に託すのも一つの方法ではありますが、今の日本はあなたを失う事を良しとしていません。ですから、マスターはここから生きて待っている戦いに備える義務があるのです。日本の総理大臣としての義務が』
優しく諭すような声で、通信機越しにノワールからの言葉が届く。そしてここで話は終わらなかった。
『迎えはもうすぐ来ます。マスターはちゃんと地球に帰り、日本に戻り、新しい世界へと旅立てます。そう、手を秘かに回しておきましたから。如月司令を始めとした皆様には、申し訳ない事をしたとも思いますけれど。そして、もう一つ。私が秘かに行っていた呼びかけに応じてくれた戦士達がここに集い始まった様です』
ノワールの言葉に、光はスーツの姿勢制御に使う小型の噴射装置を操作して地球へと顔を向けた。すると、鬼面に鎧姿の武者が一人こちらに近づいてきている。さらに無数の飛行機がその武者の後に追随しながら飛んでいた。武者も異様であったが、飛行機の方は明らかに宇宙で航行するための姿ではない。むしろ、その姿は……日本の歴史を学んでいた時に見た姿だった。
「あれはまさか、ゼロ戦!?」
かつての第二次世界大戦にて戦い、散った航空機。徐々に近づくにつれ、その姿は顕となった。しかし、かつての資料で見たカラーリングではない。色は濃淡の差こそあれど灰色、もしくは黒。さらにその輪郭はややぼやけている所も多々ある。その姿から、光は彼らの存在に該当する存在を思い出す。
「復活した長門や大和と同じ……ソウル・ガーディアンと言う奴になっているのか」
光に近づきながら減速する武者とは違い、多くのゼロ戦は光の横を飛び去って行く。一筋の光の軌跡を残しながら。光に近づいた鬼面武者は、そっと光へと手を伸ばしてその手に乗せ、胸部を展開した。光がその手を掴んだことを確認すると、ゆっくりと開いた胸部へと手を移動させた。乗れと言っているのだという事を察した光は、手が胸部付近で止まった事を確認した後、慎重に開いた胸部からコックピットシートに腰を下ろした。
「光様の搭乗を確認」「よし、ハッチを閉めるぜ」
そんな二つの女性の声がした後、コックピットのハッチは閉じられ、外部のカメラが作動し外の様子が見えるようになった。しかし、外の様子よりも何よりも、光の視線は声を発した女性に注がれていた。
「長門と大和の分霊が、どうしてここに」
そう、コックピットの左側に長門、右側に大和の分霊が彼女達専用の小さなキーボード&椅子の上に座りながらこの機体のシステムを動かしていたのだ。そんな二人が手を止めて光を見る。
「ノワールさんから頼まれたからです、私のマスターの明日を任せると」「それが最後の願いなんだそうだ。そうなって欲しくは無かったと言ってたけど、そうなっちまったな……」
長門と大和はそんな事を口にした。彼女、ノワールはすでに二手先まで見据えた行動を秘かに行っていたらしい。
「そうなると、この機体はいったい? 少なくとも私は見たことがないのだが──いや、それは後回しでいい。今はノワールの事が……」
今乗った機体の事は一旦後回しにする事にして、周囲を見渡して鉄を探す光。そして見つけた鉄の姿は……1回目と同じように前方に球体状のエネルギー塊を生み出しながら、左脚部に紫電が走る傷ついた姿だった。損壊した左脚部の様子からして、小規模な爆発が起きたようだという事も容易く解った。
「ノワールっ!?」
焦りを隠せない光の言葉に対し、ノワールからは落ち着いた様子で『大丈夫です、想定内です』と言う返答が返ってくる。
『リミッターを解除した以上、一定の反動が来ることは最初から織り込み済みです。このぐらいならまだ何の問題もありません。それに、呼びかけに応じて下さったソウル・ガーディアンの皆様の一部が、その身を犠牲に私を補修、強化して下さっていますから』
