10月4日
久方ぶりの更新です。
「これが世界の出した最終結論か。予想はできていたしやっぱりなという気持ちでもあるが……やはり苛立ちは隠せんな」
「はい、残念ながら。こちらの資料にある通りです。どうやっても我々を諦めきれない様ですな。全くもって腹立たしい限りですが」
異世界側との会議が終わって数日、暦は十月に入っていた。日本が異世界転移をするまで二か月を切った訳であるが……日本の転移時期が迫ってくるとともに、世界情勢には世界規模の戦争が始まる嫌な匂いの様な物が強まっていた。
「備えあれば憂いなしと考えてもいたし、お前達『忍』から入った今までの情報も吟味していたが……やはり、戦場に多くの者を送らねばならん。この運命はどうあがいても変えられんか」
光はそうつぶやき、ため息をつく。なぜならこの日、沢渡大佐によって持ち込まれたのは、世界側のいわば日本侵攻計画書、その完成版だったからだ。もう戦争が起きず、静かに異世界に移住することができるという可能性はこの時点で完全になくなったのである。もともとゼロに近い可能性ではあったが、それでも可能性があるのと完全に消えたとの違いはかなり大きい。
「仕方がありません。世界のわがままを何時までも聞き続けるような訳には行かないのです。それに、今回は時間を稼げば国ごときれいさっぱり逃げきる事が出来ると言う一面があるのですからずっと良いでしょう。我々のご先祖様は『奴隷になるか戦って負けるか』しか選べなかった戦いに向かわれたのですから」
『忍』の沢渡大佐は、そう光に言葉をかける。念を押しておくと、このご先祖様の戦いとは第二次世界大戦の事である。
「そうだな、そう考えれば今回の状況ははるかに良いと言える。幸い今なら世界を相手取っても十分にやり合える戦力は整いつつある状況にもなっている。この計画書からしても、十二月にならなければ大がかりな侵攻は無いとみていいだろう。もし小規模で何処かがこちらにちょっかいを出してきた場合は、西村君に活躍してもらおう。もう神威を隠しておく必要もないからな」
幾らバリアがあるとはいえ、全く反撃しないと言うのはいろいろと問題がある。もっとも世界の資源状況や弾薬などの量から予測すれば、そんなちょっかいを日本に掛ける余裕はないだろうが。
「では沢渡大佐、十二月までは世界のあらゆる情報を『忍』に継続して集めさせるように動いてほしい。もっとも、こんなクリスマスに引っ掛けた分かりやすい計画が持ち上がっている以上大きく動くことは無いだろうが、念には念を入れてな」
光の言葉に、「はっ」とだけ声を発した沢渡大佐は姿を消す。そうして執務室に一人になった光は溜息を吐く。
(分かってはいた。世界情勢から考えれば戦争は避けようがない事は重々理解していた。だが、それでも血を出来る限り流したくはなかった。他の者に知られれば『甘い!』と怒られるだろうが。しかし今日、こんなものを見てしまった以上は相応の結果を出す事にしよう。向かってきた敵はすべて殲滅するという結果をな)
目を覆いたくなる光景が繰り広げられることになるだろう。多くの命が消える事になるだろう。それも、世界にあると思われる現行兵器では神威・弍式や零式の装甲をまず抜くことができない以上、一方的な虐殺になるだろうとも。だが、未来は常に変化するものであり、最終結果が出るまではどうなるかは誰にも分からない。
(フルーレ達が展開してくれたバリアのお蔭で、暗殺がないと保証されているだけでも気はかなり楽だがな。機体があってもパイロットを暗殺されてしまってはどうしようもなくなってしまう可能性が否定されるというのはありがたい)
敵国の兵器を動かさないようにするには、起動前に破壊、パイロットを始末、燃料を消失させると言った手段がある。だがどの方法も敵国に忍び込む事が出来なければ不可能であり、その忍び込むという手段は異世界側が日本に展開したバリアにて完全に封じられている。念のために異世界組にも日本の周囲を見回ってもらっているが、新しく侵入された形跡は無しとの事だ。
(それに、前回の会議で判明した異世界側の問題に対して、転移後は日本皇国となる我々がより貢献していけるように土台を整えねばならない。国民への発表、そして襲い掛かってくる隕石への対応。こんな所で躓いている時間はない。何せ転移した二年後には容赦なく隕石が降ってくると確定しているようだからな)
