10月7日
十月に入り、日本が各種準備を行っている時にとある国でも様々な日本への侵攻をより綿密にするための会議が連日にわたって行われていた。
「──というように、この日本に展開している障壁は我々の現行兵器ではどうやっても打ち破れません」
「その報告はもう聞き飽きたぞ! その上で何か手段がないのかと考えるのがこの会議の目的だろうが!! 貴様はオウムか! 同じ言葉をを繰り返す事しかできんのであればその席を立ってオウムをそこに置け!」
そしてそのとある国でもいかに日本を屈服させて、再び奴隷として扱えるようにするために色々な話し合いが行われていたが……現時点ではこれと言った解決策は出ていない様だ。尤も、解決策が生み出されてしまっては日本にとっては非常に苦しい事になるのだが。
「しかし、人もダメ、兵器もダメという原理不明の障壁です! あらゆる国が障壁展開後にあの日本の総理であるトウドウを殺すべく行動を起こし、すべて失敗したのはご存じのはずです! 我々とて手をこまねいていたつもりはありませんが、この障壁はいまだに突破方法が分からないのです!」
そして、この国の兵器開発担当者も声をやや荒げる。得られたデータから日本を覆っているバリアを解除、もしくは破壊しようと考えている様子であるが、とことん上手く行っていないのだろう。そうしてこの日の会議もあとは罵声のやり取りになるだけと思われたが……ここでひっひっひっと薄気味の悪い笑い声が聞こえてきた。
「だれだ? 今の笑い声は!?」
会議の議長も務めているこの国のトップが怒鳴り声を上げる。だが、その怒鳴り声に臆することなく一本のひょろい老婆の手がゆっくりと上げられた。この老婆も会議の正式な出席者である。
「ひっひっひ、この婆ですよ、今の笑い声はねえ。なあに、ちょっと思いついたことがあってもしかしたらと思うとつい笑い声がとめられなくてねえ」
その言葉に、会議に参加していた人々の視線が集中する。何か手段があるのか? という期待が籠ったその視線は、並の一般人なら逃げ出したくなるような物が……殺気に近いものがあった。だが、その視線を一人の老婆はむしろ面白そうに浴びている。
「ちょいと、映像を担当している人。映像のNo.24、14分ごろのをもう一度流してもらえないかねえ? そこにちょっとしたヒントがあるとこの婆は見たんだよ」
老婆の発言を聞いた映像担当者は、すぐさま言われたとおりの映像をセットする。「準備完了しました!」の声に老婆は頷く。
「よしよし、じゃあそこから3分だけ流しておくれ。それを見てから話を続けようじゃないか」
そして映像が流される。その映像には光が動かした『鉄』によって、サルベージ船が壊され、這う這うの体で逃げ出していく映像が映っていた。すでにこの会議では何度も流された映像である。映像を見る者の目はどれもが『この巨人め、忌々しいことこの上ない』という感情を浮かべている。
「それで、これの一体どこが貴様の思いついた事と繋がるのだ?」
その3分間の映像を見終わった周囲の人達からはそんな声が漏れる。当然議長でもある国のトップも同じことを思ったようであり、強い口調で老婆に説明を要求した。
「肝心なのはその巨人の姿ではないよ。ほれ、ここを見ておくれ」
映像をいったん止めさせて、老婆が指し示したのは日本を覆っているバリアの境目だった。そこには『鉄』によって吹き飛ばされたサルベージ船の破片が、バリアを通過していた瞬間が映っていたのである。さらに大きくその場所を拡大して、その光景は見間違いではないと会議に参加している全員が確認した。そして最初に気がついた老婆に再び視線が集まる。
「確かに人や兵器は通さないんだろうさ。だが、何から何まで通さないという訳じゃあなさそうだねえ。実際、あの巨人だってあのバリアを通過している訳だしねぇ。つまり、抜け道ってのは不思議とあるもんさ。ならば、この破片のように人や兵器などではない悪意のない存在ならば通過できるんじゃないかい? 例えば救助目的の医療専用ロボット……とかどうだろうねえ?」
この老婆の指摘は実に的を射ていた。敵意に反応する強力な異世界組が展開したバリアだが、魔法の力を使わずに動く上に敵意がない生物じゃない存在と言う物は異世界側には居なかった(ゴーレムも生物ではないが、ゴーレムを作り上げて指示する人の内容に敵意があるので反応する。例えば『あの国の中で暴れ回ってこい』など)。
そのため、日本側も異世界側も気がついていない抜け穴がぽっかりと空いていたのである。この老婆の発言により、もしかしたら……と考え始めた事で会議場の中でざわめきが起こり始める。
「だから、小さな医療用ロボットを使ってこう指示すれば通過できるんじゃないかねえ? 『日本の中に悪質な伝染病が蔓延、その病原菌を消毒するために日本の内部に入り薬をばら撒け』て感じでさ? これなら悪意はないわけだしさあ?
