12月24日 最後
『マスター、2時方向下方から攻撃あり。回避運動を』「了解」
光が乗る鉄が左側に回避行動をとった直後に、数本のレーザーが先程まで鉄がいた場所を貫いていく。反撃として、鉄の胸部にあるガトリングガンを撃ってきた敵船に向けて発砲、フィールドがオーバーヒートしていることにより防御手段がない敵船はあっという間に穴だらけとなる。
『止めは後方からきている味方に任せましょう、我々はさらに前に出て敵船の戦闘力を削りましょう』「ああ、敵船の光化学兵器は神威・弐式のフィールドを貫けるだけの火力はあるからな。早めに潰すに越したことはない」
敵もただやられるだけではなく、神威・弐式に被害を与える事には成功していた。が、撃墜数は今までの報告によるとゼロらしいが。ただ腕部や脚部をやられて一時退避するしかなくなった機体がそれなりに出ているという報告もあった。それでもこちらの死者はゼロ、相手はもう……数える必要は無いな。
『もう大勢は決していますが、ここで潰せるだけ潰しておけば今後の転移にちょっかいを出される可能性が下がります。故に、情けは無用ですよ』「分かっている、それに情けをかける気など初めからない」
今は午後の2時を少し回った所か。あれだけ日本を取り囲むように集まった軍船は、今はもう散り散りになっていた。敵の損害は今までに受け取った各種報告から考えて7割を軽く超えていると思われる。再起はもう不可能だろうが、それでも残せばこの後鬱陶しくちょっかいを出してくる可能性はノワールの言う通り残っている。だからこそ、日本としてはここでできるだけ叩いておきたかった。
『総理~、聞こえてるかー?』「この声は、大和か? どうした、何かあったか?」
と、ここで鉄に大和の分体から通信が入った。問題でも発生したかと、少し戦線から下がって話を聞く態勢を取る。
『こっちの日本海側にいた船はもうほとんど沈めちゃったぞ。残った船ももう規律だった行動は出来ずにただひたすら逃げてるだけだぜ。削れるだけ削ってやるつもりだけどよ、数隻は逃しちまうのは勘弁してくれるか?』
何の気負いもないそんな報告に、光は──
「そうか、数隻ぐらいは仕方ないだろう。だが、出来るだけ潰してくれ。今後の転移という大事な大仕事に余計な茶々を入れられたくない。相手に余力を残せば、それだけ面倒事をさらに仕掛けてくる可能性が出てくる。完全殲滅とはいかなくても、それを狙うぐらいの意気込みで頼む」
こう返した。この光の言葉に大和の分体は……
『了解、奴らを護っていた変な膜ももうないし、俺の主砲と後ろから呼び出しに応じてくれる神威・弐式との連携で一隻でも多く蹴散らしておくぜ。今までこの国をいたぶってくれた礼も兼ねてな! んじゃ総理、次は勝利報告の時になー』
という言葉を残して通信が切れた。その後もあちこちから敵の殲滅戦を行っているという報告がちょくちょく入り、光自身も鉄と共に敵船を沈めたり最後の特攻を仕掛けてきた戦闘機を塵に変えたりと戦っていたのだが──ここで、如月司令の緊急通信が入った。
『突然失礼する、こちらは日本の総司令である如月だ。これはオープン回線により、この場にいる全員に通信を飛ばしている。全員戦闘を中止せよ、繰り返す、全員戦闘を中止せよ! その理由をこれからデータとして一斉に送る!』
このままいけば十分殲滅できると日本側が思っていたところに突如入った緊急通信。訝しみながらも神威・弐式、零式は銃口を下ろし。世界連合側の軍船側はこれ幸いにと全力で逃げをうった。しかし、その足もやがて止まる。逃げても意味がない内容が、伝わってきたからである。
『これらは宇宙に向けて軍事衛星の動きをチェックするためにデータを取り続けていた時に手に入った映像である! そして、この後地球に起こる事を簡潔にまとめた物だ! 地球に、隕石が激突するぞ!』
──昔の人ならば、映画みたいな話だなというだろう。だが、だが! 如月司令が生き残っている全員に送ったデータは、それが現実であることを証明する物だった。12月24日未明、地球に近づいてきていた彗星『ラバーズ』。そのラバーズに別の方向から飛来してきた何かが激突。ラバーズに横からぶつかった。
ラバーズ本体は大きく軌道を外れ、宇宙のどこかに消えていく事になると計算されていた。しかし、この出来事によって新しい問題が発生した。その横から現れた何かがラバーズとぶつかった事で軌道が変わり、地球直撃コースを取っている事がデータに乗っていたのだ。
また、どういう訳かそのラバーズにぶつかった何かは、ラバーズの衝突時に発生した破片などを始めとして周囲にある物を吸い寄せる性質を持っている事が分かってしまった。そう、その何かは一つの馬鹿でかい隕石へと現在進行形で進化しているのだ。
『これは日本が都合よく改ざんしたデータではない! 貴公らの国にもまだ生きている衛星がいくつかあったはずだ。国に帰って確認してみると良い、それでこちらの話が嘘偽りの類ではないと分かるだろう! もう、戦争する意味はないのだ……』
このデータを、光は長門と大和に攻撃の中止を伝えながら見ていた。データはさらに、いつ地球に隕石がどれぐらいの大きさになって直撃するかの日時も載っていた。現時点での試算によると、隕石落下は来年1月の26日。大きさは……地球の大きさの3分の2ほどになるだろうという見通しであった。
