8月20日
やっと時間がとれたんだよ!
「この書類はこれで完了だな」
今日も政務に励む光。大臣より直接の確認を、と出された書類の確認をして、認可を下す物と今は保留して大臣の会議に回さなければいけない物……と選り分けて行く。
「はい、ありがとうございます。ではこちらとこちらは早急に、こちらは次回という事で」
池田法務大臣による二重のチェックで漏れや間違いが無い事を確認する。
「2番部隊長も、そちら側に対する食料の補充支援数量は問題ないな?」
なんだかんだで一緒に食事をする事が多く、自然と仲良くなってしまった2番部隊長に光はそう確認する。プライベートタイムではないので2番部隊長の名前は言わない。ちなみに2番部隊長からは『ガレムと呼んでくだせえ。仲間からもそう呼ばれてるんで』とのことなので、仕事中でない時はガレムと光は呼んでいる。
「へい、問題ないどころか十分な量でさ! 部下達もこっちの世界に来てから毎日美味い飯が食えるってんで、大はしゃぎしてやすよ。士気は上がるし、やる気は出る、まさにいい事ずくめでさぁ。皆この国が戦争になった時には体を張って戦うと誓い合っておりやす」
2番部隊長……今後はガレム隊長と表記するが、ガレム隊長の話を聞いた光はゆっくりと頷いた。こういう普段からのつながりは非常に大切だ。穏やかな時にこそ、いざという有事に備えた準備をしておかなければならない。もちろん戦争にならずに済めばそれにこした事はないのだが、全く備えないというのは愚かである。ましてや今の世界情勢ならなおさらしっかりと備えておかねばならない。
「それと2番部隊長、新規の魔法バリアシステムの構築は進んでいるか?」
日本に張られているバリア……魔法的に言えば結界のシステムだが、その効力をさらに強化して500年ほど出入りが完全にできなくなる新しいバリアシステムを作って欲しいとの依頼を光は魔法部隊のメンバーに出していた。そんな物を何に使うのですか? との質問を受けた光はこう答えた。
「見えにくい形で、世界を欺き密かに日本を支援してくれた国が5カ国ほどある。我々が居なくなった後、その5カ国は間違いなく次の標的にされてしまうだろう。それを防ぎたいのだ」
台湾を初めとして、密かな支援をしてくれた5カ国にだけは日本が消えた後のアフターケアを出来る限りしておきたかった。その方法のひとつが、このバリアシステムの製作である。他にも自国の技術者に新規生産プラントの設計と構築を指示しており、日本が消える前に5カ国へと設置し、運用方法を伝えてエネルギー問題や食糧問題を解決しておく事で、5カ国の最悪500年にわたる篭城戦にも耐えられるようにしておくつもりだ。悪意に悪意を返すのであれば、善意には最大の善意を返さねばなるまい。
光の質問に、ガレム隊長は『問題ありやせん』と返答を返す。
「大体完成の時期は、この国の暦で言うと11月の20日前後あたりになりそうでさ。12月までは掛かりやせん」
12月前に何とかならないか? というのが光の希望だったので、ガレム隊長の返答に光は内心ほっとする。
「分かった、そのペースで頼むぞ」
光はそうガレム隊長に頼みながら、書類に印を押して今日の仕事は終了となった。
「それにしても珍しい物だ。午後の4時に仕事が終わる時があるとはな」
光の呟きに、池田法務大臣は『そういう日があってもよろしいでしょう、休める時に休んでおく事も大事です』と光に言う。池田法務大臣は総理なんかやりたくないという本音があるので、光に倒れられるととてつもなく困るのだ。その為に、光のサポートを必死にやるという人物である。
「だったら光の大将、今日は居酒屋に行って一杯やりやせんか? 焼き鳥を食ってビールっていう酒をきゅっとやるのもたまにはいいモンでしょう?」
完全に日本の飯と文化に染まったガレム隊長の申し出に光は苦笑するが、確かにたまにならそういうのも悪くないなと考える。