よく見ると、いくつかのゼロ戦が壊れた鉄の左足付近に埋まり、一体化しながら消えていくのが確認できた。また、多くのゼロ戦が隕石に向かって勇猛果敢に攻撃を仕掛ける姿も隕石の様子を拡大したときに確認できた。中には隕石に突っ込み、特攻して爆散していくゼロ戦の姿も見えた。
「総理、この一時に再び体を持ったゼロ戦、そして乗っていたパイロットの方々から一言だけ預かっておりますわ」「『日本の明日を頼む』だそうだ。だからまだアンタは死んじゃいけない。あいつらの分まで仕事をして、生きて、日本を良くしてからじゃなきゃ死んじゃいけないんだよ」
長門と大和の分体の言葉を聞いて、光の頬に一筋の雫が伝った。
「話はもうちょっとだけ続きがありますわ。『その代わり、この場は俺達が何としても日本を護る』だそうです。彼らの心、行動をここで見届けてあげてください」
そんな光、長門、大和が見つめる先で、数多くのゼロ戦と、エネルギーを貯め続ける鉄。そんな状況でノワールは──
【またもシステムエラー!? ですがここはこうしてこうすれば……エネルギーチャージは現段階で130%……! ですが一射目で得た計算ではまだあの隕石を消し飛ばすには足りない……! やはりあと20%貯めなければ……】
ノワールは単独で、崩壊しようとする鉄の手綱を必死で握っていた。100%を超えてから悲鳴のように起こるエラーや機体の爆発を、ゼロ戦の集団が補修し、ノワールが暴走を抑える。紙一重の判断が続く中、必死で持たせていた。
『まだ、か?』『隕石、勢い落ちず』『我ら、先に逝く。後を頼む』
そのノワールと鉄を持たせるために、また準備が完了するまでの時間を稼ぐために、ソウル・ガーディアンとなった数多のゼロ戦たちは時に鉄と融合して損壊を防ぐ素材となり、隕石に攻撃して少しでも押しとどめようとしたり、特攻をかけて僅かでもダメージを与えようとしたりと戦い続けていた。
『こちらエネルギーチャージ140%を突破! あと少しだけ待ってください!! うぐっ!』『この命を使え、お前の傷を一時的にごまかすぐらいには役に立つだろう』
140%を突破した直後、鉄の胴体が大きく爆発し、機体が傾きかけたがそこに複数のゼロ戦が咄嗟にとりついて何とか持たせる。鉄はとっくに限界を超え、ソウル・ガーディアンとなった無数のゼロ戦たちも多くの犠牲を出し、すでに残り30%までその数を減らしていた。しかし、それらの犠牲を払ってついに……
『──エネルギーチャージ150%……! 撃ちます、皆射線上から退避してください!』
チャージが遂に終わり、最後の一発を撃つ準備が整う。そのため退避を呼び掛けたノワールであったが、ゼロ戦たちから帰ってきた言葉はすべて同じ。それは……
『『『『『『『俺ごと撃て! こちらも隕石に向かって特攻する! こんな岩っころに、日本の明日を奪われてたまるか! 子孫の明日を壊されてたまるか!! この身がこの時に蘇ったのは子孫に明日を見せる為だ!!!』』』』』』』
一言一句、すべて同じ言葉がこだますると同時に残っていたゼロ戦すべてが隕石に向かって特攻を敢行。この特攻により隕石の先に僅かながらヒビが入る。それは隕石のサイズを考えれば小さすぎるヒビであったが、彼らの意地が隕石に一太刀浴びせたことに変わりはない。そして。
『皆さんの想いは確かに受け取りました……私もすぐに──! あのヒビに向かって、150%チャージで放つこの一撃を叩き込みます!』
鉄の前に出来上がっていた巨大エネルギーの塊が遂に放たれた。放たれるとほぼ同時に鉄の四肢は激しく爆発し砕け散っていく。そんな砕け散っていく事すら、今のノワールにはスローモーションのように感じられた。ノワールにとって、残された仕事は一つ。放ったエネルギーの塊が隕石を砕くことを見届ける事だけ。次々と入る破損情報もすべてカットし、自らの命と魂、としてソウル・ガーディアンとして蘇ったゼロ戦達を思いながら飛んでいくエネルギー球体を見送って──隕石に命中した所まで見届けた──
