12月30日 時計の針は午前中
ついに30日。運命の日がやってきた。今は午前の11時を時計の針が差している……そして運命の戦いへと出撃する予定となっている人物の光は、普段と変わらぬ雰囲気を纏いながら執務室でのんびりとお茶を楽しんでいた。そこに池田法務大臣が乗り込んでくる。
「総理、今日は大事な一大決戦へ出撃の日ですぞ? そんなにのんびりとしていてよろしいのですか!?」
池田法務大臣が、あまりにのんびりしている(と言う風に彼からは見える)光の姿を見て、そう苦言をこぼす。しかし、言われた側である光は池田に向かってこのような返答を返した。
「やるべき事はもう昨日までに済ませてある。出撃直前まで、私はのんびりとしていた方がいいのだ。現場では鉄の最終チェックが行われているが、そんな場所に私が行って何になる? 現場の邪魔にしかならぬよ。私がいるというだけで要らぬ緊張を強いてしまう可能性もある、そしてその要らぬ緊張のせいで作業を失敗させたら元も子もない。そうだろう?」
光の言葉に、池田が詰まる。さらに光は話を続ける。
「池田大臣の気持ちもわかる。まさに今日は日本と言う国の関ヶ原、失敗すれば終わりと言う日だ。しかし、だからと言って焦ればよいのか? しかめっ面を浮かべればよいのか? それで物事が解決するならいくらでもする。しかし、現実はそんな行動を取ったり顔をしたってなんにも解決しない。今日という日までに各人がやるべき事を精いっぱいやってきた。そしてその結果を今日、目や耳を背ける事無く受け止める。それしかできる事は無い」
人事を尽くして天命を待つ、である。しかしこの言葉の意味を逆に言えば、天に祈る前に人としてできる事を極限までやっておけという事でもある。
「今日私のやるべき仕事は、出撃三十分前に専用のパイロット・スーツを着込んで鉄のコックピットに乗り込み、時間通りに出撃。そして隕石を破砕する事、これだけだ。その時が来るまでは、現場の邪魔をしない事。だからこうしてここで静かに時を待っている。ふざけている訳ではないさ。だが、池田大臣。上が揺らげば下はもっと不安になる。内心がどうであろうが、どっしりと構えていなければいけない時なのだよ。今回のような時は特にな」
池田は反論できない。確かにここまできて、どうしようどうしようと国のトップが右往左往していたらどうなるか。その姿を見た者は一斉に不安になり、その不安はさらに下の者に次々と伝播して混乱を招く事になるのは明白である。むしろこうしてどっしりと構えて時が来るのを待っている光を見た時、なんとのんきなと思ったと同時に安心した自分が居たのではないか?
「──総理の言う通りやもしれません。確かにここまで来てバタバタと慌てる姿を総理が見せれば、周囲も落ち着かぬでしょう。そしてそこから不安が広がっていく事も予想が付きます。私は慌てすぎていたようです、お恥ずかしい姿をお見せしました」
池田が頭を下げるが、光はそんな池田を非難しない。
「先ほども言ったが、今日は確かに決戦の日だ。焦る気持ちは良く解る。失敗は我々だけでなく日本国民、ついでに地球の全生命の歴史の終焉だ。さらにこの非常時に対して、世界は今だに対策を練らず責任の追及ばかりを行っていると言う情報も入っているからな、焦って当然だ」
そう光は口にするが、のんびりと茶を楽しむ姿を崩さない。光にだって焦りはある、恐怖心だってある。でも、今の日本の先頭に立つと決めた覚悟がそういう心の乱れを上回る。だから乱れず焦らず静かに時を過ごすことが出来ているのである。そんな時、ドアをノックする音が。光が入室許可を出すと、ノックした人物、フルーレが入ってきた。
「光様、あちらに送りました日本人の皆様3万人ですが、何事もなくあちらに到着しておりますことを報告します。しばし時間を置きましたが、魔力酔いを始めとした異常を訴える人は出ておりません。ご安心ください」
このフルーレからの報告に、光は頷く。
「そうか、それは何よりだ。彼らは本日の作戦が失敗した時における日本の最後の希望だ。彼らが明日を繋いでくれれば、日本人と言う魂は受け継がれてゆくだろう。むろん、今日の作戦は勝つつもりだが」
そう言って微笑む光を、切なそうに見るフルーレ。やがて首を2、3回振った後にフルーレは話を続ける。その声にわずかながら涙声が混じったのは、気のせいではないだろう──そこに突っ込む無粋者はここにはいないが。
