9月7日
こっそりと。
その日、政務を始めようとして部屋に入った光は机の上に存在している珍妙な者を見た瞬間、一度目を閉じて首を振った。
(なんだか、妙なものが見えたような気がしたが。いかんな、疲れているのか?)
そうしてゆっくりと目を開けるが、その違和感のある物体は消えてくれなかった。光が違和感を感じて二度見した物とは、2つのフィギュアのような物であった。
そんな存在がなぜか自分の政務用として使っている机の上にちょこんと載っているのだ。大きさは12cmぐらいだろうか? 古典的な方法である頬をつねるという夢かどうかを確かめる方法もとってみるが、頬はちゃんと痛かった。
「だれかが、勝手に持ち込んだのか? それとも……まさか、爆弾か!?」
もしかしたら、まだ不穏分子が日本に潜んでいて暗殺をするために──そんな考えに光の思考が固まりかかった瞬間、2つのフィギュアみたいな物は恐ろしくスムーズに動き出した。
「大丈夫ですよ、総理。私達は爆弾ではございません」
灰色の着物を着たフィギュアが扇子を取り出し、口元を隠しながら光に向かってウィンクする。
「ほらみろ、長門。こんな風にいきなり出てきたら総理が警戒するのは当たり前だろ。総理、ごめんなー。長門がどうしてもって言い出して……あたしは大和の分体だよ、こっちの腹黒着物が長門の分体」
青をメインとしたスポーティな半そでにズボンを装った服装の大和の分体? の出した声に、光はふうむと顎をなでる。『鉄』を通じて聞いた長門と大和の声と、目の前の2人? が発した声色が全く同じだったからだ。
だが、声なんてものは細工をすればどうにでもなるので、それだけで信用するわけにも行かない。が、とりあえず話を聞いてみないと始まらないだろうなと光は考えた。今のところは極端な忙しさは無いとはいえ、政務がないわけではないのだから。
「ふむ、じゃあ単刀直入に聞こうか。君達がわざわざここに来た理由は何なのかね?」
光の質問に答えたのは長門の分体を名乗る着物姿のフィギュアだった。
「『鉄』の次世代機である『八百万』のサポートAIになりたいのです、私と大和で」
この申し出に、流石の光も表情が険しくなる事を止める事はできなかった。『八百万』とは、神威や鉄、そして神威弐式などで培った技術と経験を元に、異世界からの魔法技術や後を託して天に昇った戦艦達が残していった装甲を用いて作るという、大幅な次世代機であり、実験機でもある。
武装は神威弐式のようにオプションパーツをくっつけるタイプだが、基本的なフレームに強力な武装が装着されている。この武装も草薙の剣、八咫鏡、八尺瓊勾玉という日本でも有名な三種の神器を模した武装に加え、背面に可動式マギカノンの4つを標準装備している。
草薙の剣はフルーレ達からの魔法技術の大幅な提供により、日本神話に出てくる通りに広範囲をなぎ払うと言う化け物両手剣になっている。風の魔法の付与がなせる再現といえるだろう。無茶苦茶な武器ではあるが、それもまた実験機ゆえである。
八咫鏡は、『八百万』の周辺を飛び回るシールドの役割を持つ。全体を満遍なく覆うフィールドを展開できるほか、鏡の部分限定で実弾ではない攻撃を反射できるシステムを備えており、文字通り悪意を跳ね返す鏡である。
八尺瓊勾玉は、敵の周辺に張り付き攻撃を行うビットシステムとして搭載されている。コレにより、草薙の剣を両手持ちしていても射撃戦が行えるというわけだ。八咫鏡が機体の周辺を飛び回るのも、両手が塞がるという部分を鑑みているためで。ちなみに同時展開できる数は6基である。
そして可動式マギカノンは2パターンの動きがある。肩の上から砲門を出して長射程・高火力の一撃を放つタイプと、逆に腰の左右から砲門を下ろして、中火力で短射程の連射を行うというタイプだ。目的に応じて砲門を構える位置を変えることで、むやみに余計な追加武装を積まなくても対応できるし、機体に装着した追加パーツをパージしても戦闘力を落とさないようになっている。
そんな次世代機&実験機のサポートAIになりたいと言ってきたのだ。光が顔を険しくしないわけが無い。それに──
「いや、百歩譲って貴方達二人があの長門と大和の分体だったとしよう。しかし、AIというものはなりたくてなるものではないのだぞ? そもそもAIというものは──」
