12月21日
年内最後の更新、ぎりぎり間に合った。
「総理、例の侵入してくる暗殺者メカの発見回数はすでに百回を超えたそうです。連中は戦争が始まるその直前まで送り込んでくるつもりなのでしょうな」
忍の沢渡大佐から行われたその報告を聞いて、光はため息を吐き出した。
「この件に関しては、私の判断ミスだ。結界を抜けてくる何らかの手段があるのではないかと予想したにも関わらず、他の事に気を取られすぎた結果……対策を講じることが出来なかった。国民の皆が率先して立ってくれなければ、こちらを疲弊させるという相手の狙いは成功していただろうな」
光の言葉を聞いて沢渡大佐は「すべてに対処できるものではありません、仕方がありませんよ」との言葉をかけたが、光は首を振る。
「いや、総理の立場にある人物が一番守らねばならないもの。それは国と国民だ。その大事な部分に対しての判断ミスは、本来なら総理の椅子から即座に降りなければならない大失態と言っていい。だが現時点で私が総理を下りて新しい総理を立てようなんてことをする時間はないし、そんな事をしたら私があまりにも無責任な人間となってしまうからここにいるだけの話だ」
光は己の失敗をきちんと受け止めていた。いや、受け止めなければ総理とか言う前に人間として問題なのだが。そして受け止めたうえで先の事を考える。そうしなければ総理の椅子に今こうして座っている資格はない。そう光は考えている。
「だが、その失態を国民の皆に救ってもらった以上、こちらが今後やる事はある意味単純明快だ。数日後に迫った決戦の場で、国民の皆があのメカの侵入を防いでよかったと言葉にするだけの勝利を成す。そして、その後は新しい故郷となる異世界へと渡る。この二つを完璧に成し遂げればいい」
そう口にした光は、窓の外に視界を移す。
「だからこそ、沢渡大佐もよく見ておいてくれ。今まで我々はこの地球にて何度も苦難を押し付けられた。悲しみがあった。そして腹立たしかった事なんかはもう数え切れぬほどだ。しかし、この星は我らが故郷。その故郷から我々は永遠に旅立つ時はもうすぐそこだ。だからこそ、今のうちに少しでも美しい地球の景色を、映像などではなく己が心の中に残しておいてくれ。もうあとわずかな期間しか見ることは出来ないのだから」
その光の言葉を受けて、沢渡大佐も外の景色に目をやる。
「そうですな。醜い所も多々ありましたが、美しい所もまた多々ありました。それは忘れずにいましょう……総理、念のためにお聞きしますが、早まったことなど考えておられないでしょうな? 総理から、覚悟を決めてしまった部下と同じような空気を感じるのですが」
この沢渡大佐の言葉に、光は苦笑を浮かべた後に言葉を紡ぐ。
「さすがはその道に生きる者か。なに、安心しなさい。切腹などは考えていない。そんな事をしてしまっては、転移後の日本で働けなくなってしまうからな。そうではなく、転移が終わって差し迫った面倒事が片付いた後に国会を解散しようと考えているだけだ」
国会の解散。それは遥か昔に行われていた事柄。国家のかじ取りを行う人間を国民が選ぶ──今の日本では行われなくなって久しい事だ。
「日本に平穏が戻れば国民も今までとは違った形で物事を見るようになるだろうし、国政に関わりたいと願う者も出てくるはずだ。その門戸をもう一度開くこともまた私の仕事なのではないかと考えているのだ。今まではそんな余裕などなかったが、これからは違う。だからこそ選挙などを復活させていくべきだろうと考えた。国会が、国が中枢から腐って愚かな未来への道を進む事がないように」
むろん、選挙などの手段であっても腐らない保証はない。だが、選挙という風通しが行われれば、国の中心が澱む可能性はかなり下がる。もしそう言った風を通さなければ必ずその場は澱む。そんな澱みが国の中枢から生まれて国全体へと広がるようなことになってしまったら、何のためにここで戦うのか、国を護ったのかが分からなくなってしまう。
「歴史を紐解けば、選挙など千年以上昔の事ですな。これを皆が受け入れる事が出来るでしょうか……?」
日本の歴史をデータから引っ張り出して確認した沢渡大佐はそうつぶやいた。1000年以上絶えていた行為を復活させるのはそう容易いことではない。
「まあ、最初はごたつくだろうが……だがこのままの仕組みではいけない。今までは仕方がない事情があったが、今後は血縁と生まれた立場で国家の中枢を回すのは良い事ではない。自分が今こんな椅子に座っているのも、おじい様が政府の役職にいたという事が理由だからな。そんな理由だけで集った人間のみが今までと変わらずに国政に携わり続ければ絶対に腐る。これは断言してもいい」
