2月25日
「なんだと!? 天皇陛下まで暗殺の標的にされただと!?」
池田総務大臣(62歳)が慌てて報告してきた話によると、親日国であるいくつかの国からの暗号による情報で、現総理大臣である光を暗殺した後に、天皇陛下まで暗殺する手はずになっているという情報に光はやや取り乱した。
「どこぞの国のネズミが、あの時のフルーレ殿と一緒に陛下の御前で話をした首相の事を本国に流したのでしょうな」
池田総務大臣も苦い顔が半分、怒り顔が半分の表情を浮かべている。
「くそっ、だがスパイでも、日本が捕まえれば国際犯罪扱いだ、あの時は放置するしかなかったからな……」
光も歯噛みするが、何時までもこうしているわけには行かない……その時、光はふと思った。
「その暗号の情報からだと、必ず俺を先に殺すことが暗殺の絶対条件なんだな?」
念押しで確認を取る。
「はい、間違いなく総理が先ですな……とはいえ、あの無法な連中がどこまでそれを守りますか」
池田総務大臣にとっては、今の世界の国々は無法地帯に限りなく近いと考えている。
「ならば、こちらに来た新しい戦力で防衛に当たらせましょう……16番隊隊長!」
フルーレの声に、すぐさま音も無く現れる一人の男性。
「聞いていましたね? すぐさま取り掛かりなさい」
敬礼をしてすぐに消える男性。 ちなみにこうほいほい出入りされる事自体、本来なら大騒ぎすることなのだが、今はもう非常時と言うか異常事態なため、そこに突っ込む人はいない。
「それと同時に、俺に出来ることもしよう……俺が生きていると分かっている時点で、天皇陛下に表面上は暗殺に向かえないはずだからな……」
そう言いながら光は立ち上がる。
「「出来る事ですか?」」
池田総務大臣とフルーレの声がハモる。
「池田総務大臣、ハリボテでいいので、外見だけは立派な椅子を、部下に命じて用意して欲しい。 それからフルーレ、土の魔法が得意な部隊に頼んで、小高い山を首相官邸の庭に作って欲しい」
「「?」」
池田総務大臣とフルーレは訳がわからずお互いに顔を見合わせるが、光が「申し訳ないが頼む」と、もう一度頼むととりあえず、と言う感じで用意に向かいだす。 二人が出て行ったことを確認した後、光はふと机に乗ったままになっていた、フルーレに読ませた日本と世界の歴史が記された書類を手に取った。
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西暦2400年ごろ。 宇宙への進出はもはや当たり前のことになっていた。 地球では枯渇してしまった鉱石類を始めとし、あらゆる資源の獲得、宇宙ステーションの建設、それに伴う宇宙観光業などあらゆる分野が宇宙で活躍を始めた。 その宇宙へ進出した国の中には、当然日本の名前もあった。 そのときの世界の人々は、このまま大宇宙航海時代が花開くと予想していた。
時は過ぎ、西暦2700年ごろ。 宇宙進出における産業は絶頂を迎え、宇宙ステーションだけではなく、コロニーも作り出され始め、第二の故郷を作ろうという勢いであった。 月にも都市が作られ、人々は更なる未来に希望と夢を見ていた。 しかし、ここから人類は緩やかに転落を始めた。 技術の格差が酷いと表現するのも生易しいほど、当時の世界各国の中で技術力の差がつき始めていたのだが、その当時、1番の技術力を誇っていたのが日本だった。
日本は西暦2500年辺りから、技術の提供を諸外国からかなり強引な方法で迫られるようになっていた。 技術の提供条件は明らかに不当な条件ばかり提示されたのだが、その当時の日本政府は争いを大きくしないためと言う理由で、その不当な条件を飲んでしまった。 そんな前例を生み出してしまったが為に、ここから日本が技術を作っても、その技術は格安で買うことができるという状況を生み出してしまい、世界に利用され始めてしまう。
そうして日本から流出に近い方法で技術が流れ、宇宙における技術競争がより激しくなった。 そしてその絶頂を世界的に見れば、迎えたのが西暦2700年ごろと言う訳である。 だが、200年もたてば、流石に日本も世界から重要な技術を秘匿する方法を嫌でも身につけている。 海外に渡すのはもう必要がない、日本にとっては古い技術のみを流すようになっていた。
そうして秘匿している技術を元に、日本は世界に対して従順なフリをして、宇宙におけるさまざまな産業のトップを密かに走っていたのだが……この秘匿情報の存在が西暦2930年ごろに世界に気が付かれた。 世界は西暦2700年をピークに、徐々に徐々に新しい技術の獲得状況が鈍化して行っているのに、日本だけはその気配が薄いとスパイなどを通じてさまざまな国が知っていた。 そして西暦2950年ごろ、世界は日本がブラックボックスのようなものの中に、最先端の技術を隠していることを突き止めてしまった。
世界は日本を糾弾した、日本は技術を提供するのが決まりではないかと。 日本は言い返した、技術を生み出すのがどれだけ大変かと。 ましてやその最先端の技術を生み出す苦労は並大抵の事ではない。 それをただに近い金で技術を渡せと言うのは、そちら側の一歩的な暴力だと。 それに我々は今までに情報、技術を世界に数多く発信してきた、その事実を忘れてこちらを糾弾するのは話が通らないと訴えた。
