11月4日(藤堂光の知らないところで)
八月も終わりですね……ですが暑さがぶり返してませんか?
昨日はものすごく寝苦しくて、少し眠かったりします。
『お忙しい中、お時間を取らせてしまい申し訳ありません』「いえ、問題はありませんよ。貴方からどうしても通してほしい鉄の改造案があると聞けば、放置はできませんからね」
この日、如月司令は鉄のメインAIであるノワールからどうしても話したいことがあるとの連絡を受け、忙しい日々の中時間を捻出して直接の話し合いの場を設けていた。
『如月司令もお忙しいお体ですので、回りくどいことは申しません。こちらの私が作ったデータの確認をお願いします』
ノワールの言葉と共に如月司令の下に一つのデータが届き、如月司令はそれを丁寧に読み始め──表情を徐々に……かつはっきりと曇らせていた。
「ノワールさん。あなたはこれがこの先必要になると、ご自分でそう考えたのですか? 誰かの入れ知恵などではなくあなた自身の意思で?」
如月司令がこんな確認をするのも無理はなかった。そのデータを大雑把に言えばこうなる。鉄にはすでに「鉄の血」と言うノワールの能力をフル回転させて鉄の戦闘能力を強化する、パワーアップ能力が備えられている。
だが、今回提示されたのは……メインジェネレーターと砲撃システムを胸部付近で一体化し、ロスの少ない大出力を生み出す。そこから腕を変形させて体の前方に持ってくることで巨大な砲塔と成し、そこから限界を超えた砲撃を行うというアマテラスシステムの追加強化案が記載されていたのである。
『はい、私自身が考え、出した結論です。このアマテラスシステム改は、以前よりも更なる火力が実現できます……もちろんこれをフルパワーで放てば、私は自壊して木っ端微塵となるでしょう。むろん、この攻撃を行うときは私のマスターである光様を先に脱出させた後となります』
つまりノワールは、こんな無茶を行えば自分は十中八九死ぬことを理解している。理解したうえでさらに強化してほしいと頼んできているのだ。如月司令の「だれかの入れ知恵~」という言葉は、その点を指していたのだ。
「そうですか……しかし、こんな火力が必要となる敵がいますかね? 鉄の装備はちょくちょくマイナーチェンジを重ねて強化されていますし、例の防御力を跳ね上げたシールドやフィールドの類であっても、鉄ならば余裕をもって抜くことが出来るとは思うのですが……もしそれで抜けない相手がいたとしても、以前の天照システムを用いた一撃で十分撃破できると思いますが」
ノワールのデータを元に大雑把な計算をした如月司令だったが、どう考えてもこのアマテラスシステムの改良版から生み出されるパワーと破壊力は過剰もいい所であった。このシステムから生み出された砲撃は、出力を25%ぐらいに抑えて撃っても今の地球上にある防衛能力をたやすく破壊して塵も残さないだろう。
まさにオーバーキルもいい所だ……そして出力を抑えに抑えての射撃であったとしても、一発撃てばメインジェネレーターに大きく負担がかかるため、ジェネレーターの冷却が終わるまで鉄の戦闘性能がかなり落ちるはずだ。それこそ以前の天照システムにはなかった大きな問題となりうる。
『AIの私が言うのもおかしな話なのですが……このアマテラスシステム改良版でもって狙い放つ相手は、地球の連合国家相手にではありません。その後に来る何かに対しての備えなのです。人の言う虫の知らせと言うものが該当するでしょうか、どうしても何千回にも渡る戦いのシミュレーションを行っても不安要素がゼロにならないのです。何か、見落としがあるとしか……』
ノワールの歯切れの悪い言葉に、如月司令は腕を組んで考える。
(見落としですか……ノワールさんが何を見ているのかが分かりませんが、もしかしたら我々が無意識に忘れてしまっている事か、可能性があるがあまりにも確率が低いために無視している事に気が付いている可能性も捨てきれませんか。この先ますます忙しくなるのは間違いありませんし、大きな戦争も待っています。ノワールさんの虫の知らせ、無視しないほうがよさそうですね)
