12月30日 時計の針は出撃を告げる時を示す
時計が午後五時を静かに伝える。光はゆっくりと立ち上がり、出陣するべく鉄の元へと向かう。執務室を出ると、そこには大臣たちが全員勢ぞろいしていた。
「総理……」
その勢揃いしている大臣の一人が、そう光につぶやいた。その表情は暗く、不安げで、今にも消えてしまいそうな命を見るかのような──そんな大臣に向かって、光は告げる。
「そんな顔をしている暇があるのか? 準備は進んでいるんだろうな?」
この光の言葉に、先ほどの声を発した大臣だけでなく、皆が顔を見合わせる。一体何の準備なのか、総理は何を要求しているのかが分からない。なので、「お前、総理から何か聞いているのか?」という意思が込められている。しかし、皆心当たりがない。なので、池田法務大臣が口を開く。
「総理、準備とはいったい何の準備でしょうか?」
その問いかけに、光は笑った。大声をあげて笑うという物ではなく、ニヤリと言う擬音が聞こえそうな笑い方だ。そして、光はこう大臣達に言い放った。
「決まっている、勝利の祝い酒の準備だよ。用意してもらっておかねば、私が勝って帰って来た後、誰に祝ってもらうのだね? 今回の一件は国民には一切教えていないのだから、君たちに祝ってもらうしかないだろうに。違うか?」
その言葉は、集まった大臣の皆が予想していなかった。成功確率が10%以下の作戦だというのに、それでもなお、光は勝って帰る。だからその勝利を祝う用意をしておけと言い放ったのである。むろん、光とて確実に勝って帰ることが出来るとは考えていない。しかし、だからこそそう大臣達に言い放つことによって、やってやるぞと気合を入れたのだ。
「──総理、そちらの準備は必ずお帰りになる時までに整えておきます。どうかご無事で」
やや時間はかかったが、それでも光の言葉を理解した池田法務大臣が光に言葉を返す。その言葉に光も満足げに頷き返し……官邸を後にして待たせていた車に乗る。その車の行く先はもちろん鉄が待っている格納庫。向かう途中で、光はそっと窓ガラス越しに年越しの準備をする国民の姿を眺める。
(──国民はこうして新しい明日を信じて次の年を迎える準備をしている。この国民からの信用を失ってはいけない。裏切ってはならない。国民が知ることなく、不安を感じる事無く、今回の一件はやり遂げて見せよう。国民がこうして笑顔で明日を見れる日本を護る事こそが、総理大臣として椅子に座った者の役目だ。たとえ、その席に座った経緯が半分ほど流されたような物であっても)
成り手がいないので座る羽目になっただけの総理大臣の椅子。だが、今は新しい未来を描くことが許される画材のような物だ……なんてことを光は思う。今年の二月から今まで、まるで雪崩のような出来事に右往左往しながらも自分なりに頑張ってやってきた。乗り越えてきた。この隕石は、その仕上げともいうべき一件となる事は間違いない。
(画竜点睛、今までの仕事の総仕上げとして龍の目を入れに行くような物だな。どんな素晴らしい絵も、最後の仕上げをしくじれば途端に駄作になってしまう物だ。ここまで自分がやってきた総理大臣と言う名のタイトルの絵が駄作になるか、名作になるかの瀬戸際と言う奴、だな)
ここを乗り越えた場合は、来年から日本皇国の総理大臣と言う新しい絵を描くことになる。だからこそ、地球における日本最後の総理大臣と言う絵を仕上げるのは光なのだ。泣いても笑っても最後の仕上げを迎えされられる時間はもうすぐそこ。
「総理、総理。目的地に到着いたしました。何か、問題がありましたか?」
と、光は半分無意識のうちに思考の海に沈んでいたことを、車の運転手の声によって知る。考え事に集中していた為に目的の場所に到着していたことに気が付けなかった。逆に言えばそれだけ静かに考えることが出来る素晴らしい運転をしてくれたのだと言える。
「ああ、いや。少し考え事していただけだ。君の運転に悪い所など欠片もない、これからもよろしく頼む」
光の言葉に、運転手は静かに頭を下げて歩いていく光を見送った。この運転手は光がこの後何をしに行くかを伝えられているわけではない。ないが、その背中からただならぬ雰囲気を感じ取るだけの能力は持っていた。何か、大きなことをしに行くのだと感じ取った運転手は、いつも以上に長い間、そうして頭を下げ続けていた。
専用の宇宙服としての機能を兼ね備えた専用のスーツに身を包み、軽食と水を口に運んだあと、ついに光は鉄のコックピットに乗り込んだ。作戦開始まで1時間を切った。光はAIであるノワールと話をしながら、最後のシミュレートを行っていた。
「よし、各システムオールグリーン。何の問題ないな。アマテラスシステムだったか、そちらの方も問題なく稼働させられるな」『ええ、この大一番に挑む私の為に、整備班の皆さんが最高の状態に仕上げてくださいましたから』
最終シミュレートの結果、問題は何も発生せず。後は作戦開始後の本番を待つばかり。と言っても今回は、時間通りに所定の場所へと移動し、そこから最大火力を隕石めがけてぶっ放すだけというシンプルな物。後はその鉄の最大火力が隕石に通じるか否かだけの話である。