「く、鉄が! ノワール、応答しろノワールっ!?」
目の前で大破していく鉄の姿に、通信越しでノワールとコンタクトを図ろうとした光だったが、ノワールからの返答はない。
「マスター、隕石にノワールさんが放った最後の攻撃が命中します!」
長門の声に反応して隕石の方に意識を向けると、巨大エネルギーの塊弾と隕石が鍔迫り合いをしているかのような状態になっていた。どちらも一歩も引かず自分自身をぶつけ合っている。が、均衡は突如破られる。隕石の方が巨大エネルギーの塊弾を押し始めたのだ。いや、押しているだけではなく、エネルギーの塊の中に埋まって行っている。
「そんな!? ノワールが、多くの祖先が協力して行った攻撃ですら駄目だというのか!?」
そんな言葉が光の口から零れ落ちた。が。
「違う、よく見ろ光っ! 隕石に無数のヒビが走ってやがるぞ! 引き込んだんだ、包み込んだんだ! 逃げられない様に! 隕石を確実に砕く為に!」
大和の言葉が正しいという事を証明するかのように、エネルギーの塊弾は大爆発を起こした。その激しさに反射的に目を閉じた光が目を再び開いた時、そこには最初の勢いはすでに失せ、ゆっくりと崩壊していく隕石の姿があった。崩壊の速度は時間と共に早まり、砕けた破片は岩から石に、そして石から砂に変わって宇宙に消えてゆく。最後に残ったのは、不自然に銀色に光る小さな岩。
「──どうやら、あれが始まりの隕石らしいですわね。如何致します?」
長門の声に対する光の言葉は。
「もちろん砕きに行くぞ、この手で握りつぶす。だが、その前にノワール、返事をしろ!」
この光の叫びに、ノイズ交じりの通信が入ってきた。
『マスター……隕石は、隕石は消えましたか……』
光はすぐに返答を帰す。
「ああ、後はコアとなっていたと思われる小さな隕石を握りつぶせば終わりだ! もう戦闘行為は必要ない、ノワールも後は無理をせず回収を待て! 俺達の勝ちだ!」
だが、この光がこう話しかけたとたん、鉄の胴体部分からいくつもの爆炎が上がる。長門と大和が「ああっ!?」「嘘だろっ!?」と叫び声をあげる。
『良かった、もう何も見えないのです。もうあらゆることが感じ取れないのです。ですが、私は私に課せられた仕事を果たすことが出来ました。それが分かればもう、悔いは、ありません』
ここでさらにひと際大きな爆炎が上がり、鉄の胴体を完全に包んだ。
「ノワール!!」
光の悲痛の叫びに、ノワールの最後の言葉が届く。
『できるだけゆっくり来てくださいね……そして、未来の土産話を向こうで楽しみに待っています。いっぱいのお話を……』
直後、ブツリと回線が切れ──鉄の胴体があった部分からこれまでで一番大きな爆発が複数発生。その爆発が終わった後、そこには大半が吹き飛び僅かな欠片となり果ててしまった鉄の残骸だけが残されていた……
「ノワール、ノワール……ノワールウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」
光の絶叫が木霊する。戦うために生まれ、そして日本を護るために文字通りに体と心を全て炎と変えて燃やし尽くしたノワール、ここに散る。大半の日本人はこの事実を知る事は無い。この真実を聞く事は無い。戦いがあった事すら知らぬままだ。ただただごく一部、日本人の明日を護るために散った勇者が確かに居たのだと、この戦いを知る極一部の者達の子孫にそっと語られるのみである……。
そして、始まりの隕石を神威・参特式を動かして握りつぶした光は日本へと帰還に成功する。作戦成功を告げた光は、神威・参特式の中で眠りについた。周囲もそれを止めなかった。こうして、大半の日本人が知らない12月30日の戦いは終わった。
この後の執筆の流れは、活動報告の方にて行います。