『ば、バカなっ……こ、これが真実だとしたらこんな戦いなどしている場合では……』
オープン回線を通じて、世界側の誰かが漏らしたと思われる声が日本側に届いた。尤も、日本側にも動揺は広がっており、この声に対してこれと言ったアクションは起きなかったが。
『こ、こんな話がある物か! に、日本側が言い逃れをするために──』『だから私は言った、国に戻って確かめろと。生きている衛星がまだある事はこちらも掴んでいる、万が一メテオのように日本に落とされるかもしれないと予測を立てていたからな。その対策をするためにデータを集めていたら、それ以上のとんでもない物を見つけてしまっただけだ』
日本が誰に言い逃れをするのかという点は分からないが、その言葉を吐いた敵の人物に対して如月司令は有無を言わせぬ威圧感を込めながら声の主に反論した。この如月司令の言葉に反論は出ず……やがてオープン回線から聞こえてきた言葉は『国に戻り確認する──』という言葉だけだった。そのまま生き残っていた世界連合の軍船は各国に引き上げ、日本側も引き上げた。こうして、たった一日の、数時間戦闘を行っただけで第三次世界大戦はひとまずの幕を下ろした。
光は鉄から降りるとすぐに服装を整え、お昼代わりのゼリー飲料を二つほど飲んでから国会議事堂に舞い戻った。当然全大臣や異世界側の責任者に緊急招集がかかる──事を見越していた大臣達はすでに集まっており、光が来たことで全大臣が揃った。そのまま緊急会議が始まる。
「よもや国の存亡をかけた一戦がこのような終わり方をするとは思わなかったが、今はそのことを横に置いておく。如月司令、疑う訳ではないが再確認だ。先ほど受け取ったデータに間違いはないのだな!?」
そう、光も通信状態で参加している如月司令が嘘を言うとは思っていない。いないが、それでも成長した隕石が地球に激突するなんて話を聞けば確認したくもなるという物だ。しかも最終的に隕石は地球の大きさの3分の2の大きにまで膨れ上がるというのだ。そんな質量を持った隕石が地球にぶつかれば……文字通り、木っ端微塵に砕かれることになる事は誰だってわかる事だ。
『──残念ながら、事実です。観測は今も続けていますが、隕石は地球への直撃ルートを維持したまま接近している事は間違いありません。巨大化現象も確認できています。よもやこんな事が起きる事をこの目で見る日が来るとは夢にも思いませんでした』
如月司令の言葉に、場が静まり返る。そんな中、声を上げた大臣がいる。
「実は、日本に対していくつかの国家首脳陣から秘かに打診を受けています。もし本当に日本が異世界へと転移するなら、こちらも連れてってくれという内容でした。厚かましいにも程があると言いたくなりますよ、戦争を仕掛けておいてよくもまあそんな事を言えるなと」
言葉の終わり際には吐き捨てる様に報告を終えるその大臣の言葉に、周囲も「ふざけた連中ですな」「どこまでも虫のいいことを……」と言った感じの非難的な声が上がり始めたが、光がそれを手で制した。
「そんな奴らの事など放っておけ、いちいち相手にする事は無い。そいつらには私が総理大臣の名と責において拒否していると言ってやればいい。それでも向こうがしつこくしがみついてくるようであるならば、鼻で笑った後に一言、バカめと言ってやればいい。私が許す、責任も取る、存分にやれ。それに、いま私達が話し合うべきはそんな連中の事ではないはずだ。この隕石の一件にどうするべきか、その一点に絞ろう」
この光の言葉に皆が頷き、話し合いを始めるのだが……相手が相手だけに有効な手段など簡単に出てくるはずもない。異世界組の話も聞いて対策も考えるが……結局のところ、この隕石が落ちる時すでに日本は地球に居ない。だから放置してもいいのではないか? という方向に話が進んでゆく。しかも数時間の差ではなく20日以上も差が開いている。それだけ日数的な余裕がある以上、転移にも問題はないでしょうという異世界側の意見もあった。
「ならば現時点では静観が一番良いか……隕石の経過は常に見てもらうが、時間的な問題がない限りは静観する事としよう」
光の言葉でこの場の会議は終わり、皆が引き上げてゆく。しかし、会議場に最後まで残った光は通信を切っていない如月司令に話しかける。
「如月司令、あの隕石は我々をすんなり転移させてくれると思うか?」
この光の質問に対し、如月司令の返した返答は……無言であった。表情を険しいものにしたままで。
「そうか、やはりそうか。如月司令、隕石に関する情報は逐一入れてくれ。あの隕石、突如現れたという点を始めとして何から何まで胡散臭い。だからこそ油断せずに見張っていなければ取り返しがつかない事になる、そんな予感がするのだ。おそらく、司令も同じ意見なのだろう?」
如月司令は、光の言葉に対し『隕石の見張りは厳とします』と言い残して通信を切る。戦争は勝った。しかし、それを喜ぶ時間は光に与えられなかった。気持ち悪さが残る中、転移までの時間を数える砂が落ちる。
という訳で、完走にあっ(察し)と書かれた例の一件が関わってきました。
地球編、クライマックスです。




