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3月30日

 小山の上に座って政務を行い、狙撃の気配を察知したら手招きする日々を光が送り始めて、一月ほどが経過した。 徐々に狙撃の気配は数を減らし、今となっては一切の殺気すら感じられない。 もちろん中には直接接近し、ビームガンを乱れ撃ちして迫ってきた部隊もあったが、そのビームガンは全て撃った本人たちに跳ね返り、屍を晒し、その死体はどこかへとかき消された。


 日本の数少ない特殊部隊が行動を起こし状況を確かめたところ、各国の領事館から完全に人が消えており、国内のどこにも狙撃を行なってきたと予想される国の人間は居なくなっているとの事だった。


「フルーレ、そろそろ、この魔法陣を詳しく説明してもらえないだろうか?」


 久々に官邸の中に戻り、椅子と小山を処理し、一月振りの首相政務室にもどった光がフルーレに告げる。 何故狙撃されても襲撃されても自分は死なずに済んでいるのか。 そして襲撃を仕掛けてきた国の人間が跡形も無く消えているのか。


「そうですね、そろそろ教えても良いでしょう。 この魔法陣は、『カルマ・リフレクション』と名前がついております。 我々にある三カ国の首都にも全く同じものが張られております。」


 ここでいったん言葉を切って深呼吸するフルーレ。


「具体的に申し上げれば、善き行いはゆっくりと返りますが、極端な悪意には即座にその悪意を返すと言う魔法陣です。 なので、極端に他者を傷つけたり、殺そうとすればその悪意を他者にぶつけようとした本人にすべてが跳ね返るのです。 そしてその傷をつけようとした者が他国の意思の元に行なわれている場合、その国の人間を強制的に外に追放します」


 強制的に追放。 それはつまり……


「じゃあ、日本から他国の人間が一気に減ったのは……」


 光のこの声にフルーレは事実を返答する。


「ええ、魔法陣によって追放されたのでしょうね、どこに追放するかは完全に不明なので、海に落ちたかもしれませんし、火山の火口に飛ばされたかもしれませんし、宇宙空間で破裂したかもしれません」


 光の背中に一瞬で冷や汗が滲み出す。 確かに世界に対して怒りや恨みを抱いていたのは事実だ。 しかし、こうもあっさりとこの国内を歩き回っていた連中を追い払ってしまったと言う、魔法の力に恐ろしいものを感じていたのだ。


「──よかった、魔法は恐ろしいものとお考えになられているようですね。 そうです、魔法は恐ろしいものなのです。 故にこの力を得たとたん嬉々として、破壊や殺戮に使う人たちには伝えるわけにはいかないのです」


 光がつい浮かべてしまった恐怖の表情に内心安堵するフルーレ。 いくら祖国のためだとしても、魔法の存在を知った途端に暴走し、魔法を利用して殺しを嬉々として始めるような人間達ならば、将軍であるフルーレが直々に殺さねばならない。 そうならずに済んだ事でフルーレは、ひとまずではあるが安心できたのである。


「結局、どこの世界でも力は力と言う事か……魔法にも善悪など無く、それを振るう人間こそが善悪を持ちうるという事になるのか」


 光の呟きにフルーレが反応する。


「我々も魔法による戦争を長く続けていた時代で、世界を崩壊寸前まで破壊しました。 その過ちを我々の世代で繰り返すわけには参りませんので」


 その後に沈黙が訪れる。 つまりこの魔法陣の中では、全ての人間が悪意を持って他者を攻撃すれば不差別にその攻撃を仕掛けた本人に返す。 しかしそうなると、悪口などはどうなるのだろうか? 物理的な攻撃ではないから……。


「フルーレ、この魔法陣は『物理的な』攻撃のみに反応するのか? たとえば悪口によって相手を精神的に攻撃した場合はどうなる?」


 それは言っていませんでしたね、とフルーレが返答を始める。


「度を越した悪口、たとえばその人に対し、自殺を決意させるような言葉や、故意に長い時間悪口を特定の人物に仕掛け続けた場合、怒らせることで暴力的な行動を引き出そうとした場合などですが。 軽度の場合は、最初は度が過ぎる悪意を他人に放ったと警告を受けて一日ほど五感が失われます」