悲しいかな、これは歴史が証明している。今まで日本がそんな選挙などがなかったのに腐らなかったのは、ひとえに世界からの無茶ぶりをどうするかという難題を突き付けられていたことと、歴代総理がそんな無茶な環境下で働き続けたためにストレスと過労で、倒れたり発狂したり壊れたりした事で交代が行われてきたからという背景があった。
総理ほどではないが、各大臣や政府関連者でも早々に体を壊す、心が死ぬ、気が付いたら死ぬ一歩手前だったなんて形で政府から去っていく事など珍しい事でもなんでもなかった。いやむしろ、そういう形で生きて離れることが出来た人間はまだ幸せだったのかもしれない。ある日突然倒れてそのまま、という件も1000年のうちに多々あったのだから。なので腐る暇がなかったともいう。それはそれでどうなのよ? と言われたら苦笑するしかないのだが。
「今までが異常だったのだからな……おそらく自分もあと2年あのままだったらぽっくり逝ってたんじゃないか? と今では思っている。今年の2月、向こうからの接触がある前日まではもう何をどうしたらいいのかの判断力その物がかなり薄まっていた面があった。そんな事を考える余裕が持てたというだけでも、今の状況には感謝しないとならないか」
そう喋った後に、茶を飲む光。そんな光を静かに沢渡大佐は見た後に口を開いた。
「なんにせよ、先の報告にあげた暗殺者メカ達の対応はすべて順調です。公民共にこの機会を掴むべきという考えで一致している以上、足並みが乱れる事もなく撃退しています。兵士たちの疲労の蓄積も想定内に収まっているとみて問題ありません。決戦に問題となる事は無いでしょう。その一方で世界側の動きですが……」
一呼吸置いた後に、沢渡大佐が海外情勢の報告を始める。
「全体的にイラついている、という言い方が適切でしょうか。例の暗殺者メカの成果が上がらなかったことに対して、作戦を立案した所に集中砲火が飛んでいますよ。むろん言語によるものですが。作戦を立てた人物は寝込んだとか自殺したとか憶測が飛び交っていますが、そこはまあどうでもいいでしょう。こちらからしてみれば沈んでくれたのであればそれでいい人物ですから」
まあ自殺までは行っていない。行っていないだけともいうが。
「そして各国の船団が次々と出港しています。23日までには日本を取り囲む形になるでしょうな……もっとも、そこで日本海側に浮かんでいる大和と、太平洋側に浮かんでいる長門の新しい姿を見ることになるでしょうが。もし相手が発砲してきた場合、大和も長門も即座に反撃することになっています」
撃ってきた以上反撃してはならないなどと言う決まりはないので、光は頷く。ちなみに大和と長門の配置については、彼女たちの分体がくじ引きをした結果決まっただけである。両者の能力は互角故にどちらがどちらに配備されたとしても構わなかったので、くじという形になっただけである。
「いよいよだな。だが、戦いの準備は出来ている。日本が行う地球での最後の戦争だ、今まで受けてきた苦痛と屈辱。流してきた涙と血。それがいかに重い物かという事を思い知らせてくれる。陛下も私も出陣する準備をしなくてはな……先頭指揮は最初に如月司令へ委任する形にするという事で話が通っているからそこも問題はないな」
翌日から光は鉄の傍にパイロットとして常にいることになる為、戦争が終わるまでの間ここへは戻ってこない。そのため沢渡大佐との最終確認も行っておく。
「はい、後は戦うだけですな。そして勝つ、と。我々も我々のやり方で参戦して問題はないのですね?」
沢渡大佐の言葉に光は無言でうなずく。そして。
「やるからには徹底的にやってこい。くどいようだがこれが最後の機会なのだからな。但し戦死者を出す事は許さん、全員生きて帰ってこい。お前たちの仕事は異世界に渡った後も山とあるのだからな」
光の言葉に頷いた後、沢渡大佐は部屋の中から姿を消した。部下と共に、彼らなりの戦いに赴くのだ。そして一人になった光は静かに空を見上げる。
(やれることはやったはずだ。士気も高まり、勝算も十分にある。人事は尽くしたはずだ……だからこの国に住まう八百万の神々よ、我々にご加護を。幼子が笑って過ごせる未来を掴むために慈悲を。この戦いが国の明日に繋がる一戦であるように)
人事を尽くして天命を待つ、である。その答えが出るのはもう目と鼻の先にまで迫ってきていた。日本の運命は、如何に。
皆様良いお年を……来年が良い年でありますように。
いやほんと、来年はいいことあるといいなぁ。
 




