10月28日
色々やってたら、こんなに時間が過ぎ去っていました。
先日行われた神威・零式の戦いぶりを異世界側にもお披露目した翌日。光は再び多くの書類と格闘するサイクルに戻った。今回の神威・零式を用いたトーナメント上位進出者の正式な自衛隊参加関連の書類を最優先で片付け、総理大臣の名の元に任命。彼らは先日の説明通りに自衛隊では目の届きにくい場所や、戦闘の最中で死角となってしまっている場所へのサポート的な運用をすると正式に決まり、今後は開戦までVRと実機を用いた訓練を主に行う事になる。それらを記した指令書を、今光が完成させた。
「よし、これを防衛大臣に。今後彼らは自衛隊員の遊撃部隊として働いてもらう」
光からの書類を受け取った官僚の一人が、一礼の後に執務室を出ていく。どんなに時代が進んでも、やはり重要な物はデータではなく媒体を用いて形が残るものが重視されている。だからこそ、こういった重要な物はデータとして残すのはもちろんだが、紙と言った媒体にはっきりと明記されてから指示が下される。
「決戦まで、あと二か月ほどですか。我々にやるべき事があれば、遠慮せずに仰ってください」
本日の光の護衛を担当しているフルーレ直属の部下が発した言葉に、光は顎に手を当てながら少し思考する。
「そう、だな。今日はこのまま書類との格闘になる。なので退屈かも知れないが、このまま近くで護衛を頼む。無論何かの緊急事態が起きた時は臨機応変にな」
光の言葉に、護衛メンバーは頷く。そのまま光は仕事に戻り、護衛メンバーは邪魔にならない距離を保ちながら護衛任務に当たった。昼が過ぎ、今日はこのまま何事も無く一日が終わろうとした時。光の部屋にある総理専用の電話がけたたましく鳴り響く。通話の為に回線をつなぐ光。
「私だ。何があった? ──それは本当か!? しかし、陛下自らが仰られたとあれば……分かった、すぐに出て陛下の元に向かう。車の手配を頼む」
通話を終了し、椅子に腰かけた光は一つ息を大きく吐き出す。それから目を見開いて、護衛を務めているメンバーに「出かけなくてはならなくなった。なので、現場に向かうまでの護衛を頼む」と指示を飛ばし、護衛メンバー側も「はっ、すぐに準備を整えます」の一言で了承。その後車に乗り込み皇居に向かう光の周囲を複数の騎士達が空と地の両方から護衛した。そうして何事も無く専用の車で皇居に到着し、護衛の騎士達は、皇居を護っている他の騎士や日本人たちと連絡を取り合いながら護衛任務を続行。その一方で皇居に入った光はというと──
「陛下、失礼いたします! お話は伺いました。その上で申し上げます……陛下のお考えを改めて頂きたく、この場に参上いたしました」
電話によって伝えられた事、それは。何と陛下も此度の戦いに出陣する意思をお持ちであると言う事であった。言うまでもなく、とんでもない事だ。天皇陛下が神ではなく国の象徴となったのは遠い昔の事だが、それでも陛下の存在と言うものは非常に大きい。ころころと総理が変わっても、天皇陛下という象徴があるからこそ日本は長き歴史においても揺らがなかったと言っても良い。その陛下が戦場に出る、というのは色々と問題がある。言うまでもないが、万が一に討ち取られる様なことになれば混乱は必至。それだけではなく、陛下が戦場に居る、隣にいると言うだけで萎縮してしまう人が多数出る可能性も高い。さらに、訓練を受けていない陛下が戦場に出ても、言い方は悪いが邪魔になるだけの可能性もある。なので、光としては陛下が戦場に出ると言う考えは改めてほしいと言うのが本音である。
「──私でも分かっている、今回の申し出が異常である事は。しかし、だ。次の戦は天下分け目どころか、国家存亡をかけた一戦となる。そのような時に象徴などと言われながら奥地に引っ込んでいるだけの存在に何の意味がある。たとえどんなに技術が進歩しても、扱う武器が変わっても。結局それらを動かすのは人だ。そう考えたからこそ、光総理は戦場に自分が出ると公言しているのだろう?」
陛下の一言は、確かに光の考えそのものだった。将が前に出なくて、どうして兵が戦えると言う戦国時代の考え方に近い。だが、光は総理だ。例え戦って戦死しても、すぐに変わりは立てられる。しかし、陛下は唯一無二の存在だ。陛下が戦死しましたから、次の陛下を立てましょうなんて事をするのは言語道断。国の象徴である陛下をそんな軽々しく扱っていいわけがない。
「陛下、私は総理大臣です。替えが効きます。しかし陛下は──」
大事なお方なのです。そう光が続けようとしたが……そんな光の声を陛下の声が遮った。