「そうだな、じゃあ今日は一緒に飲みに行くとするか!」
光の言葉にガレムも『さっすが大将だ、そうと決まればちっと早いですが行きやしょう! 最近行きつけの居酒屋があるんでさあ』と楽しそうだ。池田法務大臣も程よいガス抜きになるだろうと考えて、あえて何も言わない。『忍』のボディガードは常に付き添っているし、ガレム隊長という武人もいるので特に問題はないと判断したのだ。
さて、そんな和やかな雰囲気の中で皆が総理政務室から出ようとした瞬間、ドアからコンコンコンと切羽詰まったようなノックの音が聞こえてきた。誰だろう? と首をひねりながらも光は『誰だ?』とノックの主に呼びかけた。
「光様、申し訳ありません! フルーレです」
首をひねりつつ、今日は何かあったか? と確認するような視線でガレム隊長を見る光。その光の視線で何を言いたいのか察したガレム隊長は、何も聞いておりやせんとの意思を示すべく首を左右に振ってから両肩をすくめるジェスチャーをとった。
「入っていいぞ」
となれば、フルーレから直接話を聞くしかない。光はフルーレに入室許可を出し、フルーレがあわてて現れた理由を聞くことにしたのだ。出来れば厄介ごとではないことを祈りつつ。
「食糧支援?」
フルーレの話をまとめると、何とか大量の食料をこちらへと支援してもらえないだろうか? という話であった。
「将軍、そりゃおかしいでしょう。先ほども確認しやしたが、日本のみなさんはきちんと我々に十分すぎるほどの食料を提供してくれてやすぜ? これ以上の食料を支援してもらったとして、どこへ送るんですかい?」
ガレム隊長の意見を聞いて、フルーレの表情が困り果てた表情へと変わる。一体何があったのだろうか?
「フルーレ、例え貴女の頼みといえど、理由もなく食料を支援する事はできないぞ? なぜ支援が必要なのかを教えてもらえない限りはこの国を預かる総理大臣として、要求を聞き入れることは出来ない」
光がそうフルーレへと告げた直後、フルーレの胸元から呼び出しの音が聞こえてきた。フルーレが光の事をちらりと見る。これは『呼び出しに出てもよろしいでしょうか?』の意思表示だと受け取った光は、「早く出なさい」と一言。フルーレは「失礼いたします」と断りを入れてから呼び出し音を上げている器具を操作した。
「はい、こちらフルーレ」
一時期スマホなどと呼ばれていた物と同じぐらいの大きさの器具を操作して、フルーレが呼び出しに出たとたんスクリーンが展開され、こんな怒鳴り声が総理政務室の中に響き渡った。
「フルーレ、貴殿の父親はなんてことをしてくれたのじゃ! お陰でとんでもない事になりおったわ!!」
その怒鳴り声の主は、かつて日本に異世界からやってきた沙耶・龍・フリージスティであった。
「つまり話をまとめると……酒の勢いで日本に来ていた事だけでなく、美味しいご飯を食っていたという事実を自国民の大勢の目と耳がある場所でフルーレの父親であるガリウス陛下が口をうっかり滑らした、と言う事で間違いないのか?」
光のこの一言に、フルーレは頷きつつもさめざめと泣いている。
「切っ掛けは確かにそれなんじゃが……そこから色々と話が大きく発展してのう」
弱々しい声で事の顛末を話す沙耶。なんでも国家の顔である存在はあまり贅沢をしてはいけないと決められているにも拘らず、行った先の国で美味しい食べ物を食し、楽しんできてしまった事がフルーレの父親のガリウス陛下から芋づる式に漏れ出したらしい。そうして国民に突き上げられる事になってしまったガリウス、フェルミア、沙耶の三名は国民からこう言い渡された。
『全ての国民に食べさせる事は無理だと理解している。だが、せめてある程度国民にも"日本皇国"の誇る料理の味とはどういうものかを実際に食べさせなければ許さない!』
と。
「──失礼ながら貴方達の世界に、"食い物の恨みは恐ろしい"という言葉は通用しますかね……?」