そう、こんな所で止まっている時間は全くない。異世界に転移した後も外交問題やら隕石への対応やら、その他にも予測できない色々な面倒事が舞い降りてくるのは間違いないだろう。何せ今まで生きてきた、歴史を作ってきた場所とは全く違う世界に降り立つのだから問題や面倒事がドカッと増えると考える方が自然である。
(もういっそのことこちらから世界に打って出て……という事を考えるのももう何回目か分からんな。でもそれをやってしまえば、我々も海外に居る破壊者や略奪者と同じところにまで堕ちてしまう。そんな愚か者になるのはお断りだ)
そして結局のところ、専守防衛という形に落ち着いてしまう。これもまた日本人ならではという所なのだろうか……武器は持っても積極的に攻める事はしないという結論が出るのは。そんな事を光が考え、思考することを中断した時に通信の呼び出し音が鳴る。
「もしもし、総理ですか?」
通信の要請をしてきたのは、光陵重化学の如月司令だった。
「ああ、そうだ。如月司令、何か問題が起きたかね?」
光の言葉に、如月司令は「総理に相談したい事がございます」と告げてきた。その相談内容とは、神威・弍式の一部にも光専用機『鉄』と同じく魔法発動の機構を組み込ませてほしいとの申し出だった。
「ふむ、しかし今の自衛隊、ならびに日本国民はまだ魔法が使えんぞ? 魔法の習得などに関する情報は転移後に行う腹積もりだったからな。そうすると、異世界側で乗りたいという申し出があったのか?」
光の言葉に、如月司令は「はい、そうなのです。先日総理が仰った言葉を受けて、実際に動かしたいという意見が出てきまして」と返答。光は「ふむ……」と顎をさすりながら考える。
(今は無理でも、向こうに転移した後は各国にいくつか調整した物を配備するつもりではあったが……良く考えれば、今から取り掛かっておく方がデータが取れるか。後はいくつかの確認を行わねばならんが)
「要望は理解した。が、肝心の生産速度はどうなのだ? 肝心要の冬に数が足りぬと言った事態になったら非常に困るのだが……」
この光の質問に、如月司令は「それは問題ありません」と自信をもって答える。
「生産速度は上昇しております。また、品質も高い状態で維持できるようになってきており、神威・零式に回すパーツは目に見えて減ってきております。12月には当初の予定よりもさらに多くの神威・弐式を配備することが可能です。そういった余裕が出てきたからこそ、総理に今回のお願いを打診することになった訳でして」
生産速度が上昇し、余裕が出てきたというのであれば問題はないか。一つ目の心配事が消えたので、光はさらに質問を投げかける。
「では、その魔法発動体を仕込み、搭乗状態で魔法を発動できるようになった弐式の扱いはどうするのだ? あくまで実験機としてデータを取るのか、それとも冬の戦いに実戦投入するのかを確認したい」
光の更なる質問に、如月司令はよどみなく返答を返す。
「実戦投入を考えております。異世界側の魔法攻撃、ならびに補助を得意とする皆様の協力を得まして、機械である弐式や零式にも補助魔法が効果を及ぼすかどうかなどのデータも取りつつ、有用性を上げるための試行錯誤を行いたいのです。時間はあまり残されておりませんが、できる事を一つでも増やしておきたい……と考えまして」
──そうか、機械だからといって、魔法の効果が全く及ばないという考え方をしていてはダメか。西村君の乗る機体はほぼ科学の力だけで作られているが、神威・弍式や零式、そして私の鉄などは魔法の技術も多く含まれている。何らかの効果が及ぶ可能性は十分にあるな。
「解った、現場の考えを尊重しよう。何の結果や成果が出なくても構わないからやってみてくれ。責は私が持つ。できる事が一つでも増えれば、それだけこちらの戦士たちを生かす事ができる」
光の了承を得た如月司令は「采配に感謝します、総理。では早速部下達に命じて神威・弍式の更なる改良、オプションパーツの製作に入ります」と返答をして通信が途切れる。
(未来は見えん。だが、新しいものはこうして生まれてきている。絶望ではなく希望があると信じて進もう。避けられぬ戦いもあるが、それを乗り越えよう。いかに襲い来る困難をうまく乗り越えるかどうかは、総理である私の腕にかかっている……か。だからこそ、人前で不安にならずどっしりと構えなければな。上が乱れれば全体が揺らぐ)
日本転移まで……そして戦争開始までのカウントダウンは確実に刻まれている。
今日を逃すといつ更新できるか分からなかったので、頑張ってみました。




