11月7日
今回は普段と違って休息回、時間が取れたので更新です。
天皇陛下のお言葉によって日本の熱が高まるなか、光は今温泉に来ていた。これは、総理の周囲にいる人々からこれからもっと忙しくなるのだから、今のうちに休息を取っておいてくださいと懇願されたためだ。
もちろん総理一人ではなく、護衛もついている。そして今、温泉に浸かっているのは光と、池田総務大臣と、2番部隊長であるガレム隊長の三人のみである。光以外の二人はいろいろな意味でのお目付け役として同行している。だがそれだけではなく……
「一人でのんびりと浸かる湯も静かで悪くないが、数人で会話を交わしながら浸かる湯も楽しい物だな」
という事である。一人だと孤独感を感じることが多くなる可能性があるが、そこに二人程同僚がいれば話の一つや二つぐらいは出る。その会話で孤独感を感じることはない。
「それにしても、こうして温泉に来るのも実に久しぶりです……湯に疲れが溶けていくようでたまりませんなぁ」
普段とは違うのんびりとした口調の池田総務大臣。彼は彼であちこち仕事で飛び回っており、疲労がたまっていることを見抜いていた周囲が総理のお目付け役を兼ねて同行させていた……尤も、今は温泉を純粋に堪能している真っ最中であるが。
「いやあ、風呂自体はこちらにもありますがね……このオンセンというものは実にいいですな。イケダ殿の言葉ではありませんが、体に溜まった疲れという余計なゴミが湯の中に溶けていくような感じがしますぜ……」
ガレム隊長も普段の豪快さが鳴りを潜め、穏やかな表情で温泉を堪能している真っ最中だった。余計な事だが、この温泉を堪能した事をほかのメンバーに伝えたら羨ましがられる所の騒ぎではなかったことを付け加えておこう。
「ああ、まさに命の洗濯だな……空を見上げれば満天の星々、体は心地よい温泉の湯……そして、程よく果実水を飲むことで体の中に流れる水が循環して、心身ともに綺麗になっていくような感覚すら覚えるな」
入浴中の飲酒、これはあまり褒められたことではない。なので、今は果実水に止め、酒は夕食時にじっくり楽しむ予定となっていた。
「総理の仰る通り、熱い温泉で口にする果実水というのは実にいいですな」「こんな贅沢知ってしまったら、向こうに帰った時に入る風呂が物足りなくなりそうですぜ」
池田総務大臣やガレム隊長も果実水を楽しみながら笑顔でそんなことを言う。今の彼らは、普段の激務から解放されてただ穏やかにあることが出来る心境になっていた。こうなれたことで、ここで休息をとって欲しいと懇願した者達の願いは叶っているだろう。
「はは、今のうちにしかできない贅沢だ。英気を養うためにも、今日はしっかり楽しんでいこう。そうそう、参考までに聞きたいのだが。ガレム隊長はこの温泉は向こうでも受けると思うかな?」
光は何げなく聞いたつもりでしかなかった。が、ガレム隊長から帰ってきた言葉は……
「いや、ヒカルの大将。受ける受けないとかいう話のレベルじゃねえですよ。住みたい、自分の家にも作りたいとせがまれますぜ! 実際、あっし自身が家に欲しくて仕方がねえ。なんて物を教えてくれたんですか!」
半分笑いながらではあるが、もう半分は真剣な雰囲気が漂うという何とも器用な表情で光の質問に返答を返したガレム隊長。多少驚いた光ではあったが、すぐに満面の笑みとなる。
「そうか、なら温泉宿は向こうに行っても受けそうで何よりだ。さて、そろそろ出るか……いよいよ美味い飯と旨い酒とのご対面だぞ?」
光の言葉に、池田総務大臣もガレム隊長も「待ってました!」とばかりに笑みを浮かべつつ湯船から出る。浴衣に着替えた三人は(ガレム隊長は宿屋の人に着せてもらった)、いよいよ夕飯が用意されている座席へと足を踏み入れた。そこで目にしたものは……