光がさらに話を続けようとした所で、長門の分体? が扇子をぴしゃりと畳み、光の声を遮った。
「分かっております、実際に『鉄』のAIであるノワール様とも何度もお話をしておりますし、私たちはAIそのものになることは出来ません。ですので、『サポート』なのです」
いったい目の前に居るこの存在は何をしたいのか? 光は頭をかしげる。
「だから長門、そんな言い方じゃ分かってもらえねえっていってるだろー? そうじゃなくってな、総理、つまりは『八百万』のコックピットの中に、あたし達も乗せて欲しいんだよ。その理由なんだが、1つはやっぱり新しい物は外から見るだけじゃなく、中からも見たいってのが本音なんだよ」
そういう物なのだろうか? まあ、軍艦ゆえに新兵器と言う物には非常に興味を持つのかもしれないが……。
「見たいといわれても、『八百万』は量産する予定は全く無いワンオフ機体だ。見せたとしても、長門や大和に配備する事はないぞ? 長門や大和には、すでに神威弐式の配備も決まっているからな」
光がそう念を押すが、大和の分体はパタパタと手を振る。
「いやいや、それは分かっているよ総理。そうじゃなくって、一緒に乗せてもらって共に戦いたいって事がもう1つの理由さ。それに分体のあたしらが居れば、本体の長門と大和とのつながりが太くなるから、長門と大和本体との連携行動がとりやすくなるぜ? 『鉄』のAIであるノワールさんと話をしたんだが、『八百万』のAIには一切喋る機能がないらしいじゃないか」
確かに、『鉄』よりも武装の制御が難しくなっている『八百万』の方には、ノワールのようにパイロットへ話しかける機能は無いと、光の下に機体開発班からの報告は上がってきている。機体や武器の制御がかなり大変なため、其処までのスペックを盛り込めなかったとのこと。
「そこで、私達が乗り込むのです。それにより話し相手を務める事ができますし、私達を通じて本体である長門と大和の連携攻撃も可能になりますわ。コックピットは孤独になりやすい場所ですし、決して悪い話ではないと思いますが、いかがでしょうか?」
長門の分体? からの話に、光はふうむと考える。実際にコックピットに乗り込めば通信などが入るとはいえ、確かに孤独である。だが、『鉄』にはAIのノワールが話しかけてくるのでそれなりのやり取りがあり、孤独感を感じることはなかったな、と光も自分の経験から長門の意見はあながち的外れではない……と考えた。
「話は分かった。開発班、技術班などと話を交わし、君達2人を乗せるべきかどうかを判断する。その決定の報告は何処に送れば良いのかね?」
この光の質問に、長門の分体? はこのように返答を返した。
「はい、それは『鉄』の中にいらっしゃるノワールさんを通じて教えていただきます。ですので、結果が出ましたらノワールさんに誰かが教えてくだされば大丈夫ですわ」
との事であった。光は了解の意思を示すために一度頷く。
「じゃあ総理、あたし達は失礼するぜー。今日はいきなり押しかけてごめんなー。いつまでもここに居たら、総理の仕事を邪魔しちまうもんな。ほら長門、もう行くぞー?」
大和の分体? が、長門の分体? の着物を掴んで引っ張っていく。
「大和さん、引っ張らないでくださいまし! 着物が台無しになってしまいますわ!」
そんなやり取りを残し、二人はふっと消え去った。一応念のためにもう一度頬をつねる光だったが、しっかりと頬は痛かった。
(まあいい、確かに長門や大和の高火力とダイレクトで連携攻撃が出来ると言う利点は確かに大きい。今日のお昼辺りにでも、如月指令と検討をしてみる価値はありそうだな)
如月指令にアポの予約を飛ばした後に、光は政務に取り掛かる。そして如月指令と話し合い、更に開発班と技術班を交えた会議で、2人の戦艦分体を『八百万』に乗せる事が決定する。なお、分体の方はフルーレ自らがチェックを行い、間違いなく長門と大和と同一の存在であると認定した。
『八百万』のコックピットには2人の分体専用の小さな椅子が設置される事になり、彼女達がパイロットとわいわい騒ぎながらもサポートを行うようになる。
そういうわけで、うちの戦艦の魂はマスコットです。
ハ○見たいな感じで。
 




