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8月15日

「総理、お願いします」


「うむ……今日は何が何でも行かねばならぬ」


 光は席を立って外出の準備をする。今日は8月15日……。日本人にとっては重い一日だ。


「光様? どこかへお出かけになるのですか?」


 定期連絡のために総理官邸に来ていたフルーレが、疑問の表情を浮かべつつ光に声を掛ける。


「うむ、これから私はとある場所に行かねばならぬのでな……」


 光はそう静かにフルーレに返答を返す。


「そこへ、私がついていってもよろしいでしょうか?」


 フルーレの質問に光はしばし考え……そして静かに頷いた。


「そうだな、車の中に待機してもらい、そこから外を見るに留めてくれるのならば……それに、一度目にしておいて欲しくもある場所でもあるな……」


 フルーレはこの光の条件を受け入れて、光とは別の車に乗り込む。目指す場所は当然あそこである……。


 ────────────────────────


「ここでいい、ここからは歩いて移動する。フルーレ、聞こえているか?」


『はい、聞こえております』


「済まないが、ここでしばらく車の中にて待っていてほしい。詳しい事は帰るときに話をしよう」


『はい、お待ちしております』


「では行くぞ、静かにな……」


 光は周りの人にそう伝え、人ごみの中にまぎれていく……。その姿を見送った光とは別の車両にてこの場に来ていたフルーレの目に入る一つの文字があった。


(靖国……神社跡地? 神社とはたしか、小さな神殿のようなものだったはず……ここはどういう神殿で、さらになぜ跡地に?)


 フルーレはその土地を見るが、そこには草が多少生えているだけの更地。だが多くの日本人がその更地の前に頭を下げ、手を合わせ、そして泣く者も居ることが確認できる。


(──大事な場所である事は間違いないですね。しかしなぜ再建しないのでしょうか? この国の技術をもってすれば、完全な復興は望めなくても、ほぼ変わらぬレベルで再建は十分可能でしょうに……?)


 車の中で首をかしげるフルーレの事など当然外にいる人たちは気にも掛けず、次々と参拝をしていく。何もない更地に頭を下げて手を合わせていくその姿は、何もない更地に厳かな神殿が見えるようだ、とフルーレは最終的な感想としてそう思った。



「さて、フルーレ。あの場所についての質問を受け付けよう、何を知りたい?」


『そうですね……まずなぜあの更地に多くの人が頭を下げているのでしょうか? あそこには何があったのでしょうか?』


 フルーレの問いかけにやはりそこを聞くのは当然か、と思う光。


「それは私からお話いたしましょう、総理、よろしいでしょうか?」


 そこに、光の乗っている車両を動かしている運転手が割り込んだ。光は「分かった、任せよう」と許可を下す。


「あそこには昔、靖国神社と呼ばれる……この日本のために戦い、散って行った多くの神霊を祭っていたのです。もちろんそこにあらゆる差別は当然なく、この国のために戦った人ならば国籍も性別も関係なく平等に祭られておりました」


 運転手の言葉に、フルーレから『そういう事でしたか……私達の死者を静かに祭る神殿に似ていますね』との声が聞こえてくる。


「ですが今から1000年近く前……それは我々の暦では西暦3189年の事でした……」



 ──3189年。日本人を奴隷のように使い始めてから約200年。各国は日本を外してとある事を話し合っていた。その議題は"日本人の心を程々に折るにはどうすれば良いか?"である。ある国の代表はこう言い出した。


「テンノウを殺せばいいだろう、あの国の象徴とも言うべき存在があの国を照らすから日本人は心を奥底では折らないのだ」


 だがすぐさま他の国の代表が反論する。


「それはだめだ。もしそれを実行した場合、日本人全員が一気に暴徒と化す可能性が高い! 暴徒となっても鎮圧は可能だ、可能ではあるが……鎮圧にはこちらにも相応の被害が出るぞ! 具体的には生産プラントの破壊、カミカゼ特攻による自爆、そもそもそうなったらもう奴隷として日本人を運用できなくなる!」


