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10月22日

 光がVRの中で自衛隊隊員たちと一戦交えてから数日後……今度は異世界組から技術班班長を招いて、ある物の生産報告も兼ねた会議が行われていた。


「──という形で、トウドウ総理から直接要請を受けていた例の障壁発生装置は五つとも十二月の頭には完成します。それにしても、要請通りに障壁を通過できるのは毒性のない水と空気だけとしてしまいましたが……本当に良かったのでしょうか? 一度展開してしまうと、兵器どころかその国に住む善良な人の出入りもできませんが……」


 例の、日本に対してぎりぎりの範疇で支援をしてくれた五か国に対する礼として渡す予定となっている障壁装置の進展が報告された。現在日本を覆っている障壁の能力をさらに上げて、ごく一部の物しか通さないようにチューンアップした物となっている。


 この光からの要請を受けてその通りに作っていた異世界側の技術班班長であるが、ここまで強力な物にしても良かったのかと首をかしげている。この障壁はチューンアップを大幅に行った結果、外から害する物が入れなくなるようにもなっている半面で中から外に出る事も出来なくなると言う最上級のレベルなのだ。


「ああ、設計は間違っていない。それらの事実を伝えた上で、発動するかどうかの判断はその国に任せようと思う……十中八九、我々が地球からいなくなれば次のターゲットになるのは彼らと私は見ているがね。今は我々という解りやすい目標が居るから世界が一致団結しているように見えるが、その内側はヒビだらけだ。


 だからこそ標的とされている我々が居なくなれば、即座にお互いが持っている数少ない物資を狙って戦争ころしあいを始める可能性が高い。だがその前に、我々が居なくなっても世界から奴隷扱いされている日本と共存共栄して出来る範囲で協力してくれた国が、その事を理由に他国から狙われる可能性は十分にある。そう言った情報は完全に封鎖することは難しいからな、完全に封鎖したつもりでも何処かに情報が流れている事はよくある事だ……ばれていると見て良い」


 一度言葉を区切り、飲み物を口に含む光。その後ため息を一つ吐いてから話の続きするためにその口を開く。


「今はこっちを相手にしているから後回しの形となっている為に狙われないのだろうが……その後もずっと標的にされることはないと言う可能性はほぼ無いだろうな。世界からしてみれば『あの日本を援助していたなど許しがたい。故にかの国は我々の要求を飲め』というのにちょうどいい形になる。


 要は日本が消えた後の新しい奴隷要員とする事で、日本が消えた事による影響を出来るだけ少なくするだろう。それに、あの五か国は物資の量も他の国よりは遥かに多く持っている。食料を始めとした生活必需品という名の物資をな。そう言った物をまず間違いなく略奪しに来るさ、今の世界は酷く飢えた狼だ。食い物があればそこに容赦なく群がって食いつくす」


 この世界は飢えた狼という発言に、この場に集まっているすべての者が頷く。まあ古来より弱肉強食の言葉にもあるように強い者が弱い者を食う、もしくは支配して来た。それも一時期収まり、植民地という言葉は歴史の上で学ぶ事の範疇に収まっていた時代もあった。


 しかし、ほんの少し前までの日本はまさにその植民地としか言いようがない状態であった。物を一方的に取り上げられ、多くの人が奴隷として扱われ死んでいった。そんな事をしてきた世界が、日本が居なくなったからこれからは手を取り合ってお互い生き残るために頑張りましょうとなるだろうか? なる訳がない。そんな事になるのなら、世界はもっと平和で穏やかになっている。


「そんな狼たちから護るためには、強靭な家を用意して相手が飢え死にするのを待った方がいい。飢えていると言うのは言い換えれば、餓死が目前にまで迫って来ていると言う事だ。そして、目の前のごちそうが絶対に手に入らないと分かればどうなるか。共食いするしかない。


 そうして散々に共食いさせて弱った所で打って出るもよし、そのまま完全に飢え死にするまで待ち続けるも良し。あの五か国の技術と生産力を考えれば、世界から断絶されても数百年は余裕をもって持ちこたえるだけの力はある。そこから先は彼ら次第という事になるが……さすがにそこまでいけば、もう地球上にいない我々が出来る事は何もないだろう」


 光が喋り終えると、会議場は一瞬沈黙に包まれる。光の発言を受けて、そんな未来が容易に想像できてしまった事により……沈黙するしかなかったのかも知れない。だが、この沈黙を破ったのは障壁装置を作っている異世界側の技術班班長だった。


「なるほど、お話は分かりました。今までの歴史や情勢を鑑みた場合、十分にあり得ることであると言えます。しかし、そうなると特に強い注文が入った『毒性のない』という部分はどうしてでしょうか?」