そして、もし隕石が鉄からの一撃を警戒して回避行動をとれば地球から大きくそれるルートをたどることになるので、日本が転移するまでの時間は十二分に獲得できる。むしろ隕石を飛ばしてきた何者かがそういう行動をとってくれれば一番楽なのだが……その可能性はまずないだろう。向こうも、直進しなければ間に合わない事は分かっているはずだからだ。
「総理、どうです? バッチリ仕上がってるでしょう?」
タイミングを見計らって、外から整備班の一人が通信を入れてきた。
「ああ、いい仕事をしてくれた。これで隕石相手に何の心配もなく最高の一撃をぶち込んでこれるって物だ。見ていてくれよ?」
整備班に、笑顔で返答を帰す光。その光の言葉に、通信を入れた整備班も笑顔になる。
「ええ、総理。ガツンと一発、俺たちの分まで派手にやっちまってください! それじゃ、早い帰還をお待ちしてます!」
そう言い残して、整備班との通信が切れる。その後再び通信が入る──今度は如月司令から。
「総理、隕石の動きはこちらの予想通り、よって作戦内容も変更は一切ありません。予定通りの場所で予定通りにやってくだされば結構です。我々の明日を、最高の状態に仕上げた鉄と共に総理に託します。ご武運を」
如月司令の言葉に、光は頷く。そして返答。
「ああ、最高の状態に仕上げてくれた鉄と共に目的を成してくる。隕石など恐れる物かと言う魂を見せつけてこよう。見ていてくれ」
光の言葉に如月司令は一度頷いた後に「そろそろ出撃時間です。カタパルト前へ移動を」と光に告げ、光はその指示と誘導に従ってカタパルトの上に鉄を移動させた。鋼鉄の扉が開かれ、夜の空が見えてくる。そして光が思ったことは、月が恐ろしいほどに美しいな、であった。
『鉄スタンバイ完了、カタパルト準備よろしいか?』『カタパルト準備完了、システムオールグリーン、進路上に障害物確認できず、発進タイミングを鉄パイロットに委譲します。いつでもどうぞ!』
通信でいつでも出れることを告げられた光は、一回深呼吸を行う。そして──
「鉄、出撃する!」
と声を上げた。カタパルトが動き、鉄の体を夜の空へと打ち上げ、そこから光は各ブースターを噴かせて宇宙へと飛び立っていく。最終決戦の幕が、ここに上がった。
──そして、鉄が出撃してから30分後。この格納庫に異常事態が発生していた。
『司令、先日完成した神威・参特式が起動しています!』
先日ロールアウトした後静かに格納庫の片隅に置かれていた神威・参特式が何故か起動し、歩き始めたという通信が如月司令の下に入ってきた。
「神威・参特式のコックピットとの通信を強制的につなぎなさい! こんな大事な時に誰が勝手に乗ったのですか!?」
如月司令も想定外なこの事態に声が大きくなる。彼の部下が大慌てで神威・参特式のコックピットとの通信を繋げるが──そこには誰も乗っていないコックピットが見えるだけであった。
「ど、どういう事だ!? 神威・参特式には自立行動を可能とするAIなどは積んでいないはずだぞ!? なのになぜ動いている!? コックピットに誰も乗っていないのに!」
彼の言葉が、この指令室にいる人達の考えを現していた。そう、神威・参特式にノワールのようなAIは搭載されていない。にも関わらず、なぜか神威・参特式は動き出した。そして動き出した神威・参特式は、30分ほど前に鉄が出撃していった鋼鉄の扉を叩き始めた。
「な、何をしているんだ参特式は!?」「あのまま叩かれていたら扉が破壊されます!」「ダメです、緊急停止システムが何故か機能しません!」
部下たちの声が次々と如月司令の耳に入る。
「弐式を複数機起動してください! 自衛隊にも報告を! 弐式パイロットにスクランブルを! 扉は仕方がありません、解放しなさい! 破壊されたら面倒です!」
騒がしくなる司令部。しかし、参特式は扉が解放されたというのに、大方の予想を裏切って外に出ていかなかった。複数の弐式が現場に到着する中、参特式が歩いて格納庫のある物を指さす。その指が指した物とは……
「──カタパルト? どういう事だ?」
そう、参特式が指さしたのは鉄が乗ったカタパルト。それを参特式は指さしていた。その後に参特式が指さしていたカタパルトの上にゆっくりと乗る。
「まさか、打ち出せと言っているのでしょうか? 鉄と同じ方向に……」
参特式はカタパルトの上から動かない。暴れる様子もない。ただただカタパルトの上で打ち出されるのを待っているかのようだ。
「司令、どうしましょう?」「──カタパルトの起動準備を行いなさい。弐式達はそのまま待機を。想定外ですが、何かしら意味があるのでしょう。やってみる他ありません」
そして、準備が終わって打ち出された参特式。参特式はブースターを噴かし、鉄が飛んでいった方向と同じ方向へと、宇宙へと飛んでいく。
(一体、何故参特式は動き出したのでしょうか? しかし、意味があるはず。総理が駆る鉄を追っていったのですから……)
参特式は、そのまま鉄の通ったコースと同じところを飛んで行く。この参特式の行動の意味を如月司令達が知るのは、もう少し後である。
30日はあと2回? ぐらいかかりそうです。
長いけどご勘弁を……
 




