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9月17日

そっと上げてみる。

 日本が着々と神威弐式を量産している間、諸外国の軍部は大騒ぎだった。兵器を作るための鉄を何度もリサイクルしてきた訳だが、それも日本技術者がいなくなったことも影響してもはや限界を迎えていた。


 だからこそサルベージして過去の純度が高い鉄を少しでも得ようと言う手段まで行ったのだが……その結果は日本からやってきた鉄の巨人に船を壊されるわ、肝心の鉄はオカルトめいた現象が発生して根こそぎ持っていかれるわと散々だった。


「あの国は一体どうなっている!! あの国には何が住んでいると言うのだ!」


 そんな事を、多くの外国首脳が叫んだのも無理はないかもしれない。自分達がやられれば、間違いなく屈するであろう状況下で千年の刻を耐え続け、一転して攻勢に出た途端に奇妙すぎる方法で次から次へと引っ掻き回してくる。その上で今回の日本の総理も全く読めない。


 なにせ国連にてあんな演説というか宣戦布告のような事を述べた上に、銃を構えた相手に向かって威圧だけでトリガーを引かせなかっただけでなく、暗殺するために向かわせた部隊もことごとく無力化された。


 それならばとコンピューターウィルスを用いて全世界に子供達を飢えさせているイメージ映像を流し、日本の人情と言う部分に訴え、内部から崩そうと考えたが……これを完全にシャットアウトされてしまった事は完全に誤算であった。


 多少なりとも日本の内部にもぐりこませることが出来るようにと、新しいウィルスまで作成して臨んだというのに! と映像を製作した国の重鎮は悔しさのあまり歯軋りする事になった。



 そして、その映像を作った国では……



「やはり、現時点でも通信環境はブロックされているのか?」


「残念ながら、相手の通信ブロックは完璧のようです。他の国からはこんな卑劣なことを行い、反省しない日本を共に討とうと言う連絡が入っていますので、あの映像を流した事自体は全くの無駄と言うわけではありませんが……狙った効果が出たとは言い難いでしょう」


 部下である重鎮の1人からの報告に、うーむとうなる国のトップ。あの映像がほぼ日本に対して不発に終わってしまったのは痛い。クリスマスに備えて、削れる部分は削っておくのが戦いの基本だ。物資しかり、兵士の数しかり、そして戦う意思もだ。


 たとえどんな道具、どんな技術を生み出しても、扱うのは人間であると言う部分は変わらない。その兵士の士気を少しでもくじいておこうと言う作戦だったのだが……メインの目的は空振りに終わったようだ、とトップは苦い顔をする。


「兵器の製作状態はどうなっている?」


「12月頭には製作が完了し、テストを行った後に実戦へと投入できます。そちらの方は順調です」


 そうでなくては困る、と状況を報告した重鎮の1人に告げる。異世界に行くなんてのは狂言にもほどがある話ではあるが、妙な力を手にした日本が今後世界に対して仕掛けてくる内容が、異世界に行くと言う表現をするほどに大きい事をやってくる事は間違い無いだろう。


 千年という長い間、国が奴隷状態になったにもかかわらず潰れなかったあの国を侮るわけには行かないのである。


「とりあえずあの映像で士気を維持し、暴動を抑え込んで12月のクリスマスプレゼント作戦発動まで耐えるのだ。あと数ヶ月を辛抱し、日本を今度こそ完全に潰して奴隷とすれば……全てが良い状況になるはずだ!」


 もはやそれだけが、この国の国民を纏め、暴動を抑制する方法だった。流石に全てを日本人任せにしてきたわけではないとはいえ、日本人が消えたために生まれた穴は特大で、その穴を埋める方法は日本人を再び連行して働かせると言う方法以外はなかったのである。


 そしてその穴が開いてから既に数ヶ月が経過した。影響は目に見えるどころか、国民生活を直撃しているのである。安全な水が残り少ない、食料が足りない、衣服の補充が利かない。衣食住の三大要素のうち、衣食にぽっかりと大穴が開いた状態なのだから。


「言うまでもありませんが、この作戦が失敗した時は……我々も破滅ですな……」


 部下の言葉に、国のトップは渋い顔をする。あくまでその作戦があるからこそ国民の大多数はクーデターを思いとどまっているのである。もっとも、クーデターを起こした所であまり意味がないということを分かっているから、と言う側面があるのもまた事実なのだが。


 ともかく、どうにかして食料の補充や衣類の供給をおこなう為には、日本人を運用しなければならないという事実がある。日本人が聞いたらふざけるな! と怒り狂うだろうが、世界の認識としてはそんな物である。


「そうならぬ為にも、国を立て直すためにも負けられんぞ。ここで負けた場合は日本だけが栄え、我々が泥水をすする事になる。日本は金と労働力を提供するだけの奴隷でいいのだ。我々に楯突く様なことをせずに居ればいいものを……奴隷の癖に人間と言う誇りをまだ捨てていないとはな」


 神も日本人のようなモンキーなど、奴隷として生きられるだけで幸運だと言っておられるのだ。と国のトップは日本人全体を口汚くののしる。そのトップの言葉に、周りの重鎮も全くですなと同意する。


 ちなみに、この重鎮達の同意はよいしょをしたと言うわけではなく、本心からそう思っているのだ……千年という時は、日本人は奴隷として生きるべくして生まれた存在であると言う考えが世界の主流である。ただ猿よりは賢いから、色々と使い道がある……といった感じで。


