7月25日
「総理、少々お耳に入れたいことがございます」
今日も朝の政務をこなす為に行動を始めようとした光を、大臣の一人が呼び止めた。
「どうした? 何か重大な問題が発生したか? 報告があるなら聞こう」
「それが……あちこちの神社仏閣にて、幽霊を目撃したとの情報が多数ありまして……」
「幽霊? それが本当か見間違いかどうかはともかくとしてだ、それを対処しろと言われても困るぞ?」
大臣から聞かされた話は、荒唐無稽と切り捨てる事もできそうな内容であったのだが……大臣は話を続けた。
「いえ、その幽霊らしき存在が見た人に対して危害を加えたという事では無いのですが……その、幽霊? がはっきりと写真に写っておりますゆえ……」
「一応見て欲しい、という事か?」
光の質問に対して、頷く事で肯定の意志を表す大臣。それにしても幽霊か……確かにありえないとされてきた魔法という存在が現実に存在するようになったのだから、これも一切見ずに一笑に付すのは危険だな……幸い今は時間が多少あるから、時間をここで使っても問題はない……そう考えた光は、提出された写真を一枚一枚丁寧にめくるが……。
「ふうむ? 私の知識が正しければ……数千年前に存在していた、かの大日本帝国時代の軍服を着ている者が多いか?」
「はい、それに加えて女性の幽霊らしき存在も、大体その時代の服を着ております。もちろんそれ以外の者も居るようですが」
「そして、そんな彼らは神社仏閣に現れるようになった、か……何かの始まりか?」
「私達もそう考えましたので……異世界から来たあの方々にも意見を求めようと思っているのですが、いかがでしょうか?」
確かにこれは、話を聞いておくほうが良いかも知れん。昔から幽霊などの話はあるが、ここまではっきりと浮かび上がってくるとなると、何らかの魔法要素が働いているとしてもおかしくはない。餅は餅屋。ここで我々が難しい顔をして意見を交わしても、何の解決にもならないのは火を見るより明らかだ。
「そうだな、そちらでも聞いてみて欲しい。こちらでも彼らに出会ったら聞いてみることにしよう」
「はっ、ではそのように。お時間を取らせて申し訳ありません」
「いや、こんな時だからこそほうれんそうは密に取らねばなるまい。今後も何か明らかに妙な事が起こった時は報告を頼む」
そう大臣に指示を残してから光は執務室に向かう。神威の生産や配備などを考え、年末に向けての準備に向けて確認しなければならない書類が山積みである。結局海外からの無茶な要求が消えても、それ以外の仕事が一気に増えたために光の仕事量は対して変わっていなかった。
そのままお昼まで書類と格闘する仕事を続けた光。ようやく仕事をひと段落させて、食事を取るために外に出た。今日の食事はうどんでものんびり食べようかなどと光は考えている。食事の時間が終わればまた書類との格闘が再開するのだ。その前に一息ついておきたい心境である。
「おお、総理もこれからお昼の食事ですかい?」
山盛り牛丼にお味噌汁のセットを頼んだと思われる異世界からやってきた魔法部隊2番隊の隊長が、嬉しそうに笑顔を浮かべつつ先に食事を取っていた。
「ああ、その通りだが……そちらは随分と大盛りを頼んだものだな」
「いやあ、以前も言いましたがね……本当にこっちの飯は旨くてしょうがない味でさ。ついつい大盛りを頼んじまう……恥ずかしい話ですがね」
そう言ってにかっと笑う2番隊の隊長。
「そうだ、時間があるのなら少し聞いておきたいことがあるんだがな……」
そこで光は、今朝聞いた幽霊の話をしてみる事にした。そちらの世界では、死んだ人間が魂のみでうろつく事があるのだろうか? という質問をぶつけてみると……。
「あー、そうですな……あらゆる事を含めれば"ある"と言って良いでしょうなぁ。ですがよほどの未練って奴を持っているか、どうしても、どのような姿になってももう一度戻ってきて、捨石になってもかまわねえぐらいの強い意思を持っていないとまず起こりえない事柄でしょうなあ」
「だが、全くありえない話ではない、という事か……」
お互いにうどんを食べながら、牛丼を食べながらではあるが、大事な事を聞き出す光。そうか、捨石になっても構わない強い意志か……だから、あの時代の人が蘇ってきたのか? 魔法、いや、魔力という存在と特攻すら行った意志がかみ合って? 情報が足りないが、可能性がゼロでないと言うのであれば……それは十分にありうる事へと話が変わる。
「この国にも魔力がそこそこ回るようになってきやしたからね……そういう現象が発生し始めてもおかしくはないでしょうな。ただ、そういう存在の大半は人の姿を見かけるとススッと隠れちまう物なんですがね。そういう質問が来たという事は、もしかして総理はご覧になったんですかい?」
「私ではないが、見たという者が結構いるようでな……魔法、魔力という物にはまだまだ無知なところが多い我々だから、一度確認するために聞いておきたかったのだよ」
「そうですかい……それだけの意思を持った人物は、この国の歴史を知ればたくさん居てもおかしくはありやせん。あっしらの世界だったら、とっくに戦争でさぁ……耐え忍ぶという力は、間違いなくこの国の人々は超一流のレベルで身につけておりやす」
──それは、今を生きている人に限るまい。1000年以上に亘る奴隷生活でも、未来のために子孫のためにの一心で我慢して耐え忍んで、このような可能性にたどり着いたのだから、過去の人々がそんな形で蘇ってきても……魔力という物が現実になった今ならばそのような現象が多数起きてもおかしくないのかも知れない。
「あっし個人としてもこの国は好きになりやしたし、いざ他の国の連中を相手取っての戦いとなれば全力で戦わせていただきやす」
「飯も旨いからか?」
「それもありやす! ここのメシが二度と食えないなんて嫌でさあ!」
お互いにはっはっはっはとひとしきり笑った後、牛丼を食べ終えた2番隊長は任務に戻ると告げて立ち去っていった。やや冷め始めていたうどんを光もささっと完食し、職務へと戻る。この幽霊? のような存在は、この日から数日後に見られなくなって行く。だが、彼らは単純に消え去ったわけではなかったのだ……。