「ほう、これは豪勢だな」「肉も魚もたっぷりありますね、食べきれるでしょうか?」「はーっ、これは綺麗だ。大将の国は本当にすげえな」
順に、光、池田総務大臣、ガレム隊長である。味だけでなく、見て楽しむ、香りを楽しむといった点もきちんと考えられた夕餉の姿に、ガレム隊長は特に感銘を受けたようである。
「ま、見ているだけでも綺麗ではあるが腹は膨れない。頂くとしようか」
腰を下ろして目の前の料理の美しさを一通り堪能した後、光の言葉を切っ掛けとして皆が料理に手を出した。
「この魚、良い感じですね。塩加減が実に見事です」「おお、なんだこの肉!? 口の中で蕩けるかのようにに無くなっちまうぞ!? 大将の国には、こんな旨くて不思議な肉があるんですな!」
じっくりと味わう池田総務大臣とは対照的に、一つ一つの料理に驚きながら食べるガレム隊長。そんな二人の姿を見ながら自分の食事を続ける光。板前さんが張り切ったのだろう、実に美味しい。
「さて二人とも、そろそろ酒も頂こうじゃないか。ぐい呑みを出してくれ」
用意された熱燗を、二人のぐい飲みに注いでやる光。その後池田総務大臣が光のぐい呑みに熱燗を注ぐ。そしてカチンと静かにぐい呑みを三人でぶつけ合った後、ゆっくりと口の中に運ぶ。
「ぐぐーっと来るな。旨い!」「たまりませんな、これは」「っっかーっ! ビールって酒も旨いがこのアツカンってやつもたまんねえ! これまた涙が出そうなほどに旨いですぜ……」
カッ、と体を熱くさせる熱燗の味を堪能する三人。その後は注ぎ注がれで酒を飲みつつ、食事も堪能する。この間、三人の頭の中から仕事の文字は消え去り、純粋に料理と酒の味を堪能していた。まさに、この先苦しい戦いが待っている戦士たちに英気を養う一時の休息となったのである。
「しかし、大将。この酒を飲む器……グイノミとか言いましたっけ? 綺麗なもんですなぁ」
今回のぐい呑みは、切子細工が入ったものだった。光の知識ではどこの切子細工かは分からないが……
「ああ、切子細工と言ってな? ガラスに細かい細工を入れたり色合いを工夫したりという使える美術品のような物だ。歴史も長いぞ?」
各地の地名を入れた切子細工の歴史は長い。その歴史が途切れてしまいそうになった時に必死で繋いだ者がいる。だから今こうして切子細工の入ったぐい呑みを使えるのだ。
「使える美術品ですか。いや、これはいい物ですな」
そう満足げに頷いたガレム隊長は、再びぐい呑みに入った酒を眺め、満足げに飲み干した。
「と、言う感じだったよ今日は。後は寝るだけだな」
そして夜も深まり就寝する直前、光は沙耶との会話を行っていた。近頃は忙しくてこの端末を起動することが減っていたので、その埋め合わせという奴である。
「むう、そのオンセンとやらはそなた達の国がこちらに来た時にはわらわにも体験させてもらえるのじゃろうな?」
そんなやや恨みがましい言葉を返す沙耶。光と話せることは楽しいが、自分の知らないことで楽しんでいる事にはちょっぴり不機嫌になってもいる。
「ええ、それはもちろん。ぜひ来て頂いて楽しんでもらいたいと思っていますよ」
光の返答に機嫌をよくする沙耶。ただし、その温泉に来た時には光がエスコートしなければ機嫌を悪くする可能性が高いのだが。
「うむ、ではゆっくりと休んで欲しいぞ。元気な顔をこちらに来た時にじかに見たいからの」
沙耶の言葉に、光は「ご期待を裏切らないようにしますよ」と一言伝えた後に通信を終了し、寝床に入る。酒が入っていることもあって、すぐさま寝息を立て始める光。こうして、わずかな休息の時は終わりを告げた。明日からはまた戦いに備える日々が彼を待っている。
今回はのんびりですね、熱い展開ばかりだとこちらがオーバーヒートしちゃうのでw




