9月2日
ガリウスの酒の席でぽろっとこぼれた話から始まった騒動から数日後。とりあえず異世界の食料関連のいざこざも完全に収まったとの報告が入り、しばらく落ち着いた日々を過ごす日本政府の要人達……だが、その静かな日常はあっけなく破られた。
「そ、総理、総理ー!!」
あわただしく政務室に飛び込んで来た田中外務大臣。日常の政務をこなしていた光は、その慌て振りに一瞬引くが……。
「何事だ田中外務大臣! 世界に何か大きな動きがあったのか!?」
田中外務大臣……つまり日本の外交を担当する大臣だが、2月に総理が世界との交流を完全に断絶したために、仕事の内容は海外の情勢を探るという事がメインになっていた。
「国民には一切流していませんが……世界でとんでもない映像が流されております! 大臣や異世界からの支援部隊上層部を集めた上で一度見ていただきたく……」
光が田中外務大臣の手元を見ると、そこには小さなチップが。そのチップの中に映像が納められているのだろう。一体ナニを世界は仕掛けてきたのだ……?
「わかった、幸い近頃は急務もないから、本日の午後に緊急召集をかける。それで良いか?」
神威の弐式と零式は順調に数を増やしている。オプションパーツも幾つか完成し、量産に入ったとの報告も受けている。国民生活のほうも現時点では不安要素は無く、異世界から来た部隊との大きな衝突も無い。最近はせっかく色々な事が上手く行っていたというのに、いつも邪魔が入るな……そう光は内心腹立たしく思ったが、それを表には出さなかった。
「正直、個人的意見になりますが胸糞悪いとしか言いようの無い映像です。それを先に申し上げておきます」
というわけで、午後の5時に日本の大臣全員、異世界の支援部隊の各隊長が総理官邸内のある一室に集まっていた。
「お集まり下さり、ありがとうございます。長い挨拶など邪魔なだけですので、さっそく本題に入らせていただきます。まずはこちらの映像をご覧下さい、数時間前に日本以外の国家全てに放送されている様子です」
一体何を流したのか……映像が映し出される。
「これは……」
フルーレや女性大臣が一気に顔をしかめる。
「今度はこうきたか……」
男性大臣達が歯軋りをたてる。
「──勝手な事を言っていますね」
支援部隊の女性部隊長は苛立ちをあらわにする。
「クズだな、むかつくったらありゃしねえ!」
支援部隊の男性部隊長は拳を握り締める。さて、その映像の内容とは何か……それはこういうものだった。
「お腹がすいたよー!!!」「家が無いよー!!!」「薬が欲しいよー!!!」などなど、苦しんで叫び声を上げる子供達の映像だったのだ。これは間違いなくプロパガンダであり、映像は最終的に物資の提供をやめた日本の影響で世界の子供は無用の苦しみを味わう事になったから、日本は謝罪をして世界全ての国に対してより従順に従わねばならないと締めくくられている。
「この映像が、今世界中のあらゆる場所で流されております……」
田中外務大臣が、映像が終了したところを見計らって、映像が世界で流されている現状を集まった人たち全員に告げる。
「日本人の情に付け込むつもりか?」
光の言葉に、田中外務大臣は「我々もそのような狙いがあると分析しております」と返事をした。
「国民の目が届く所にこの映像は流れ込んでいるか? もちろんコンピューターウィルスやハッキングという意味でだ」
光の質問に、弓塚通信担当大臣がすぐに現在の状況を報告する。
「田中外務大臣のすばやいリークのお陰で、幸い今のところ全てをシャットアウトしております。技術大国の意地にかけて、つまらぬウィルス攻撃やハッキング行為などは完全に粉砕して見せます」
そうか、良くやってくれたと光は田中大臣、弓塚大臣に感謝を述べる。日本人は情が深い……それは長所だが、この映像を見てのこのこ日本から出て行ってしまい、海外の子供達に食事を与えようなんて考えをもたれては困るのだ。もちろん大半の日本人はこの映像を見てもそういう行動を起こさないだろうが、全ての日本人が情にほだされないとは思えない。日本から出て行って、現地で人質になんてなられたら非常に困るのである。
