12月11日
「おう、調子はどうだ?」「ああ、俺もこいつもオールグリーンって奴だ。今から戦闘を始めろと言われたって大丈夫なぐらいだぜ」
戦闘配備が行われた場所の一つでは、自衛隊隊員同士の会話が行われていた。
「一応上からもフライングで攻めてくる奴がいるかもしれないからそれなりの警戒はしろとの通達は来ているが、今はそんな気配はしないな」「ああ、もちろん警戒はさぼっちゃいねえよ。あちこちで二式のカメラと肉眼と警戒魔法の三重チェックをしているからな……しかし、魔法か。俺はてっきり永遠にファンタジーの向こう側にしかないもんだって思ってたんだがな」
ここまでの道のりに、色々と思いをはせる自衛隊隊員もいる。今年の2月13日までと14日以降、まるで道が切り替わったかのように怒涛の勢いですべてが変わってしまった。
「魔法で思い出したが、俺を含めてお前らもずいぶんと若くなったよな。俺達の部隊で最高年齢がおやっさんの43だったっけ? それが今はどう見たって20代前半だ。俺達も高校を卒業したぐらいの見た目になっちまったな」「まあ痛かった部分が全く痛まなくなったから、その点はありがたいけどな。そのお陰で思う存分戦える」
指先の感触を思い出しながら動かす隊員の一人が、痛みから解放された左手を見つめながらつぶやく。
「おやっさんも人質扱いされてた妻と子供が戻って来たって大喜びして、その後の張り切りようがすごかったよな」「そりゃ愛娘に『お父さん、お母さんと私の分までお願い』なんて言われてみろよ、張り切らなかったら漢じゃねえだろ」「ほんと、おやっさんだけじゃなく多くの日本人が世界各国に人質を取られてたんだもんなぁ」「自衛隊は危険な厄介ごとの処理班だったからな……大勢の仲間が逝っちまった所も何回見た事か」
この場にはいない『おやっさん』なる隊長はこの場には居ないようだ。
「そうやって殉職していった仲間の分まで、あいつらには思い知らせてやる」「ああ、神威・弍式ってとんでもないものまで預かってるからな。それ相応の結果は出さんとな」「それ相応どころじゃダメだろ、あいつらに一回の戦いで思い知らせるんだ、生き地獄を見せてやるぐらいの考えで行かねえとな」
年末の戦いが地球上で行う最後の戦いとなると総理である藤堂から伝わっているので、このような話になる。
「今までさんざんこっちを嬲ってくれたお返事って奴をしねえとな」「我慢をしてきたのは俺達だけじゃない、一般市民だって、政府だってそうだ。そして、俺たちの世代まで命をつないだご先祖様の分もある」「ああ、やってきた奴らは文字通りに全滅させてやらなきゃ気が済まねえぜ」
これらの意見に、周囲にいる自衛隊隊員たちは全員が一斉に頷く。ここまで長きにわたって辛抱を重ねてきた事で蓄積した怒りを遠慮せずぶつける、それが出来るだけの装備と意志が彼らにはある。
「交代の時間だ。今の所これと言った妙な物体などは発見できていない」「おやっさん、お疲れ様です」「んじゃ次は俺達だったな、行ってくる」
どうやら彼らがおやっさんという隊長が戻ったようだ。それと入れ替わりでこの場から離れて見張りに集中すべく別の場所に行く隊員がいる。
「おやっさん、おやっさんは隊長なんですから見張りは俺らに任せてくれればいいんですよ?」「ああ、気にすんな。何かしていねえと、どうにも落ち着かねえんだよ。散々俺達をこき使ってきたあのクソ共にやっと、やっっと反撃ができる日が生きているうちに来てくれるなんて思ってなかったからよ……」
そのおやっさんの目には涙が浮かぶ。
「今まで大勢の気のいい奴らを死なせちまった。死ななくていいはずの奴らが、やらなくてもいい事を無理やりやらされて……中には意図的にこちらに死者が出るようにしていた連中も居やがった。不審な出来事を個人的に調べて反吐が出るような事実を知っても、俺達はそいつらに何もできなかった。部下に死ねと、こんなつまらない事で死ねという命令を何度も何度も舌をかみ切りたい思いで俺は下してきた。だが、そんな悪夢のような日々がやっと、やっと終わった。終わってくれた」
もはやおやっさんの両の瞳からは涙が頬を伝って途切れる事がない。
「今の総理と、異世界からきてくれた人々に心から感謝する。今まで死なせてきた部下達の分と、苦しませてしまった本来守るべき存在である日本国民の分まで、思う存分あのふざけた連中を思いっきりぶん殴れる機会をくれたんだ。体の調子もいい、肝心要な場所で体が動かなくなることもねえだろう」
ここでおやっさんの目から流れていた涙が止まり、表情も厳しい物へと変化してゆく。
「今まで死なせてきた奴らの分まで俺は戦う。あいつらの痛みの、苦しみの、悲しみのごくごく一部だけでもあいつらに理解させなきゃいけねえ。俺たちの仲間が死んだときに『そのゴミはきちんと持って帰れよ』とせせら笑いながら言ったあいつら! 絶対に許さねえぞ……自分らが口舌の刃でどれだけ深く俺達を切ったのか、最初で最後になるこの戦いで思い知らせてやる……」