「我々は、指定された予定通り、予定通り例の作戦が失敗したとの報告が入り次第帰国を開始します。すでに部下に通達は入っております……ですが、一部の者が最後まで残って戦うと言って譲りません……如何致しましょうか」
このフルーレの言葉を聞いた直後、光は顔を背け、池田はハンカチを取り出した。その両の目頭が急に熱くなったからである。異世界から来た人には今回の作戦の内容と成功率はすべて開示されている。そして光が駆る鉄による作戦が失敗すれば、その後の作戦の成功率は1%を全て切っている。それらを理解してなお、残るというのだ。残って共に戦うというのだ。目頭が熱くならない訳がない。
「──分かった。彼らの自由にさせてやってくれ。私が許可しよう」
何とか抑えることに成功した光は、そうフルーレに伝える。池田の方はハンカチを目に当てていた。堪えきれなかったらしい。
「分かりました、では彼らには最後まで励むように伝えておきます──願わくば、この命令が無駄になってくれることを願っています。それでは、お忙しい所に失礼いたしました」
フルーレは礼をすると、執務室から退出した。そしてフルーレが居なくなった所で、抑えていた物が決壊したのかやや声を上げながら泣き始めた池田。
(池田大臣が泣くのも無理はない。今年の2月まで我々は孤立無援、このまま世界にとって都合のいい奴隷の扱いを受けながら無念のうちに世を去るのかと思っていた。それが今やこの窮地に対し、退避することが出来るのに残るという仲間を日本は得たのだ。彼が泣くのを誰が責められるというのだ。彼が泣いていなければ、私は堪えることが出来なかっただろう)
ついに座り込んでしまった池田を見ながら、光は思う。日本は本当に崖っぷちで掛け替えのない人々を得たのだと。そんな彼らを死なせるわけにはいかない。
(心に秘めた覚悟、その覚悟がより一層硬くなったのを感じる……そうだとも、鉄と共に戦い、勝って日本に残ると言ってくれた新しい友に笑顔で勝利報告をする事こそが今日の自分がなし遂げるべき仕事。負けてなる物かよ、この程度の事に!)
茶を飲み干して、空になった茶碗を持つ光の手に僅かながら力が入る。その覚悟をより一層高めた時、彼の心の奥底に僅かに燻ぶっていた焦りの心は霧散し、恐怖の心は砕け散って塵と化した。その表情は侍の顔となり、真の意味で戦場に向かう漢の姿となった。
「池田大臣、待っていろ。その涙を喜びの感情と共に流す物にして見せる。確率の低さなど知った事か、成すと決めたら絶対に成し遂げる。見ていてくれ」
一人の漢が出陣までの時間を静かに待つ。あと半日後、結果は出る。
その一方で光の執務室を出たフルーレは、部下の元へと向かっていた。部下は皆、戦闘態勢でフルーレの帰りを待っていた。
「将軍、お帰りなさいませ。して、光殿は残りたいという戦士に対して何と?」「好きにしろ、との事です。許可も出すと即断されました」
フルーレの言葉を聞いた残ると決めた異世界各国の戦士たちは皆「よし!」と声を上げた。
「本音を言えば、私も残りたい。しかし──」「分かってますよ将軍、しかし将軍は戻らなきゃいけない。その将軍の無念の分まで我々が戦う、それで我慢してください」
フルーレの言葉に、フルーレの分まで戦うのだから我慢してくれと告げる戦士の一人。
「将軍、将軍の戦いはまだまだ続くんです。ここは我らの出番って奴ですよ」「それに、まだ日本は最終作戦の一歩前に行う作戦があるんですよね? そっちが成功すれば我々の出番はありませんからねえ」「ま、どう転ぼうが祖国に恥をかかせない様にしっかり勤め上げて見せますよ。任せてください」
残る戦士達に絶望の空気はない。悲観の文字もない。彼らや彼女たちは自らの意思で残るのだ。そんな彼らは、フルーレに向けて美味しい所を持って行って申し訳ないですねと言う感じで話している。
「そうですね、私ばかりがおいしい所を持って行っては皆も不満でしょうし、存分に戦いなさい」
なので、フルーレは笑った。死にに行く戦士への笑みではない。戦って生き残り、再び共に飯を食う仲間への笑みである。そんなフルーレの笑みにつられるように、残る事を決めた戦士達も微笑みを浮かべる。その光景は、一枚の絵のように美しい何かがあった。
「では、今度は我らの祖国で会いましょう」「「「「「はっ!!!!!」」」」」
フルーレと心を決めた戦士達の別れは済んだ。隕石が迫る中、様々な場所で覚悟を決めて動き出す人々。隕石迎撃作戦実行まであと8時間を切った──。
ぐぬぬ、なかなか筆が進まない。
書きたい事と書くべき事は固まってるのに、文章にするまで時間がガッツリかかる~。




