表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

72/219

12月23日

『いよいよ明日ですね、マスター』「ああ、いよいよ明日だ。明日ですべてが決まる。我々が輝かしい未来への切符を掴むか、それとも未来永劫世界の奴隷となって朽ち果てるのを待つだけになるのかが」


 クリスマス前日。時は午後の10時を回っている。今光は鉄のコックピットの中にいた。最初は布団の中に入ったのだ……しかし、寝ることが出来なかった。目をつぶればその裏に映るのはネガティブな展開。悲惨な結末。到底これでは休めない、そう考えた光はもういっそのこと寝ずに明日を迎えようと決めていた──尤も、それは光だけではない。日本の大臣たちもそうだ。自衛隊の皆だってそうだ。国民だってそうだった。明日、運命が決まる。今年の2月から始まった一連の行動の結果が突き付けられるのだ。眠気など来ようはずもない。


『結局就寝したのは小さな子供だけ、という感じのようです。殆どの人が明日に不安を抱き、眠れないのでマスターのように眠らぬまま明日を待つことにしたようです。仕方がないと思います、勝負は決着がつくまでどう転ぶかわからないのですから。しかも、世界を相手に一国だけでやり合うんですから尚更怖いでしょう』


 ノワールの言葉に光は頷く。今回の行動に対しては、正気の沙汰ではないなどとっくに日本人全員が分かっている事だった。しかし、それでも明日その結果が出ることに対して不安を感じない者などいないだろうし、不安を感じるななどと言うのも無茶がある。何せ世界に対して一国だけで戦うのだ。異世界の支援があるとはいえ、それでも数の優位は圧倒的に向こうにある。


「おまけに世界各国からやってきた軍船が日本を取り囲んでいるんだ。そんな状況で普段通りに過ごせなんてことを言えるはずもない……暴動などが起きていないだけで十分国民の皆は協力してくれている。不安に押しつぶされる一歩前で必死に戦ってくれているのだ……それだけでも、私は国民の皆に感謝しなければならない。その皆に報いなければな」


 大きく深呼吸をする光。鉄のコックピットの中にいても、各種情報は次々と入ってくる。例の暗殺者の侵攻はどうやらここ数時間来ていないらしい。向こうも明日に備えて余計な事をしないようにしたのかもしれないが、そう思わせて深夜に仕掛けてくる可能性は否定できないため、見張りは結局いつも通りに続けられている。


 また、世界各国の軍船にその姿を見せつけている二隻の船がいる。太平洋側に長門、日本海側に大和。一部改造され後方の主砲が無くなった二隻だが、そのスケールは健在だ。今の世界の軍船は空母を除いて基本的に小回りが利くように小型化が進んでいるため、まさに大人と小さな子供の差がある。装甲の問題はフィールドが解決したからこそ、機動力を重視するために小型化が進んだと言ってもいい。そんな世界の常識に、こんなところでも反抗することになっていた。


『世界の指導者達はでかいだけの的だと笑うようにしているそうですが……相対している軍隊の兵士たちはとてもそんな気にはなれていないようですよ。むしろあの長門と大和の威風堂々とした姿に震えが止まらない様子だという情報がちらほら入ってきています。おまけにあえて目に見えるようにデカい防御フィールドも展開させての威圧行為も行っていますからね。そして明日、その威圧感が決して張子の虎ではない事を世界は知るでしょう』


 物理法則から考えれば、でかい体を持つ存在は基本的に鈍重となる。動かすための力がより必要となるからだ。そして一度動き出すと慣性を始めとした力も働くので止まるのも大変だ。そんな物理法則を、新生した長門と大和は完全に無視する。まるでゲームのように飛んだり急加速したりする事が可能となっているのだ。今はそれをあえて見せていないだけ。世界は明日、その常識を完全に無視した戦い方に驚く所では無い衝撃を受けるだろう。


「まあ、今までの物理法則などもう通用しない存在になってしまったからな、あの二隻は。急加速、急停止、空中飛行なんてのは序の口。それでいて搭乗している人に対しては何の問題も起こさないようにサポートすることが出来るというのだから、まあめちゃくちゃだ。しかしそれぐらい吹っ飛んでいないと世界を一国で相手することは出来ないからな……明日は存分にやってもらおう」


 あの二隻に関しては、大まかな指示しか出さないことになっている。後はあっちが考えて動いてくれる。後はこちらが状況を見て神威・弐式を後方の主砲があった場所に配置した転移装置を活用して送り込めばいい。神威・弐式が消耗したらそこから補給所に帰還させる事も可能なので、戦艦と空母という二つの役割を一気にこなしてくれるありがたい存在だ。


「神威・弍式、零式。長門と大和。日本人と異世界人の連合。明日を迎えるにあたって、やるべき事は全てやれたはずだ。細かいミスはいくつもあったが、周囲の人々がそれをフォローしてくれた。人事は尽くしたはずだ。だが、やはり天命はどう転ぶかが分からない。未来は見えないからこそ怖いな。そして楽しみだな……その楽しみな方の未来を掴むため、今まで日本は耐えてきたのだと私は信じている。いや、きっと今の日本に住まう人々全員が信じているはずだ」