「これらの行動に対してのこちらが取る反応はたった一つだな、完全に無視しろ」
光の言葉に室内がシィンと静まり返る。子供の苦しむ姿を見せられた上で無視しろというのはなかなかきつい物がある。その静まり返った室内に、光の言葉が続く。
「冷静に思い出せ、今までの我々の扱いはどうだった? 両親が怪我をしても病気にかかっても働け働けと世界は強要し、過労でどれだけの日本人が殺されてきた? そしてその結果、親なしの子供を山ほど作り出してきたんだろうに! そんな日本人の命を散々今の今まで吸っておいて、ちょいと半年ほど生産施設が止まったらこれか? だいたいな、さっきの映像をもう一回思い出してみろ」
そこで一呼吸置いてから、更に光は話を続ける。
「子供達は確かに飢えていたかもしれない。だが、その途中で出てきた大人はどうだった? 肥え太っていただろう」
此処でもう一度先ほどの映像が流される。確かに子供達は飢えた姿だが、ちょこちょこ出てくる大人は皆明らかに飢えた様子は無い。その様子を皆が確認した所で、光は強い語気でこの様に断言する。
「子供を使ってこういうことを恥とも思わずに平然とやる奴らだ、救う理由も価値も一切ない!」
ダン! と光が机を叩く音が室内に響く。この光の意見に「確かに総理のおっしゃるとおりですな」「こんな映像を流す事自体が人道的とは言えないでしょう」といった意見が大臣達から出てくる。異世界組からも「腹立たしい」とか「子供をだしに使うとは、ゴブリンよりも劣る」などといった侮蔑の言葉が並ぶ。そして光は最後に……。
「もしこの映像が流出して、国民から責められた時はこう言え! 『見捨てる事を指示したのは、今の総理大臣である藤堂 光による直接の指示であります』と。今回のことに関しての責任は全て私が持つ! だからここに集まった君達全員が助けない事を選んだ選択を恥じる必要は無い! 全てを救う事などできないし、今までわれらが祖先の命と魂を吸ってのうのうと楽をしていた奴らに対して相応の鉄槌が下るのは、むしろ当然の事だろう?」
光のこの一言で、この映像を始めとしたプロパガンダ映像攻撃には完全無視&徹底排除を決め込んだ日本政府。
その一方で世界ではこの映像は大いに受け入れられた。日本を悪者にする事で、国民の不満や怒りの矛先を自国政府から日本の方へとそらす事ができるからだ。世界にしてみれば、日本をもう一度奴隷に落とすまでの一時しのぎが出来れば構わないという面もあった。
──だが、その一方では。
「──実におろかな事をしたものだ、この映像を作った国は」
日本を影で支援していたある国の大統領はそう呟いた。日本を支援していたからこそかの国での日本人とはどういう人種なのかをよく理解していた。
あの国の国民は限界まで我慢をする。そして我慢の限界を超えて爆発したときには、相手がどんなに大きい存在でも立ち向かうのが日本人だ。そしてあの国は今回千年以上の長い時間を耐えた。これが何を意味するのか。それだけのとてつもないエネルギーが日本人の心の中に世代を超えて積もり積もっている事を、世界はまだ分かっていないのか?
日本人を酷使した結果、日本に食料生産を始めとした国家的なライフラインの大半を握られていた事を理解できぬほどにバカなのか?
「フン、バカなんだろうな。だからこんな映像を作る。こんな物を作れば、ますます日本人を怒らせる」
そしてバカだから、日本人が生産現場から消えたとたんに子供が飢える。我々の国のように影ながら支援をして共存すれば、日本人は心強い味方になるというのに。実際食料自給率が上がらず苦しんでいた我々の国を、日本人は救ってくれた。日本人の情けと技術のお陰でわが国の国民の飢えは解消された……他の国にそれだけの協力をしてくれる人種がいるはずもない。
わが国の国民は日本人に深く感謝しているし、奴隷だと考える者も居ない。日本人には大きな恩がある……それだけの恩を受けたのにもかかわらず、影から支援するのが精一杯だったのが此方としては心苦しいのに、そんな我々に対して日本人は『ありがとう』と頭を下げてくるのだ。
「負けるなよ……日本人、我が友よ」
やっと一話更新。ほのぼの話は、今後転移するまでおそらく無いです。