「替えなど無い! 光、お前は替えが効かぬ存在なのだ!」
普段は穏やかで、声を荒げられた所など見た事が無い。そう言われた陛下が突如大きな声を出した。その事に、光は固まる。
「良いか、光総理。今、この国は貴殿の天運という名の船上に乗っていると言っても良い。そして、敵の矢面に貴殿が率先して立った事により民も奮い立った。今は、私よりも貴殿がこの国の象徴なのだよ。そんな貴殿は、替えが効かぬ大事な身である事を忘れてはならぬ。そんな貴殿が戦いに出向くと言う。それを聞いてしまっては、もう我も我慢が出来ぬのだ。実はな、VRのシステムを密かに皇居の中に入れてな、神威・零式と言ったか? あれを用いた訓練を今日まで密かに行って来た」
この陛下の発言に、光はあっけにとられた。まさか、陛下がその様な事をしているとは思わなかったからだ。言葉こそ穏やかに話されているが、口になさっている事は色々ととんでもない内容である。
「無論、万が一を考えておらぬわけではない。すでに皇位は、私が死ぬと同時に変わる手続きは全て取ってある。今の私は上皇という扱いになっている、と考えてくれてよい。だから、案ずることはない」
いや案ずることはないって、それは無理があります。と、当然光は考える。そして周囲に視線を送って、陛下をお止めしなかったのですか? という疑問を周囲のお付きの人達に投げかける。その光の視線に返って来た物は、小さな首振り。おそらくは止めたのだろうが、陛下が納得しなかったと言った所かと光は当たりを付けた。
「無論、戦いに出るとは言っても最前線に出るつもりはない。最前線は自衛隊の皆が担当するのだろう? そこに私がのこのこ出て行っても邪魔をするだけになるのは分かっている。だから、私は回避行動と後方からの大型キャノンによる支援射撃の腕を磨いた。これならば、要所要所で射撃するだけでも仕事ができる。そして混戦になれば引き、誤射の心配がないスペースが出来ればチャージを済ませておいた一撃を放つ。これが一番私が邪魔をせずに貢献できる戦闘方法であろう」
この陛下の発言を聞いて、光は思考する。確かに変に最前線で戦われてはまずい。だが、陛下はその事をすでに考えておられた。後方射撃の大型キャノンによる支援なら、討ち取られる心配もそうはない。そもそもそのキャノンを持つ神威がやられると言う事は、完全な負け戦になっている時ぐらいしかない。それに、陛下が戦うとなれば士気もより高まる事は容易に考えられるので、悪い事ばかりでもない。しかし、肝心の腕前が良くなければ困るのも事実。訓練をしていたと言われても、やはり一度見て見なければ何とも言えまい。そんな光の思考を、陛下は先読みした。
「無論、こんな言葉だけでは信用されないのも無理はない。なので、一度見て貰おうと思う。私だけではなく、近衛の者も数人含むがな」
陛下、一体何をなさってたんですかとツッコミを入れたくなった光であったが、相手が相手だけにぐっとその感情を呑み込んだ。そうして連れられてVRの世界で陛下を始めとした数人の戦いぶりを見せて貰った光であったが、ここで良い意味での誤算が起きた。
(──陛下、なかなか……いや、かなり強いぞ!? 射撃の腕はもちろんだが、回避行動能力も悪くない。自衛隊との合同練習に混ざっても、十分戦力になるだろう。仮想敵も実戦レベルで激しい攻撃を仕掛けて来ているにもかかわらず、近衛の皆さんと協力して迎撃が出来ている。これだけ戦えるなら、陛下のご意思を尊重して戦って頂く選択をとっても良いかも知れない)
陛下と近衛の連携は、自衛隊の操る神威・弍式に決して劣るものではなかったのだ。その動きを、神威・弍式より性能でやや劣る神威・零式で行っているのだから、陛下が相当の訓練を積み重ねてきた事は想像に難くない。ならば、陛下に御出陣いただいても良いのではないか。光の考えもそんな風に変わってきていた。
(神威・零式でここまでやれるなら、陛下と近衛の皆さんが乗る外見を少々変更した専用の神威・弍式を発注しても良いかも知れない。この後陛下とも話し合ってみなければ。今は非常時、戦える戦士は一人でも多い方が良い。後の世で何を言われようと知った事か……目の前に迫りつつある困難を乗り越える事が出来なければ日本は沈むのだ。取れる手段は全て取るべきだ)
その後、訓練を終えた陛下と夜遅くまで様々な話し合いを行った光。そして後日、陛下も出陣することを国民に知らせる事が決定した。後の世で、陛下すら引っ張り出したとんでもない総理大臣として光の名前が残ることになる。
次回更新は未定です。生存報告みたいな物ですので。
 