 この質問に対し、光は一言。実に簡潔に答えた。


「核対策だ」


 悲しい事であるが、二十世紀以降に散々問題にされた核問題はこの時代まで進んでも一向に解決しなかった。いや、むしろ劣化させずに核の長期保存を可能とする技術などが出来上がって、更に洗練されたが為に、核兵器は国家に一つは必須などという状態にまでなってしまっていた。小型化しても威力は二十世紀に存在していた核爆弾とは比べ物にならず……そんな核を所持していない国はたった一つだけ、日本のみという状態になっていた。


 そして核を双方が持つからこそ、第三次大戦がここまで危ういバランスながらも起きなかったのだ。自棄を起こして道連れなんてされるぐらいなら、ある程度の妥協は双方ともするべき。その損した部分は日本から搾り取ってやればいい。それが今までの世界の国々のやり方であった。


「なるほど。あの爆発力だけでなく、大地や大気を汚染するあれへの対策でしたか。それならば確かに最上級の強度を持った障壁でないと不安になりますな……魔法でもないと言うのに、あれだけの威力を持つ爆弾を生み出せる技術。つくづく惜しいですな、その力をもっと別の方向に使えていれば」


 そう言って首を振る異世界の技術班班長。しかし、歴史の一片はこう示す。人が一番頭を使う事は、人を殺す方法の研究であると。むろんこれが人間の本質であるとは言わない。だが、完全な否定が出来ないと言うのもまた事実である。故に過去の世界大戦では多くの新兵器が登場し、多くの人が亡くなったのだから。


「食料の生産と言った大事な部分まで奴隷とした日本人にやらせていたが、兵器関連だけはどの国も自国の人間でやっていた。その方面だけは日本人の手を一切借りることなく進化しているよ。しかし、兵器だけでは飯は食えない。それを今は世界の国々は痛感しているだろう。だからこそ日本をもう一度攻め落とそうとしているんだからな」


 極端なたとえをすれば、力のある王がなかなかいう事を聞かないからという事で農業、漁業、畜産などの食料生産に関わっている人々を皆殺しにしたと言う表現に近いのが今の世界の情勢だ。もちろんある程度の余剰はあるから即座に飢える事はない。しかし、生産が行われなくなれば物資はいつか必ず尽きる。そして今はその物資が尽きていく事が分かる情勢となっているので、一番焦っている頃合いと言えるだろう。


 よく歴史の勉強をすると、『なんでこんな馬鹿なことしてんの? こうすればもっと良くなったのに』という事を言う人がいるが、それは冷静に神の視点から物事を見れるから言えるのだ。その場でその時代を生きている人に、神の視点はまず与えられない。だから後の時代の人から見れば愚かに見える事をやる時がある。


「が、もちろんこっちはそんな世界の思惑に乗る理由はない。やるべき事をやったら永遠にさようなら、だ。手を出さなきゃ何もしないが、攻めてくる以上は容赦なく叩きつぶす。しかし、その我々の行動の結果、我々が地球を旅立った後に日本をこっそりと支援してくれた国々に災難が降りかかるのを放置するのも不義に当たるし、寝覚めが悪いと考える国民もそれ相応にいるはずだ。


 そう言った心残りをなくすためにも、この障壁の製作を頼んだ。国民には情報の漏えいを防ぐために、発表するのが向こうにわたってからとなってしまうが、こればかりは止むをえまい。流石に前もってこの障壁の情報を持ったスパイが紛れ込んで、阻止された場合はどうしようもない」


 光の言葉に「確かにそうですね」とか「うむ、あの国は厳しい情勢の中、かなりの支援をしてくれた。そんな恩義を受け取っておいてなにも返さずに旅立つ事になってしまったらと、心残りがあったのは事実ですな……」等の発言もちらほら。無理もない、栄えている時には人は寄ってくるものだが、苦しい時や厳しい時にはとばっちりを避けるかのように去っていくものだ。しかしその苦しい時に手を差し伸べてくれる稀有な存在に、恩義を感じないと言う人はこの時代の日本にはいない。


「分かりました、お話もこうして伺った事で確認も取れましたし、障壁の方はこの方向できっちり仕上げます。この障壁を作ることで、日本皇国の人々に心残りが無くなると言う事ですし最高の一品に仕上げますよ」


 胸を張って言う技術班班長。その班長の態度に光も「よろしく頼む」と返答を返す。


「では、次は神威・弍式に関しての報告になりますが──」


 この後、異世界からやって来ている部隊が乗る特殊仕様の神威・弍式の生産、ならびにオプションパーツの開発と予算のやり取りも行われた。これにより、日本の自衛隊が運用する神威・弍式と異世界組が運用する神威・弍式、そして数日後に行われる一般公募のパイロット選出決勝進出者が決まれば、パイロットも出そろう事になる。戦いの足音は、もうはっきりと聞こえてきているのだ。

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