 念のためにだが、五感は、見ること、聞くこと、触ること、味わうこと、匂いを嗅ぐことの5つである。


「そしてその警告を受けたのにも拘らず、同じような悪口を続けると再警告として、強い警告を受けた後に五感を7日失います。 悪口の内容によっては、突然この五感を7日失う罰が下される事もありえます、これほど重いのは、我らの過去にこれ位やらないと更正をしようと考えない者が多数居た為です」


 ここでフルーレは少し時間を置いてから、続きを話し出す。


「そして、3回目や他者を自殺に追い込む度が過ぎた悪口……というよりも精神的な攻撃に対しては……今までの罪が本人に降りかかり、存在が抹消されます、死亡ではなく抹消です。 我々は他者を罵る行為は何よりの恥であるとされておりますので、抹消された者は文字通り髪の毛一本残りません」


 光はもう冷や汗を隠せなかった。 過去と違って今の日本人は仲間であり、家族ゆえに喧嘩は有るが殺し合いや極端な悪口の応酬はまず無い。 が、決して0と言うわけでもないのだ。


「これは国民に通達せねばならない! 何故教えてくれなかったのだ!?」


 光はつい感情的にフルーレに問う。 しかし、フルーレも苦い顔をしていた。


「我々にとっても、1つの国を丸々呼び寄せるというのは、そちらの言葉を借りれば世界の一大プロジェクトなのです。 なので、安易に暴力的な行為を行なったり、他者を平然と罵る人間まで受け入れる事は出来ません、こちらとしても苦渋の決断です。 また、今まで話したカルマ・リフレクションの効果は私達ももちろん対象です。 我々が貴方達を罵れば、話したとおりのペナルティを受ける事になります」


 言われてみればもっともである。 日本は昔から長い間基本的に移民を許さなかった、なぜか。 移民はその国への愛情も何も無く、ただ都合が良いから、金が稼げるから、等の理由で来るのだ。 そして自分の国じゃないからと、すぐに犯罪に走ったり、元から住んでいた人達のルールを無視したりと、とにかく問題を起こしやすい。


 もちろん、全ての移民がそういった行為に走るわけではないのだが、残念ながら、一部でもそういった犯罪行為を始める者達が居れば、全体がそういう目で見られるのだ。


 同じ世界の国同士でも現にそういう問題が頻発するのだ。 ましてや今回はひとつの国を丸ごと転移させる訳であり、やり直しも効かないのだ。 故に向こう側がこちらを試したとしても、止むを得ないのかもしれない。 いくら全滅の危機に陥っているとはいえ、滅亡への時を早める理由など無いのだから。


「──そちらの心情も理解した。 だが発表する事は許可願いたい。 一月もあれば無自覚の悪意をばら撒く愚か者は自然と粛清されたはずだろう……」


 光は声を絞り出す。 今更自覚したのだ、自分達が試されるのは当然の事だと言う事に。 彼女たちは共に歩ける隣人を欲しているのであって、あくまで日本人はその隣人の理想に1番近いだけであると言う事に。 遺伝子的な問題だけなら、それこそそういう部分だけを持って帰れば良いだけ……。


「嫌われても仕方がありません。 ですがこちらも崖っぷちでは有りますが、その崖に飛び込むまでの猶予時間を自ら削るつもりは無いのです」


 きっぱりと言い切るフルーレ、そこにははっきりとした覚悟がある。 自分の命を賭けている者の輝きがある。 その輝きを前に、光は何も言えなかった。


────────────────────────


 後日、日本に張られている魔法陣の詳細が公表された。 一時小さな混乱はあったが、要は他者を無用に傷つけるなという事なので、それが理解されれば自然に収まっていった。 日本人にしてみれば、今までと対してなんら生活などが変わるわけでもなんでもなかったのだ。


 その一方で大混乱に陥っている場所もあった……国際連合の本部である。

一ヶ月進みました。

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