11月9日
温泉で英気を養った光が首相官邸に戻ると、いくつかの報告が待っていた。
「光様、転移後の日本皇国がどこに現れるかが確定いたしました。その他いくつかの報告がございますので、お時間を頂きたいのですが……」
フルーレの言葉に光は頷き、大臣たちを緊急召還した。今後の日本に関わる大事なので、大臣たちの集合も早かった。まあ、忙しかった時に比べると遥かに仕事の量が軽減されているため、時間がとりやすくなったおかげでもある。場所を会議場に移し、光は大臣たちと共に話を聞く態勢に入る。
「では、報告いたします。まずはこちらの地図をご覧ください。これが、私達の暮らしている世界の地図となりますが……」
いくつかの孤島はあるが、基本的には大きな大陸が一つ。ただしそのサイズは地球の大地を合わせた広さよりも広い。陸と海の比率だが、陸が四、海が六となっている。そしてその大陸の形だが……
「形が少々いびつな三日月、か? クロワッサンという人も居そうだが……」
とにかく、異世界唯一の大地はそういう形をしていた。そして、北側がマルファーレンス帝国、中央がフォースハイム連合国、南がフリージスティ王国の領地となっているようである。そして、その三日月型をした二つの先端の先をフルーレは指で指し示した。
「そして、日本皇国はここに召還、配置されることになりました。現時点で存在する日本皇国の四季の移り変わりを維持し、温泉をはじめとした施設も失わせない場所……そして一番大事な事は、記録上この場所には空から落ちてくる星が一度も落ちていない安全な場所である事を考慮した結果です」
四季やこちらの状況に配慮した配置である、という事になっている様だ。これならば、問題はないですななどの会話が大臣たちの間で行われる。
「なるほど、こちらの特徴を理解なさったうえで安全性の高い場所への配置……観光だけではなく、いざという時の避難所も兼ねていると考えてもよろしいですか?」
光の言葉に、フルーレは隠すことなく「はい、そう考えていただいて構いません。あと二年後に……星が落ちる場所はだいたい判明していますので、民の避難をお願いしたいのです」と話しながら、次の星が落ちる場所を指し示し……その指先を見た会議場は水を打ったように静まり返った。ややあって、光がようやく口を開く。
「間違い、ないのか?」「はい、星の観測と落ちる場所の研究を続けている魔導士の予測は基本的に外れません。まず間違いなく、ここに落ちます」
フルーレの指が指し示す場所、そこは……マルファーレンス帝国の……王都だったのだ。当然住む人は多いし、国の中枢だってそこにある。星が落ちると分かっても、簡単に移動できる物ではない。
「なんという事だ……そんな場所に隕石が落ちたら大惨事どころでは済まんぞ」
大臣の一人が発した言葉に会議場が静まり返る。自分の国の首都に隕石は降り注ぐ……悪夢以外の何ものでもない。
「ですので、この時を迎えたときの避難所として、ご協力願いたいのです」
フルーレの言葉に、光を始めとした日本側も「これは、協力すべきでしょう」「ですな、こちらの危機を救ってもらっておいて、これを見て見ぬふりは出来ますまい」「ええ、これは一大事ですからな」と反対する意見は出ない。
「分かりました、日本皇国としてその時は協力することをここに宣言いたします」
光の言葉に、フルーレは黙って頭を下げた。そして頭を上げた後に「では、次の報告を始めます」と前置きをした後に言葉を続ける。
「それから日本の皆様より提供された技術によって、こちらの年末に来る戦いに備えた私達専用の機体が出来上がったそうです。この機体は、今後の星々の世界へと出陣する時を見据えた存在ですが……我々の力も発揮できる仕組みになっているそうです。各国用に十機ずつありますが、大雑把に説明いたします」
フルーレ達の異世界組専用機は、マルファーレンスの機体は剣と盾を持った戦士と言わんばかりの荒々しさを持った機体。フォースハイムの機体は一転してローブを着た人物のような外見を持ち、武器も杖をメインに用いる。この杖は魔法発動の媒体だけではなく、直接殴る杖術も使えるように頑丈な作りとなっている。最後のフリージスティの機体は、銃を持った機体だが、二丁拳銃やらライフルやらバズーカやらと各種銃器を備えている。
「各国の得意とする武器を用いる機体というわけだな」「その通りです。これらの機体でうまく戦えれば、私達も星々の戦いに参加できますので」
うまく動ければ、とんでもない戦力になるのは間違いないがな。そんなことを光は心の中で思う。そもそもこういった機体は、異世界側との戦力差を埋めて共に戦うために作っていた。その機体に異世界側のメンバーが乗れば、さらなる力を発揮してもおかしくない。もちろん、十全に力を発揮できるかはまだ分からないが。
「機体の製造にかかった資源などはこちらで全て補充させていただきました。それから、前に総理から頼まれていた隔離魔法陣の方ですが……今月末には間違いなく完成いたします。こちらの制作が終われば、より神威の製作に人を回せます」
以前頼んでおいた、日本を密かに支援していた5つの国に対して最後の礼として置いていく例の魔法陣も順調と聞いてほっとした光である。以前にも問題はないとは聞いていたが、その後に問題が起きないとは限らない。順調に進んでいるという報告は何よりもありがたいのだ。
「総理、隔離魔法陣とは何でしょうか?」
と、ここで大臣たちから質問が上がってきた。日本が居なくなった後の世界がとりそうな行動を話して次の奴隷として狙われそうな国を我々がいなくなった後も護るためだ、と光は話をする。
「なるほど、確かに総理の言う通りになりそうですな。今のシステムに慣れ切った国が、兵器開発関連を除いて自ら働くという事に積極的になるとは思えませんからな。それに、総理が挙げた国は確かに日本を密かに支援して下さっていた国々。その恩を忘れてサッサとおさらばするのは心残りだという意見もありましたからな」
池田法務大臣の言葉に、他の大臣たちも「うむ、確かに」「そうですね、こんな時代だからこそ受けた恩は返さねばなりません」などという言葉が交わされる。
「うむ、そういう事だ。しかし……これは今は国民には話せぬ。話すのは我々が向こうへと旅立った後だな。向こうに行く前に国民に話をして、その情報がどこかから他国に漏れたら例の国々が防衛対策を終えるより先に攻撃対象にされかねん」
光の言葉に、会議場にいる皆が頷く。護りたい国を、危機にさらしては意味がない。こんな時代に秘かに手を貸してくれた国に、人に……恩を返しておきたいという気持ちはみな同じ。だからこそ、今は国民に伝えないのもやむなしであると判断した。
「こちらが今行いたい報告は以上となります。何が質問があれば、受け付けます」
フルーレの言葉に小さい質問がぽつぽつとは出たものの、念のための確認の側面が強かった。一番多かったのは異世界組が乗ることになる機体についてだったが、ある程度動かしてデータを集めなければ分からない点も多かったためにひとまずデータを取ってからという話で落ち着いた。戦力、立ち去った後の始末の準備は徐々に整いつつあった。
9月だってのに、奇妙な暑さがありますねえ。