周囲にいる隊員はハッキリと見た。おやっさんの背中に立ち上るオーラを。そのオーラからは怒りだけじゃない、悲しみと後悔も入り混じっていると理屈などではなく感情でスムーズに理解できた。そんなおやっさんに近寄る一人の隊員。
「おやっさん、俺はまだ隊に入って日が浅い方だ。でも、俺だって目の前で何人も死んでいった奴らを見てきた。顔だって忘れようにも忘れらんねえ、夢にだって出てきた。だからおやっさん一人で戦う必要はねえよ、俺達だっておやっさんほどじゃなかったとしても、辛い物や悲しい物をいっぱい見てきた。だからおやっさん、俺達も一緒に戦うぜ。奴らに目に物を俺達で見せてやろうぜ」
その彼の言葉に、他の自衛隊員たちも一斉に頷いた。今生き残っている自衛隊隊員たちは世界の無茶ぶりの波を何度も被って来た者達だ。そしてその途中で、何人もの仲間が死んだところを見てきた。そうやって死んでいった仲間を世界はせせら笑いながら、ゴミだクズだと罵ってきた。その仇をいつか取りたいと思っていたのは自衛隊隊員全員にある一つの願いだったと言ってもいい。
「ああ、分かってる。無謀な特攻なんかしねえ。特攻してせっかく異世界の人々が助けてくれた妻や娘を悲しませる訳にはいかねえし、苦難の日々を後世に残し、こうなっちゃいけねえって伝えていく仕事だってある。それにあいつらに持って行く冥途の土産話はそれぐらいじゃ足りやしねえ。あいつらをぶっ潰して仇を取るのは今は通過点に過ぎねえ」
──あと2年。いや1年弱ほど異世界からの使者がやって来るのが遅れていたら、このおやっさんと呼ばれる自衛隊員は特攻してその命を散らしていた。それだけの時間があれば、傲慢でその目を曇らせた連中に対して己の命を捨てて攻撃を仕掛ける準備が整っていたはずなのだから。いや、準備が整うだけではない。彼の心がもう持たなかっただろう。多くの理不尽に死んでいく部下の姿を見せられ続けてきたその人生が、心を完全に狂わせやけを起こさせるには十二分すぎただろう。
「俺達にはもう次の仕事が待ってんだ、総理の言う異世界に行って、そっちで困ってる奴らを助けるっつーでっかい仕事がな。だからこんな場所で死ねねえよ、助けてくれた恩義はきっちりとそれ以上の支援で返さなきゃいけねえ。そうだろ、お前ら!」
このおやっさんの言葉にあちこちから「ああ、こんなところでくたばってらんねえ!」「あんな奴らにくれてやる命はねえよな? 俺の命は恩のある異世界の人達が喜ぶことに使うって決めたんだ!」「おやっさんの言う通りだ、ここは通過点に過ぎねえ。俺達の明日にはでっかい仕事が待ってんだ!」という言葉が次々と出てくる。
「助けてくれた恩義はきっちりとそれ以上の支援で返す、ですか。実に素晴らしい」
そんな彼らの所に、異世界から来たフリージスティ王国出身の戦士達が近寄ってきた。ちょっとした食べ物の差し入れに来たのだが、おやっさんの声が聞こえたようでそんなふうに話しかけた。
「いや、苦しい時に助けてもらっておいてあとでそんなことなどあったか? などと惚けるようなクズにはなりたくねえんだ。ましてや今回はこの国が無くなるかどうかの瀬戸際だったからな……そんな窮地を救ってもらったんだ、だったらそれ以上の支援をして言葉だけじゃなく行動で感謝を伝えなきゃあいけないだろと我々は考えるだけだって話でね」
そんなおやっさんの言葉に、フリージスティ王国出身の彼らも頷く。
「ええ、その考えには同意ですね。こちらの話になりますが、苦しい時に助けてもらっておきながらその時が過ぎれば『そっちが勝手にやった事だろう』なんてことを言ってきた国もありましたからね。もっともそんな不誠実な事をやり続けた国は本当に困窮したときにどこの国も支援の手を差し伸べず、見事に滅びましたが」
異世界側でもそんな話はあったようだ。世界が違っても似たようなことは起きるらしい。
「だろうな、そんな愚か者に俺達は落ちる気はねえ。今は助けてもらうが、向こうに行った後の隕石との戦いを始めとした厄介事では手を貸すからよ、期待していてくれ」
おやっさんの言葉に、笑みを浮かべるフリージスティ王国出身の彼ら。
「ええ、皆さんには本当に期待しています。こっちに来ているメンバーだけじゃなく、本国の方でも皆様の来訪を今か今かと待っていますよ」
こういった話が各地で行われていた。ここまで話が進んだことで、もし光がここで突如心臓まひなどで急逝してしまったとしてももう流れは止まらない。だが、彼にはまだ仕事が待っていたのである──それが分かるのはもう少し先の事。
年末年始の更新については、活動報告の方で。