それに、具体的な改造案まできっちりデータに乗っているので、今から始めれば十二月の決戦前には改良を間に合わせることは十分可能である。普通は無理だが……実は先日、さらに異世界から想定外の技師の応援が来たことが大きい。
神威に興味津々で、向こうでデータなどを見ているだけでは物足りなくなってしまった為に半分押し掛けるような形でやってきてしまった者達だったが、その分腕はいい。人数も数十人いたので、一人一人の労働時間は短くなり、休息を取れているから体を壊すこともないだろう。
「お話は分かりました、ノワールさんは私たちが見落としている何かに気が付いている可能性があります。それを放置するのはまずいことであると、こちらも考えます。幸いこのデータはしっかりと作られていますし、この変形機構の要求内容も無茶は少ない。本日から早速、鉄の再強化に移ります。それでよろしいですね?」
如月司令の言葉に、ノワールは感謝の意を伝える。
『あやふやな理由であるにもかかわらず、こうしてさらなる改造を受け入れてくれたことに感謝します。いざと言う時に十二分の働きをすることで、今回のお礼とさせていただきます』
如月司令も、ノワールが働かないなんてことは微塵も思ってはいない。いや、むしろ信頼しているからこそ今回のノワールの話を聞き、そして提案を飲んだというべきだろう。AIだからこそ気が付く何かがあり、それを防ぐ手段を具体的に上げてきたと言うのも大きい。
「いえ、こういう時に気が付く何かと言うのは不思議とよく当たる物なのです。備えあれば憂いなしとも言いますからね、兆候がはっきりと脅威に変わった時に慌てても遅いんですよ」
いつだってそう、いつの時代でも危険な兆候というものは少し前から顔を出しているものだ。しかし、その兆候は小さかったり見えにくかったり、時には脅威につながりそうにないという雰囲気を漂わせることが多いために多くの場合は見落とされる。
そしてその兆候が危機に変わった後で、こういう兆候があったのなんだのと偉そうに言う人間が出てくるのだ。しかし、事が起こった後では遅いのだ。兆候を感じ取って事前に対処できねば偉くもなんともない。そこが分からない人間は案外多い。
『そうですね、私もそう思います。そして、そんなことで日本の将来に影が落ちる様な事になっては困ります。私もAIではありますが、人が心と表現するような物では日本人のつもりです。だからこそ、何かあった時にも対処できる一手になっておきたいのです』
このノワールの言葉を笑う人は多いかもしれない。だが、如月司令は笑わなかった。いや、むしろ真剣な表情になる。
「──なるほど、その言葉である意味納得できましたよ。自爆することになっても守りたいものがある。貴方も思考とは別な所で他者を護りたいと願う様になっていたのですね」
彼女がAIであるとか、そういったことはもう関係がない。体などが違うだけで、彼女自身は間違いなく日本人の一人であると如月司令は感じた。そこに理屈などが入り込む余地はない。そう感じたから、そうなのだという直感に近い物なのだ。
『おかしいことですか?』「おかしい事ではないですね、素晴らしい事であるとは思いますが」
そんな短いやり取りの後、小さな笑い声が二つ起きる。だがその後、如月司令はこう続けた。
「ですが、その身を簡単に砕くような結論は下さないでください。お金が掛かるとかそういう意味ではありません、貴方の事を大事な仲間だを思っているのは私だけではありません。おそらく藤堂首相もそうでしょうし、貴方と話をしている多くの人たちもそう思っているはずです。早まった真似だけはしないように、良いですね?」
如月司令の言葉に、ノワールも『ええ、分かっています。これは万が一への備え。出番が来ないのが一番ですから』と返して、むやみやたらと特攻するわけではないという意思を示す。こうして、鉄にさらなる切り札が積まれることとなる。その切り札を使わなければならない日は果たしてくるのか? それは今の所、誰にもわからない。
作中では二か月切ってますが、書くべきことが多くて物語の進みがスロー。
申し訳ないですが、ご理解を。