──そしてその医療ロボットが運ぶ薬は、病人には薬となるが健常者には毒となるような物を用意すればいいんじゃないかい? これなら薬にも悪意はないわけだから通過できるんじゃないかねえ、とこの婆は踏んだのさ。そして使う薬の種類はこちらの言う事を聞く催眠薬みたいな物にしてさ、狂った日本人に内部から崩壊させれば……どうだい?」
この言葉の効果は強烈だった。今までどうしようもない、打開策が見つからないと暗闇の中で悩み続けてきた人々に光を見せるには十分すぎた。座っていられなくなり、次々と意見が飛び交い始めた。
「な、なるほど。確かに機械であれば害意をごまかすことは可能か! そして指示されている内容自体は攻撃ではなく支援、援助に当たる事だからな!」
「今まで弾かれていたのは攻撃する、殺すための意思と存在だからって訳か! それを逆手にとって、『日本を助ける行為である』と言う意思を持つ機械に向かわせれば確かにあの憎たらしいバリアを通過できるやもしれん!」
先程までの陰鬱な雰囲気は吹き飛び、この方法を取るために必要となる具体的な計画が練りあがり始める。それにこの方法ならば今から準備を始めても12月には間に合う上に、日本に効果的な打撃を与える事が出来る可能性も高いと判断されて……この場に居る全員の満場一致で可決される。こうして日本が各国に作らされる事で生み出し、各国の国々に残してきた『人命救助』のために扱われるべき技術は、『人を苦しめる、殺す』技術にすり替えられていく事になる。
「よく気がついた、この作戦が上手く行ったら相応の待遇を与える事を約束しよう」
「ひっひっひ、老い先短い婆だから死ぬ前にできる限りの贅沢をしていきたいからねえ。そのためにあの国の人間を奴隷として死ぬまで目一杯働かせる事は必須だからねえ。それと申し訳ないけれど、口約束だけでは不安でねえ。ここで一筆書いてくれないかい?」
「全く、強欲なババアだ。が、今回の話はそれに報いる必要がある内容でもあるか……」
会議が終わって、解散した後に行われたそんな言葉のやり取りの中、お互いの頭の中で金を数えてゆく。自分が肥える為にだけのそろばん勘定。そこに、他者への思いやり、痛みの理解といった物は一切無い。
それを一言で表現するというのであれば『魂が腐った』とでも表現するのだろう。だが、彼らはまだ気がついていなかった。日本を覆うバリアの決定的な穴を見つけたがゆえに気がついていなかった。『因果は巡り巡って戻ってくるものだ』という事を。
──そして何より、この会議は『忍』のメンバーによってすでに盗聴されていたという事も。
(──この場でこの二人の事をくびり殺してやりたいが)(気持ちは分かるが抑えろ、それはまだ早い)
偵察、盗聴などの任務に当たっていた2人の『忍』は眼だけで会話を済ませると、すぐさまこの情報を一番上の上司である沢渡大佐に伝える。この情報を受け取った沢渡大佐は事の重大性を理解し、すぐさま確認のため光に報告。遂に見破られてしまったこの戦法に対する対策の為、光と異世界からやってきたメンバーは走り回ることになるのだが……今のバリアを張り替えるわけにはいかない以上、侵入されることを念頭に置いたうえでの迎撃作戦を考える事を余儀なくされる。
この戦法はこの国だけが行うのか、この国が他の国に情報を渡して数を増やしてくるのかこの時点では全く読めず、光を始めとした首脳陣は渋い表情を浮かべる事となったのである。そして、12月前に日本に対して密かな支援を行ってくれていた国に渡す新規のバリアは、こういった攻撃も無力化する能力を持つ事が必須条件となった。
「そう言う頭を、もっと平和と多くの人の笑顔を生み出すために使えばいいものを! 他者から奪う事だけにしか使えないのか!」
日本側の首脳陣は、誰ともなくそんな文句を口にしたという。