「とにかく、12月が全ての勝負です。世界の選択を日本に思い知らせ、二度と立ち上がれぬようにしてやりましょう」


 重鎮の行った発言に、その場に居た男達全員が頷いた。



「──などと、ふざけた話をあの国ではしておりました」


 そして、それらの会話は日本の総理直属の秘密部隊である『忍』につつ抜けであった。『忍』に筒抜けであると言う事は、当然ながら総理である光にも筒抜けであると言う事になる。


「12月24日か。やはり大人しく我々の旅立ちを送ってはくれそうにないな。我々をののしった挙句、再び奴隷に戻そうなどと考えているのか。──止むを得んな。血まみれのクリスマスになることは避けられんか」


 光はため息をつきながら、椅子から立ち上がり空を仰ぎ見る。


「沢渡大佐」

「はっ」


 『忍』の首領である沢渡大佐は、光から名前を呼ばれてすぐに返答を返す。


「空はこんなに青いのにな。窓から見える木々はこんなに美しいのにな。なのに、今だ人類は同族同士で必要以上の血を流す事ばかり続けている。あの国のトップは我々を猿などと形容しているようだが、果たして我々は猿よりも本当に賢いのだろうか……なんて事を考えてしまうね」


 光の言葉を、沢渡大佐は黙って聞いている。沢渡大佐にも思うところがないわけではない。だが、影働きが多い彼は、あまり意見を言う事はない。影は上から言われた事をただ守り、実行するだけ。例外は自国に対して総理が不誠実な行為をとった時だけに行う暗殺だけだ。


「引き続き、警戒と情報収集を頼む。地球を離れるまでの間はろくに休ませてやることが出来ないが……頼むぞ」


 光の言葉に、沢渡大佐は深く頷く。


「お気になさらず。今こそが国家の明日を左右する時であると『忍』の皆は理解しております。敵の兵器などについての新しい情報が入りましたら、また報告に参ります」


 そう沢渡大佐は述べると、その姿を消す。沢渡大佐の姿が消えた事を確認してから、再び椅子に座る光。


(──戦いはやはり避けられんか。話合いも既に無意味。残るは力と力をぶつけ合い、主張を通すと言った最も原始的な形だけだ。戦いに使う武器やら道具やらは確かに昔から比べれば進歩した。


 しかし、その道具を使って行う行為その物は全く進歩していないと言えるだろう。そして、奴らが仕掛ける気満々の12月の戦争では……たとえ世界が幼子を人の壁として使ってこようと、容赦なくそれを殺さなければならない、か)


 カチャッと音を立てて、沙耶から少し前に受け取った通信機材を光は起動させつつ思考を続ける。


(だがそれもいまさらか。平和的な旅立ちなど、始めから望むべくもなかった。この手を真紅に染めてなお、前に進まなければならない時なのだから……迷う余地など無い。


 たとえ悪鬼羅刹と蔑まれようと、未来の日本の子供達のために、明るい未来を残す。それが総理、いや、一人の大人としての義務だな)


 沙耶との通信が繋がり、沙耶の声が通信機材から流れ始め、沙耶の姿がスクリーン状のものに映し出される。


「光殿、そちらから呼びかけてくれるとはうれしいのう。今日はどうしたのじゃ?」


 沙耶の問いかけに、光は変に格好を付けるような真似はせずに話せる範囲で心境を吐露した。そして、幼子を最悪手にかけねばならないかもしれない事も沙耶に話す。


「必要な事なのはわかっているのだが、幼子を手にかけるというのはやはりな……心が重いと言うのが正直な所だ」


 そんな光を見た沙耶は、そうじゃのう……と前置きをした後に話を始める。


「その気持ちは痛いほど分かるぞえ。じゃが、やはり国を護るためには非情にならざるをえぬ時もある……のは心得て居るのじゃろう? 安心せい……光殿のことを、わらわはそんなことをしても嫌いになったりはせぬよ……それに、訳もなく他者を傷つける男ではないと、わらわは信じておる。


 しかし、光殿の周りを取り巻く敵国の話はわらわも聞いておるがの、そのような幼子を盾にしかねぬ外道ということかのう……」


 光の表情から、沙耶の方も大体の状況を察したようだ。


「色々と話せぬこともあるじゃろうが、話を聞くことはわらわにも出来るぞえ。お互い立場がある故に周りに心境を吐露できぬのは苦しい所じゃが、わらわならばそれなりの立場ゆえ話を聞いても問題は少ないじゃろ。


 もちろん国の機密を話されるのは困るがの、愚痴を聞くぐらいの甲斐性はわらわも持っておる。そして話をするだけでも人の心と言う物は楽になるものじゃ。いつでも話しかけてきて構わぬぞ」


 光はふうーっ吐息を吐き出し、沙耶にすまん、感謝すると告げ、沙耶はそんな堅苦しくせずともよいぞ? と微笑を向ける。


 この日、光は沙耶と会話をした事で、自分が自覚できていなかった部分のストレスがかなり解消し、翌日の政務を活力的にこなせるようになった。そして沙耶の方も、光の声を聞いたことにより翌日は終始機嫌が良かったそうである。

牛歩状態が続いております(苦笑)

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