この話は国際裁判に持ち込まれ、裁判の勝者は日本であった。 今までの日本による技術提供は、間違いなく今日の発展に大きく貢献しており、また最新技術を格安で渡せというのは、日本の言うとおり暴力である事、むしろ今までの日本に対する不当な条約の破棄、ならびに賠償をすべしと国際裁判所で決定された。
賠償額は兆どころか京の単位にまで上り、[ちなみに京とは、10の16乗で兆の上]日本限定での好景気が訪れた。 しかし、他国の金を裁判の結果で、今まで支払われていなかった技術料を取り返しただけとはいえ得てしまったわけで、一気に他国の景気を悪化させた。
もちろん日本側も、今までの技術料を一斉に支払わせて、破産に追い込む様な愚かな行動は取らなかったが、日本の技術を用いて物を作っていた世界の国々の産業がことごとく停止に追い込まれていった。 日本の技術を使って物を作れば、当然その分の技術料を日本に納めねばならず、そのお金を支払う能力は、景気の悪化によって支払える余裕がなかった。
そのため、戦争以外で日本を貶めるにはどうすればよいかの一点で世界中の首脳が連絡を取り合い、口裏を合わせあい、生まれた結果が『日本による世界征服をでっち上げる』事だった。 あまりにもアホな話なのではあるが、この話が多数の国の共謀で通ってしまった。 通ったとたん、世界各国は日本に押し寄せ、あらゆる技術を盗み出して行った。 お題は全て『日本の世界征服を証明する証拠』の一言で済むのだから。
そしてブラックボックスの中身すらも持ち出して、新しく研究をし始める世界各国。 だが、世界も肝心な事を忘れていた。 その最先端を生かす事ができるのは、既に日本人だけになっていた事に。 日本から来た技術を流用して物を作る。 それを200年も繰り返していれば、自分たちが新しい物を作るという知性はかなり消えてしまっていた事実に。
ここに、妙な関係が生まれる。 日本人を完全に消してしまったりすると、自分達も今ある技術が使いこなせなくなり、いずれは共倒れになる。 かといって日本人を自由にしてしまうと、ますます世界との技術格差が開き、本当の意味で日本人に地球を征服されかねない。
日本による1人勝ちを阻止し、日本人側から折れて世界に頭を下げさせる為に、更なる嘘の事件を多数でっちあげて、世界は日本の行動力をあらゆる方面から押さえつけた。 日本の技術を使った労働を日本人に行なわせる、まさに奴隷の様に扱う正当性、日本人を押さえつけていい理由を持つ為に。 そして、最終目標として日本の事を時間を掛けてゆっくりと潰す所までが、その計画に盛り込まれていた。
そんな歪な世界が形成されれば、どんなに日本人が馬車馬のように世界で働いても、世界全体から見れば緩やかに技術などは落ち込んでいく。 なにせ、日本人に働かせれば自分たちは食糧生産などの一部を除いて、ほとんど働かなくて良いような情勢を作り上げてしまったのだから。 西暦3300年ごろになれば、もう大半の宇宙ステーションや月の都市は、運営が困難になり放置され、コロニーの建設も白紙に戻り、歴史が逆行を始める。 これらが止まったのは単純な話で、人手が足りないからである。
AIの開発なども、世界が日本人に対して研究を禁止した事で完全に凍結され、それに応じたロボットも製作されなかった。 日本人の反乱を恐れて、である。
数少ない日本人が必死に努力をする事で、辛うじて地球の経済状態は回っていたが、宇宙の方まで手が回るはずもなく、宇宙開発も自然にひっそりと幕を閉じていく。 僅かに残ったのは、無人機による資源調達のみであった。
そこから更に300年後の西暦3600年後になれば、新しい物を作れるのは、世界から見れば一握りの日本人だけと言う異常事態になっていく。 日本人を奴隷の様に働かせる事と、軍隊の維持にばかり世界各国は気を使う様になっており、そこに物を創造すると言う思考は、ものの見事に抜け落ちていた。 物を作るのは日本人の役目、そんな考えが普通の考えになっていたからだ。 日本人が反抗したら押さえつけるために、どこの国でも軍隊だけは充実していたが。 なお、武器に日本人が爆弾などを仕掛けないように、細かいチェックは常に入っている。
そんな世界も日本人にとっては、今を生きるために、いつか立ち上がるその日が来た時の為に、今あるバトンを子孫に残すために、そのためだけに物を作り続けた。 自分の時代は報われないと思っていても、もしかしたら自分の子供には、孫には、何らかの助けが来ると、希望があると愚直に信じ続けた。 諦めないない、投げ出さない、へこたれない。 その魂の意地を日本人はこう言い続けた……『大和魂』と。
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光はその歴史が記されている書類一式を机に置く。
「そして西暦も4000年台に入り……ついにその日が来た、祖先から受け取ったバトンを今ゴールに届けるために! ここからは日本の反撃だ! 大和魂は健在なり、耐えて我らは明日を掴む!」
こんな歴史、書いておいてなんですけど嫌だ。