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10月11日

「総理、酒でも飲みに行きませんかい?」


 執務室で仕事を行っていた光の所に第2部隊の隊長であるガレムが突然やってきて、開口一発そう言い放った。そんなガレムの行動に?マークを頭上に浮かべて首をかしげる光。


「酒か……ガレムと飲む酒は楽しいからそれ自体は悪くない誘いだが、それはいつごろ行くんだ?」


 それでも何とか気持ちを立て直した光は、ガレムにそう質問する。ガレムとの酒は楽しい席になるから行く事自体は構わないのだが、今のガレムは酒を飲みに行く日にちや時間を指定していない。例えば『今日の仕事が片付いた後で』と言った感じで誘うものだが、それをガレムは一切口にしていないのだ。これでは光も答えようがない。


「いけねえ、いつ行くのかを言わねえと総理も判断できねえですよね。そうですな、今から行きやしょう」


 この言葉に、光は『は?』というような呆気にとられた表情を浮かべる。なぜなら、今は仕事中……の前に、午前の10時を少し回った所である。たとえ仕事がなかったとしても、まずお酒を口に入れるような時間ではない。ましてや総理である光がのんびりと酒盛りをしてていい時間とはとても言えない。


「ガレム、一体どうした? いくらなんでも──」


 酒盛りにをするには早すぎるだろう、と言葉を続けようとした光が机の上に崩れ落ちる。もちろん死んだわけではなく……魔法によって眠らされただけである。そしてそれを行ったのは、姿を消して密かに近づいていたフルーレであった。


「上手く行きましたね、では早速行動に移りましょうか……」


「全く、光の旦那は無茶が過ぎる。働かない怠け者は困るが、働き過ぎるのも同じぐらい困っちまう。よし、お前ら光の旦那を例の場所に運ぶんだ。そっとな、そっと」


 ──


 さて、なんでこんなことをフルーレとガレムの二人がやったのかという理由は先日、10月7日までさかのぼる。とうとう日本を覆っているバリアの抜け道に気がついた奴らが出てきた事により、どのように対策をするかで会議はかなり長引いた。


 以前から光はそんな方法で攻めて来るかも知れないとの予想を立ててはいたものの、残念ながら予想だけでは済まなくなったことによる精神的な苦しみが光に重くのしかかった。もちろんそれは光だけではなく、日本の大臣達にものしかかっていたが。


 だが、この苦しみが今まで色々と無茶な事も含めて動いてきた光の体に疲労感という陰で膨らみ続けていた爆弾のスイッチを押させることになった。それにより、光の顔色はこの日よりかなり悪化する。


 普通ならばすぐさま休息をとるべきレベルであるが、光は魔法の修練を済ませていたために自分自身の体に簡単な強化魔法をかける事により無理やり疲労に対処して仕事を続けていた。しかしながら、そんな姿は当然周りの人にはすぐにばれる。


「総理、ここは大事を取って休息を。御身を崩されては……」


 と、日本の大臣メンバー&異世界の隊長達&沙耶から言われていた。しかし、せめて目の前の問題がある程度片付くまでは休めないと判断した光がこの意見を却下し、働き続けていた。魔法でのごまかしも効きが悪くなってきていたが、あと数日だけ持たせてある程度の見通しをつけなければいけないと考えて仕事を続けていたのだ。休むのはそれからだと。


 そんな光を見た大臣達&異世界の隊長達が結託。光を無理やりでも休ませようとする作戦を実行。異世界組が取り寄せた短期集中治療が可能な機材一式を持ち込んでの下準備。その準備が終わったのがこの日の午前9時半ごろになる。機材の最終チェックも終わって問題が出なかったことを異世界組と裏で確認していた『忍』が見届けた後に作戦が開始された。


 そして冒頭の話に戻る事になる。ちなみに睡眠に掛ける為には一瞬精神的な隙が出来た時の方が効きやすいので、ガレムが朝っぱらから酒に誘った事により光の精神的な動揺を誘ったのである。


 ──


「よし、これで良しだ。このまま光の旦那を6時間ほどここでこのまま静かに休ませろ。良いな?」


 ガレムの指示に敬礼で応える集中休息治療の担当者。フルーレの魔法によって無理やり眠らされた光は、身軽な服に着替えさせられた後に集中休息治療のカプセルの中でその身を横たえていた。念のために言っておくが、着替えさせたのはガレム配下の男性隊員である。


 カプセルの中にはベッドに特別配合を行った空気を鼻と口から送り込むためのマスク。それに加えて、脳に適度な刺激を与えてより深くリラックスさせるためのヘルメットの様な物が備え付けられている。カプセルの中の空気も回復魔法の効果が程よく発揮されるように配合されている。これは鼻と口から取り入れている空気とはまた別物になる。