半ば呆れながら光がぼやいた言葉にガレム隊長が反応を見せる。
「光の大将、通用するかどころじゃねえですよ。基本的にあっしらの世界に生きている連中は、食い物関係に思いっきりこだわってやすから。というよりいやにしっくり来る言葉ですなぁ」
ちなみに、ガリウス達が持ち帰った日本のお土産を、直接食べた国を動かしている重鎮達へは『あの人たちは国政という大変な仕事に携わっているのだから、ある程度の贅沢はしても当然である』という事で、国民からの突き上げはなかったらしくそちらは一安心であるが。
「つまり、フルーレ様が要請した食糧支援とは、そちらの世界にいる国民の皆様に食べさせるためですか……」
池田法務大臣も軽く頭を押さえている。おそらくは軽い頭痛が起きているのだろう。
「のう、迷惑なのは重々承知しておるのじゃが、何とかならぬかのう……?」
空中に展開されているスクリーンに映っている沙耶も、気のせいか泣きそうになっている。なんとも情けない話ではあるが、光は口を開いた。
「池田大臣、レトルト物に限定してどれぐらい用意できる?」
レトルト物なら、お湯を沸かしてその中で暖めればいい。そしてカレーなら、パンにつけて食べても問題はない。とりあえず味わうという目的を果たすなら比較的手軽にできる方法だろう。
「3日くだされば……ざっと100万食といった所でしょうか」
池田大臣の言葉を聞いて、沙耶がすぐさま食いついた。
「そんなに短時間でそこまでの量を用意できるのかえ!? それならば各国で3等分しても33万食以上が行き渡るではないか! 頼む、何とかして欲しいのじゃ!」
そこで光は、とっさに沙耶に対して交渉を持ちかけた。
「その代わりお願いがあります。我々がそちらへ転移した後、色々とご助力を頂きたい。お互いのためになると思いますがいかがでしょうか?」
要は貸し1ね、という事の宣言である。知らない場所に転移をするのだから色々と苦労する事も多いだろう。そういう時の為に、貸しを前もって作っておくのも悪くないと思いついたのだ。
「それは言われんでも最大限の便宜を図るつもりじゃったが……うむ、国民にもこの料理を作れる国が来るという触れ込みも出来る事になるのじゃな……確かに互いのためになるのう」
沙耶の方も納得した様子を見せた。そしてこう続ける。
「では、ガリウスの大バカとフェルミア殿には、わらわから今回の話を伝えておこう。もちろん便宜を嫌と言うのであれば、カレーは届かんぞと言っておけば良いかのう?」
そんな脅しをしなくても良いのだが……と光は一瞬思ったが、あえてその方向でいきましょうと沙耶に伝える。
「では、わらわからそのようにしておこう。そ、それとじゃな……光殿に一つ個人的な頼みがあるのじゃが」
もじもじとスクリーンに移る沙耶が動きながら、言葉を続ける。
「こちらから機材を送るからの、わらわとたまにでよいからたわいのない話をして欲しいのじゃ……」
その姿をつい可愛らしいなと光は感じてしまった。ぴこぴこっと動くうさ耳も庇護欲を刺激してくる。
「こんな男で良いのであれば、お話にお付き合いいたしましょう」
なので、その申し出を光は受けた。そのとたん、沙耶は満面の笑みを浮かべる。
「では、3日後にそちらへと機材を送るのでな、受け取って欲しいのじゃ」
その後は各種確認を取って、沙耶との通信が切れる。やれやれといった心境の光と池田法務大臣。申し訳ありませんと何度も頭を下げるフルーレ。頭をぼりぼりとかいているガレム。なんともしまらない空気になってしまったが、折角集まったのだからと部屋に居る4人でガレムお勧めの居酒屋に繰り出し、行った先の居酒屋で非常に盛り上がる事になったのはいい鬱憤晴らしになったであろう。特にフルーレ嬢が。
重い話が続いたので、軽めのを。
ついでに沙耶さんに再登場してもらいました。