 そう、長きにわたる苦難の歴史も、ここで逆転するためにあったのだと信じるしかなかった。祖先が悔し涙と無数の血、そして命を流して落としてきた意味はこの為にあったのだと。ここで勝つためにあったのだと。そうでなければ、何のために耐えてきたのかが分からない。


『マスター、すべては明日、我々の行動次第です。勝ちましょう、勝って笑って未来を掴みましょう。我々、皆の力で』


 ノワールの言葉に、光は頷く。そして夜は更けてゆき、明日を迎える。日本の皆がそう決意を固めていた──そのころ、別の場所では血が流れていた。




「だ、誰か……」「な、何故だ……なぜこんな」


 某国某場所にて、数人の体から血が流れていた。彼らは日本にやってきた暗殺者達を作るきっかけとなった者達だった。その老いた身に似つかわしくないほどの豪華な服と宝石を身にまとった数名であったが、ほんの少し前、突如何者かの攻撃を受けた。今や服はズタボロで見る影もないどころか、血に染まっていた。いや、いると言うべきか。現在進行形で彼らは手傷を増やしているのだから。


「な、なぜだ。なぜボディーガードがここに来ぬ……」


 息も絶え絶えにそうつぶやく老人の一人。この老人も例外なく体のあちこちから出血を強いられており、手当てを受けなければそう遠くないうちに失血死を迎える事は明白だ。そんな老人のつぶやきに、襲撃者は答えた。


「単純な話だ。先に皆黄泉に送っただけだ。黄泉からこちらへは来れないのが道理だろう?」


 ──目以外を覆い隠す覆面をしているその男の事を光が見たらこう言うだろう。沢渡大佐、と。


「な、なぜこんなことをする……」


 助けは来ない。それを理解した老人は、苦痛に顔を歪めつつも襲撃者たちにそう問いかける。返答が帰ってくることは期待せずに。しかし、答えは返された。


「お前たちが長く我々に与えてきた痛み、苦しみ、悲しみ、嘆き。そのごくごく一部だけでも知ってからあの世に行け。首なども落としてやらん、血が無くなっていく感覚を十分に味わってから逝け」


 その答えを聞いた老人は、目をぐわっと広げながら声を荒げる。


「その言い回し、日本人か貴様らは……! 日本人を使って何が悪い! 日本人は許されぬことをしたから世界に奉仕せねばならぬ、それを理解しておらんのか……っ!」


 この老人の絞り出すような声の絶叫に、別の覆面をした男──言うまでもなく「忍」の一員だ──が返答する。


「はっ、日本人が必死で作った技術を勝手に使い、特許料を支払わなかったから裁判になって負けた。そしてそれに逆上して日本人を無理やり奴隷にしただけだろうが。許されぬことをした? それはお前たちの事だよ。だから今、こうして貴様らを誅するのだ。我々がこの地球から出ていくまでの大掃除だ」


 ゴミを見る目をしながら、その老人へと言葉を投げつける「忍」の一人。他のメンバーも言葉こそ発しないが、その彼の言葉を遮る事もなかった。


「こんなバカな事が……あ、アダシの若さが、蘇るはずだったのにぃっ……日本を、奪いとってっ……技術を奪ってっ……」


 別の老婆がそんな言葉をかすれた声で発する。その言葉を発した老婆に、また別のメンバーが近寄り、こうささやく。


「お前に与えられるのは若さではない。日本人の命、魂、血、汗、涙もろもろを吸い取ってこんな華美に過ぎる豪邸を立て、美食を食ってせせら笑い続けたことに対する裁きだ。なに、心配するな。日本に向けて出撃した奴らも、一日か二日遅れるぐらいでおんなじ場所に送られるはずだからよ。寂しさだけはない、それだけは保証してやる」


 そのささやきを聞いた老婆は、すさまじい歯ぎしりを発した。本当にこれが血塗れて冥土に向かう老人の出す歯ぎしりの音なのかと疑いたくなるほどに。だが、その歯ぎしりの音を聞いても襲撃をかけた「忍」達は誰一人表情を変える事は無かった。


「さて、まだまだ後ろでふんぞり返っている戦場に出てこない誅殺対象はいる。次に行くぞ」「了解」


 そう言い残し、彼らはこの場から姿を消した。異世界からもたらされた転送技術を用いて、彼らはこの一日だけで多数の要人をその手にかける。だが、この出来事が大きなニュースになる事は無かった。なぜなら、それ以上の出来事が地球の人類全員に待っていたからである……。

長かった、ついに次回から開戦となります。24日はもちろん一話では終わりませんので、

24日(その1)のような形でタイトルをつけることになると思います。

やっとここまで来ました……待っていてくださった皆様、本当にありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