 ああでもないこうでもないと、様々な方法が提案されては、真っ当な理由つきで提案が却下されていく。その話し合いの結果……。


「戦犯を排除せずに神霊として祭るヤスクニを排除する事に決定する」


 という方法が国際会議にて可決されてしまったのだ。それから二ヵ月後に……靖国神社は炎に焼かれて、この世界から完全に消失した……。その跡地に様々な物を建てて、より日本人の心を折ろうと画策した国は多くあったが、その責任者が悉く変死した。突然ビルの窓が前触れもなく外れて、その近くにいた責任者が落下死したことを皮切りに、急病、事故、犯罪……悉く建設や計画の責任者や設計、発案者が例外なく死んでいく姿を見せられた各国は、靖国神社の跡地に関するあらゆる建設計画をすべて凍結。そのために靖国神社の跡地は更地のまま残ることになった。蛇足ではあるが、靖国神社を排除することに賛成した者達も、5年以内に全員が死亡していることを付け加えておく。



『そんな事が……』


「はい、残念ですがそれが事実です。そのため靖国神社は、祭られていた多くの神霊の記憶と共に……消えてしまいました。今では資料に残る写真にて、その姿を知ることが精一杯という有様です」


 何も知らない愚か者の暴力ですな……と運転手は話を締め、口をつぐんだ。


「──だが来年、この星を離れた後ならばもう何の問題もない。そのときには残った資料をかき集め、再び靖国神社を再建するつもりだ。靖国神社はこの国のために戦い、眠りについた神霊の皆様が安らぐ場所……いつまでも更地で良い訳がない」


 光の言葉にこれといった声の反応はなかったが、光の車を運転する運転手がほんの少しだけ指先に力を入れた事には、誰も気がつかなかった。そう、運転手本人でさえ。


 ────────────────────────


 さて、その日の夜。光は一人で地下に作られた道を歩いていた。この道の存在は極秘であり、歴代の総理大臣のみが入れる道となっている。極秘なのは、消えてしまったハズの物が保管してあるからである。やがて横に動くエスカレーター式の機械に到着した光は、その起動のための電源を入れる。一年に一回だけ密かに使われるそれは、光を乗せてゆっくりと動き出す。因みにこの機械の手入れを行っているのは『忍』の技術班である。


 やがて横に移動するエスカレーターでの移動も終わり、再び光は徒歩で奥を目指す。そうして地中にある地下室としてはかなり異様に大きな空間の中に足を踏み入れた……。そのとたん、静かに多くの明かりに火が灯る。ここは靖国神社の真下に建設された"靖国神社・月影"。ここには当時の靖国神社の制作方法や技術が収められていたり、多くの神霊が心無い焼き討ちを逃れてここに眠っているのだ。


 靖国神社を焼こうという動きがあると当時の『忍』の原型となった組織が当時の総理大臣に報告。当時の総理大臣はすかさずこれを靖国神社側にリーク。総理大臣と靖国神社側の協力によって、ぎりぎりながら靖国神社に収められていた物を全て運び出し、保護することに成功した。その後の総理大臣により国民には当然秘密で地下の靖国神社・月影が作られた。一度月の裏に隠れ、再び日の当たる場所に戻れることを願って。


「ようやく……念願が果たせそうです」


 多くの神霊の前で光は報告する。


「後もうしばらくのご辛抱でございます。皆様はこの国のために命を捧げられた神霊であることを再び誇る事ができる日も、もうすぐそこまで来ておりますゆえ……今しばらく、この暗き闇の中でしか祭れぬ無力な我々をお許しください」


 ただ深く深く神霊の御前にて土下座をする光。その光を見ている二つの影があった……。


『──負けられませんね、絶対に』


『ああ、こんな状態を終わらせるためにあたし達は蘇ったんだよ、きっとな』


 その影は、そのままふっと暗い闇の中へと消えていった……。

実際こんな事になったら、とんでもないでしょうね……。

断交とかそんな生ぬるい事じゃ済まないと思います。

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