「光様もかなり頑固な所がありますから……今回はやむを得ないでしょう。ひとまずこの装置を使って6時間も休めばかなり体調は改善されるはずですから、お仕事はその後に頑張って頂く事にしましょう。もちろん相応のお叱りを頂くことになるでしょうが、致し方ありません」


 この休息装置、1時間で10時間分の休息をとることができる……と理論上ではされている。今回光を6時間、つまり60時間分ほど集中して休ませればかなり改善されるだろうと周囲は踏んだ。幸い光の指示がなくても何とかなるレベルまでは仕事も進んでいた事も異世界組は日本の大臣達から確認している為、不安はない。


「大将は頑張りすぎなんだよなぁ。確かに今回の話はやべえってのはこっちだって分かるけどよ、だからって体を壊しちゃいけねえだろ……大将がここで倒れたら、そっちの方がはるかにやべえ展開になっちまう」


 ガレムの言葉に、その場にいる全員が頷く。いざという時に動き、そして決断することができる人間は貴重である。要職についている者であれば尚更だ。だからこそ、それが出来る光にここで倒れられる訳には行かないのだ。


「この装置も乱用はまずいですが、今後数回は光様が使う事になるかもしれません。常に整備は徹底しておきなさい、良いですね?」


 フルーレもそのような言葉を担当者に投げかけ、担当者も「心得ております」と返す。この6時間の休息により、光の体調は大きく改善する。不測の事態でいきなり光が倒れ、指揮系統などが混乱するという展開は、これにより回避されることとなった。


 ──


「今回の事に対する詳しい話はすでに聞いている。皆に迷惑をかけてしまったようだ」


 そして6時間半後。目を覚まして再びしっかりとした服を纏ってから皆の前に姿を現した光は、今回の一件に関わった全員に向かって頭を下げていた。


「もう少し、もう少し頑張らねばと気が焦った結果、自分の体の事を蔑ろにし過ぎていた事に今回の一件で重々理解した。上がそんな様子では、だれも落ち着いて仕事もできないし休む事も出来まい。それを私は分かっていたつもりで分かっていなかったという事か……我ながら情けない」


 なまじ魔法を習得したことにより、肉体の強化や疲労をある程度抜く……感じでごまかせてしまった事が出来てしまったが故の無茶な仕事っぷりであった事を、光は重く受け止める。視野や考えが狭まっていた事で、大臣を始めとした他の人からの忠告を聞いているつもりで聞いていなかったこともはっきりと自覚し、反省する。


(ある意味、独裁者になりかけてしまっていたと言っても良いかもしれない。こうして止めてくれる者が居なければ、私もまた大きな間違いを引き起こしていたかもしれない、か)


 目を閉じ、大きく息を吐く光。そしてゆっくりと目を見開いてから口を開く。


「今回の事については、感謝こそすれど非難するところはない。お蔭で今ははっきりと目も見えるし言葉も聞ける。むしろそんな風に体がおかしくなっているのにもかかわらず、仕事をし続けてしまった私の方にこそ非があるだろう……改めて言う、ありがとう。そして、申し訳なかった」


 光の言葉に、ホッとした空気が流れる。例えその人の身を案じて行った行為とはいえ、了解を得ずにやった事なので相応の怒りを買ってもおかしくはない。関わった者はそう考えていたが、光は感謝の言葉こそ述べたが、そう言った非難や叱ると言った言葉は一切口にしなかった。そのため、良かったと内心で思ってしまうのは無理のない話である。


「だが、この体だ。休息を取らせてもらったとは言え、今は大事を取って酒などは控えておこうと思う。誘ってもらったが、悪いな」


 との光の言葉に、苦笑するガレム。ガレムももちろんこんな状態の光を酒場に連れていくつもりはない。どうせ酒を飲むのであれば楽しい席が良い。疲れていて休息が必要な人を無理やり酒の場に連れていく様な考えは、ガレムの中には初めから一切なかった。そんな考えを光も理解したうえでそう言ってきたのだろう……と、ガレムは解釈する。


「だが、何とかこれで12月に入るまでは極端に仕事漬けという事も無さそうだ。12月に入るまでは休みもしっかりと取って、戦いに備えなければならない。済まないが、これからも頼むぞ」


 この事により、より日本側と異世界側の仲が強固な物になった……のはよかったのだが、フルーレの健康に関する監視と沙耶の心配性までもが強化されてしまい、光はちょっぴり居心地の悪さも感じるようになってしまうのであった。

忘れたころにこそこそと

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